第13話「全国にバレる“ただいま”」
俺のダンジョンが、配信で全国に晒された。
問題は映った“聖女”より。
彼女が言った一言だ。「ただいま〜」
昨日のノアによる突撃配信は、最悪の形で伝説になってしまったらしい。
水晶玉のアーカイブ映像には、いまだに信じられない数のコメントが滝のように流れ続けている。
『聖女様のエプロン姿とか国宝だろ』
『実家すぎる。俺も帰宅してえ』
『監禁じゃなくて帰省で草』
『あのダンジョンマスター、胃薬飲んでて可哀想』
俺は額を押さえた。
薄暗い地下迷宮のダイニングテーブルで、冷めたほうじ茶をすすりながらため息をつく。
「……どうしてこうなった」
俺のぼやきをよそに、当のノアは完全にこの空間に馴染みきっていた。
炎上系配信者としての刺々しい態度はどこへやら、彼は今、リースの隣で大人しく朝食の卵焼きをつついている。
「うまっ……なんだこれ、甘くてしょっぱくて最高……」
ノアが涙ぐみながら卵焼きを咀嚼している。
その向かいでは、純白のドレスに割烹着という相変わらずカオスな出で立ちのセレナが、満足そうに微笑んでいた。
「たくさん食べてくださいね。育ち盛りなんですから」
完全に、近所のおばちゃんか母親のポジションである。
聖女という国のトップアイドル的立場の彼女が、見ず知らずの少年に卵焼きを焼いている映像。
それが全国に流れたのだ。
「なぁ、ノア。お前、配信の最後で泣き崩れてたけど、あれ大丈夫だったのか?」
俺が尋ねると、ノアは少しだけ頬を赤くして視線を逸らした。
「……うるせえな。俺だって、あんなに温かい『おかえり』を言われたら泣くっての。それに、コメント欄はむしろ好意的に荒れてるから、結果オーライだ」
好意的に荒れる、という言葉の矛盾に俺は頭を痛めた。
確かに、世論は「聖女監禁」という緊迫したムードから「なんだ、ただの帰省か」という謎の納得感へとシフトしつつある。
だが、それが俺の安全を保証するわけではない。
「世論がどうあれ、神殿が黙っているはずがないだろ。国の象徴である聖女が、未登録の違法迷宮を実家扱いしているんだからな」
俺の指摘に、リースが箸を止めて真剣な顔つきになった。
彼女の青い瞳に、わずかな緊張が走るのがわかる。
「ユウ殿の言う通りだ。神殿の上層部は面子を重んじる。この配信騒動は、彼らの神経を逆撫でしたに違いない」
リースは規律オタクの騎士だ。組織の論理には詳しいのだろう。
彼女の言葉に、空間の温度が少しだけ下がったような気がした。
「面子、ですか」
セレナが急須からお茶を注ぎながら、ふんわりと首を傾げる。
「実家に帰省するのに、誰かの面子が必要なんですか? よくわかりませんね(にこ)」
出た。最強の物理無効化バリア。
その笑顔の奥にある絶対的な肯定感に、俺もリースも言葉を失う。
だが、現実はセレナの笑顔だけでは押し切れない。
迷宮の入口付近から、冷たい風が吹き込んでくるのを感じた。
カビや土の匂いではない、インクと羊皮紙が焦げたような、特有の魔力の匂い。
俺は立ち上がり、玄関の方へと視線を向けた。
「……来るぞ。厄介なのが」
俺の予感は的中していた。
神殿の苛立ちは、すでに次の刺客という形でこの迷宮の扉を叩こうとしていたのだ。




