バレンタイン 〈番外編〉
二月十四日。今日はバレンタインデーだ。
普通に平日なので学校はあるが、いつもよりも足取りが軽く感じるし、何より心臓がドキドキしている。
アイの家への道のりも、緊張のせいか頭が真っ白になり、あっという間だった。
数日前にアイから、甘いものは食べれるか、どんなお菓子が好きか、など色々と質問されたので、さらに期待値が上がっていく。
「あ、レン! おはよ~」
「おう、おはよ」
家から出てきたアイが、俺に挨拶をする。相変わらず、朝から元気で可愛い。
「今、かわいいって思ったでしょ?」
「え、なんで分かんの?」
心の声を言い当てられて、びっくりする。
「ふふん、それくらいは分かるようになってきたよ!」
腰に手を当てて、自信満々な様子のアイ。
「アイ、すごいね。かわいい」
「なっ!?」
一本とったみたいな顔をしていたアイだったが、俺の一枚上手の発言に顔を赤らめる。そのまま顔を背けてしまった。アイが俺を分かるようになってきたように、俺もアイのことは分かっているつもりだ。今のは照れ隠し。可愛くてしょうがない。
微笑みながらアイの隣を歩いて、学校へと向かう。アイと付き合い始めてから、人生が今まで以上に楽しくなった。自分でも驚くくらいの変化だ。
「ね、今日は何の日でしょう?」
すっかりいつもの調子を取り戻したアイが、ルンルンな様子で、俺に問いかけた。これは正直に言っていいやつだよな?
「…バレンタイン?」
「ぴぽぴぽーん!! 正解したレンくんには、放課後プレゼントがあります! 良かったね!」
「やった。…………ところで、アイって料理できるの?」
満面の笑みのアイを見て、安心した気持ちになりながら、今更疑問に思ったことを聞いてみる。
「え、何それ? ひどくない?」
「あいや、別にできないと思ってるわけじゃないよ?」
「………」
焦った俺がそう付け加えると、アイは疑い深い目で睨んできた。頬も膨らませて、不満そうだ。
「ごめん、想像できなかったから…」
「もー! まあ確かに普段料理とかしないけどさぁ! でも、カイくんにもお母さんにもお父さんにも、ちゃんと味見してもらったから大丈夫!!」
カイくん、という名前に俺はドキッとする。それと同時に広がるモヤモヤ。俺って、本当に心狭いな…。
「…レン?」
「ああ、いや。………アイが俺のために作ってくれたものなのに、カイトが先に食べてるの…なんか嫉妬した」
「………ぁ」
「ごめん、俺ほんと心狭いから」
「う、ううん。正直に言ってくれるの助かるよ」
「………」
「………………うん、来年はレンに一番に食べさせるね!」
それは来年も俺と一緒にいることが確定している言い方だ。こういうの、アイはさらっと言ってしまうんだよなぁ。
「うん、楽しみにしてる」
♪♪♪
「ハッピーバレンタイーン!!」
昼休み、いつものメンバーが集まった部室で、アイがラッピングした袋を取り出した。
「はい、これはリンの! で、これはカノン!」
「わ、ありがとうございます」
「ありがとうございます。あの、私からもみなさんに…」
カノンも、持っていたラッピング袋を、アイと俺に渡してくれる。中には手作りらしいキャラメルが入っていた。めちゃくちゃ美味しそう…。リンとカノンの手にある、アイからもらったものを覗きみると、クッキーが入っていた。俺にもクッキーをくれるのかな? カノンはリンに、何を渡すのだろう。
「カイト先輩は……放課後、渡せばいいですよね?」
「ありがと~! うん、私もそうするつもり!」
「カノン、ありがとう」
カイトはすでに受験を終え、自由登校期間に入っている。よって、昼休みは学校にいないが、放課後の時間だけバンド練習のために来てくれているというわけだ。
「じゃ、ささっとお昼食べよ~。いただきまーす!」
「「「いただきます」」」
♪♪♪
放課後、俺とアイとカイトと三人並んで家路を歩いていた。
同じ方向なのにバラバラに帰るのもおかしいと、アイが提案し、このような形になった。
「じゃ、僕はここで」
アイとカイトの家の分かれ道、今までカイトはアイを家まで送っていたらしいが、今は俺がその役割を引き継いでいる。
「またね、カイくん!」
「またな」
「うん、バイバイ。あ、アイ。これ…ありがとね」
俺とアイが立ち止まってカイトに手を振ると、彼はアイから貰ったバレンタインの袋を持ち上げて、優しく微笑んだ。
「どーいたしまして! 早めに食べてね~!」
アイの返しに手を振りながら去っていくカイトを、二人で見送る。しばらくして、どちらからともなく歩き出した。
「…ねぇ、レン?」
「何?」
アイに目を向けると、彼女も俺を見ていた。大きな丸い瞳が、俺を捉えていて、不覚にもドキッとする。
「あのさ、もしかして…私がカイくんやリンにバレンタイン渡すのも、嫌だったりする?」
「…え?」
不安そうな表情で俺を見るアイ。もしや朝言ったことをずっと気にしてくれていたのだろうか。
「嫌じゃないよ。朝の言ったことは、あんまり気にしなくていい。ごめん」
「…ち、違うの。私…鈍いからそういうの気づけなくて。だから、レンが何か嫌だと思ったらちゃんと言って欲しい、我慢しないで」
「………………分かった。アイもね」
考えさせてしまったことに申し訳なくも思ったが、アイの決意が伝わって嬉しかった。世の恋人は、こうやってお互いの気持ちを尊重させていくのだろう。
「はい、コレ!」
アイの家の前に着き、彼女から「ちょっと待ってて!」と言われてしばらく経つと、再び家から出てきた。手には二つのラッピング袋。
「ありがと…。クッキーと……これは、カップケーキ?」
一つは、カイトたちに渡していたものと同じクッキー。もう一つは、カップケーキが入っていた。上にはチョコレートらしきものがコーティングされている。
「うん!」
「……嬉しい。もったいなくて食べれないかも」
「えっ! 早く食べてよ!」
俺のために作ってくれたという事実が嬉しすぎて、半分冗談を言ったのだが、アイは真に受けたようで焦り始めた。そんな彼女を見て、ふっと笑みがこぼれる。
「また、感想伝えるね」
「うん、待ってる!」
俺の言葉に、今度は嬉しそうに笑顔を見せた。俺の大好きな笑顔。
俺は貰ったものを大事に手で包みこみ、高鳴る鼓動とともに軽い足取りで家路をたどった。




