第17話「勇者パーティ(空気読めない)来る」
ドガァァン!
派手な爆発音と共に、ダンジョンの重厚な木製扉が吹き飛んだ。
砕けた木片が宙を舞い、外の眩しい光が玄関の敷石を照らし出す。
土煙の中から現れたのは、光り輝く聖剣を構えた青年だった。
その後ろには、杖を持った魔法使いと、重装備の戦士が続いている。
「魔を討つ!」と叫ぶ勇者一行が突入した。
セレナは迎え撃つ代わりに言った。
「靴、脱いでください。床が汚れます」
勇者の剣先が、空中でピタリと止まる。
彼は信じられないものを見るような目で、目の前の光景を凝視した。
純白のドレスの上に割烹着を羽織った聖女が、ほうきを片手に仁王立ちしているのだ。
しかも、その足元には半透明のスライムがモップを構えて震えている。
「せ、聖女様!? なぜこのような魔の巣窟で、そのようなお姿を……!」
勇者が混乱したように叫ぶが、彼の足はすでに玄関の上がり框を越えようとしていた。
泥と草の汁にまみれた金属ブーツが、俺の自慢の磨き上げられた床板に触れようとしている。
「泥靴で上がらないでください(にこ)」
セレナの青い瞳が、スッと細められた。
絶対零度の笑顔が、玄関の空間を一瞬にして凍りつかせる。
勇者は目に見えない巨大な壁にぶつかったように、弾き返されて後ずさった。
「な、なんだこのプレッシャーは……! 魔王すら凌駕する圧だと!?」
『当然です。あなたのその靴底には、三日分の泥とスライムの死骸が付着しています。不潔極まりない。帰宅以前に退去です』
足元のモップが、容赦ない念話を勇者の脳内に直接叩き込んだ。
勇者一行は完全にパニックに陥り、顔を見合わせている。
「勇者よ、ここは魔の迷宮ではないのか……?」
後ろの魔法使いが、震える声で尋ねる。
俺は頭を抱えながら、ゆっくりと玄関の方へと歩み出た。
「迷宮だけど、今は実家みたいなもんだ。とりあえず、そこのスリッパを履いてくれ」
俺が下駄箱から三足のスリッパを取り出して並べると、勇者たちは恐る恐るブーツを脱ぎ始めた。
ガシャン、カラン、と重い金属音が響き、玄関に三足のブーツが行儀よく並べられる。
「……お邪魔します」
魔を討つと意気込んでいた勇者が、消え入るような声で上がり框を越えた。
俺は彼らをリビングへと案内し、ダイニングテーブルの椅子を勧めた。
「まあ、座れよ。今お茶淹れるから」
「あ、ありがとうございます……」
勇者は借りてきた猫のように背筋を伸ばし、テーブルについた。
その向かいには、ジャージ姿のリースが腕を組んで座っている。
「遅いぞ、勇者一行。お前たちも神殿からの差し金か。だが無駄だ。この家はすでに難攻不落の砦となっている」
神殿の精鋭騎士であるはずのリースが、ジャージ姿でドヤ顔をしている。
勇者はもう、何が何だか分からないという顔で頭を抱えていた。
「さあ、お茶が入りましたよ。かりんとうもありますからね」
セレナがお盆を運び、湯気を立てるほうじ茶を並べていく。
香ばしい匂いが、緊張しきった勇者一行の鼻腔をくすぐる。
彼らは無意識に湯呑みを両手で包み込み、ゆっくりと口に運んだ。
ズズッ。
「……美味い」
勇者の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
過酷な旅の連続で、彼らの心身は限界に達していたのだろう。
温かいほうじ茶と、実家のような安心感が、彼らの戦意を完全にへし折ったのだ。
「おかわり、ありますよ(にこ)」
セレナの慈愛に満ちた笑顔に、勇者たちはただ無言で頷くしかなかった。
俺の未登録迷宮は、こうしてまた一つ、厄介な脅威を「お茶」で撃退したのだった。




