第15話「保健室(という名の治療室)」
セレナが白衣っぽい何かを着た。
「迷宮保健室、開きます」
俺はなぜか脈が速い。病気か?
監査官を追い返した翌日。
俺の体調は最悪だった。
連日の増築によるダンジョンコア(欠損しているが)への負担、神殿やギルドへの対応、そして個性強すぎる同居人たちとの生活。
前世での過酷な現場監督時代を思い出すような、過労による重い倦怠感が全身を襲っていた。
「……だるい」
リビングのソファーで横になっていると、視界が少しだけぐらぐらと揺れる。
額にはじんわりと脂汗が浮かび、呼吸が熱かった。
「ユウ殿! 顔色が悪いぞ! もしや、魔力枯渇か!?」
リースが慌てた様子で駆け寄ってくる。
彼女の冷たい手が俺の額に触れ、少しだけ心地よかった。
「大丈夫だ……ちょっと寝不足なだけで……」
俺が強がって身を起こそうとしたその時。
「無理はいけませんよ、家主さん」
凛とした声と共に、セレナが現れた。
彼女の姿を見て、俺は熱で霞む目を瞬かせた。
純白のドレスの上に、どこから見つけてきたのか、丈の長い白いコートのようなものを羽織っている。
首からは、聴診器に似た魔導具がぶら下がっていた。
「迷宮保健室、開きます。さあ、こちらへ」
彼女は俺の腕を優しく引き、廊下の奥へと案内した。
昨日まではただの物置だったはずの空間が、いつの間にか白いベッドと薬品棚が並ぶ清潔な『保健室』へと増築されていた。
もう驚く気力もない。
俺はされるがままにベッドに横たえられた。
シーツからは、日向で干されたような清潔な匂いがする。
「少し、失礼しますね」
セレナがベッドの脇に座り、俺の顔を覗き込んだ。
長い銀髪がさらりとこぼれ落ち、微かに甘い花の香りが鼻をくすぐる。
青い瞳が、すぐ目の前にあった。
「熱を測ります」
彼女はそう言うと、自分のおでこを俺のおでこに、コツンと合わせた。
「なっ……!?」
俺の心臓が、ドキンと大きく跳ねた。
近すぎる。
彼女の肌の滑らかな感触と、少しだけ冷たい体温が直接伝わってくる。
視界がいっぱいに彼女の顔で埋め尽くされ、俺は息をするのも忘れて硬直した。
「んー……少し熱いですね。それに、魔力の流れが乱れています」
セレナは真剣な表情のまま、少しだけ顔を離した。
だが、依然として距離は近い。
「あ、あのさ……普通、手で測るとかじゃないのか……?」
俺が震える声で尋ねると、セレナはふわりと微笑んだ。
「実家で具合が悪い時は、こうやっておでこを合わせるものです。お母さんがよくやってくれました」
彼女にとって、これはただの『実家の看病』の延長らしい。
しかし、相手は国中が崇める聖女様だ。
そんな彼女に限られた距離まで接近され、平常心でいられる男がいるだろうか。
俺の胸の奥で、警鐘のような心音が早鐘を打っている。
「家主さん、顔が真っ赤ですよ? 脈もすごく速いです。病気でしょうか?」
セレナが首を傾げ、俺の手首に指を添える。
その無自覚な攻撃力に、俺は天井を仰ぎ見た。
「……不具合だ。システムエラーだ……」
『本日の視線交差:3回。脈拍上昇を検知。記録します』
ベッドの下から、モップの無機質な念話が響いた。
「お前、いつからそこにいた!!」
俺の叫び声は、保健室の白い壁に虚しく吸い込まれていった。




