卒業式 〈番外編〉
微かに聞こえてくる運動部の声をバッググラウンドにして、僕はペンを走らせる。静かな暖房の効いたこの場所で、アイが来るのを待つのが僕の今の日課になっている。
そして…
「カイト先輩、好きです!」
僕の日常にもう一人加わった。
「メイコちゃん、ここ図書室だよ」
毎度のことながら、図書室を出禁にされてはたまらないので、一応人差し指を当てて静かにするように注意する。
「…あ、すみません……」
彼女も毎度こうやって反省の色を見せるのだが、次の日には忘れているのか、元気な声を響かせるのだ。
幸いと言っていいのか、この図書室にいる人はあまり気にしていないらしく、最初の方こそ視線を向けられてはいたが、今では「はいはい、また来たのね」みたいな雰囲気を感じる。
「じゃあ、私はこれで」
自分の言いたいことを言い終えて満足したのか、小さな声と一緒に小さくお辞儀をし、図書室を出て行く。これもいつも通り。勉強している僕を気遣ってのことだろう。
文化祭の日以来、一日一回彼女から好きだと言われるようになった。頑張りますと宣言した通り、見事行動に移している。
僕としては、好きだと言われることは嬉しいが、毎日に加えて、言ったら返事も聞かずに帰ってしまうので、余韻に浸るみたいなこともない。
僕は意外と自分に自信がないらしい。彼女はこれをいつまで続けられるのか、そもそもどうして僕なんかを好きなのか、そして…
♪♪♪
大好きな先輩が今日、卒業する。
優しくて、気遣いで、誰よりも繊細で弱い、でも強がってたまに意地悪をしたり…、先輩をずっと見てきて気づいたこと。
大好き。
でも、彼が誰を見ているのかもよく知っている。観察すればするほど、その現実に突き当たる。
私の恋も、この桜が散っていくように、今日終わりを迎えるのだろう。卒業してしまえば、会うこともなくなる。会うきっかけもない。どこを探しても、もう会えない。今までは校内を探せば会えた存在、でももう違うんだ。
先輩からの返事を聞くのを怖がって、今まで一方的にしか気持ちを伝えてこなかったけれど、今日くらいはちゃんと向き合おう。自分の気持ちに、ケリをつけたい、つけられるだろうか。こんなに、好きなのに。
卒業式を終え、賑わう外。溢れ返った学生たちの中から、私は先輩を探した。
きっと先輩はたくさんの人の中心にいる。優しい先輩、囲まれながらも愛想を振りまいているのだろう。
人が集まっているところに注目して、歩みを進める。
(いた…)
案の定、彼は異性同性関係なく、多くの人の輪の中心にいた。同じクラスの女子の姿も数人見えて、距離が近くて少しだけ嫉妬する。
その輪から少し外れた場所に、アイ先輩そして、レン先輩。私と同じ学年の、リンやカノンがいた。これからも先輩と一緒にいれるから、余裕なんだろう。輪の中には入らずに、四人で楽しそうに談笑している。
アイ先輩。美しくて、綺麗。外見だけじゃなく、中身も。きっと一生勝てない存在。悔しいけれど、認めざるを得ない。先輩を観察していれば嫌でも分かる、彼女の魅力が。
小さくため息をついた後、再びカイト先輩に視線を向けたが、さっきまであった彼の姿がなくなっていた。
「………?」
輪の中心にいた彼がいなくなったことで、囲んでいた人たちも徐々にバラバラになっていく。
私は慌てて、カイト先輩を囲っていた、同じクラスの女子たちの元へ行って話しかけた。
「ねえ、カイト先輩は?」
「忘れ物、だって。来るの遅かったね、残念」
肩をポンと叩かれ、そのまま友達とどこかへ行った。
私はガクリと肩を落とし、そのままふらふらとした足取りで、行く場所もなく歩こうとした。そこで、何となくカイト先輩と文化祭の時に話したあの校舎裏へと行ってみようと思った。感傷に浸りたかったのかもしれない。
「……え?」
ついた先には、思いがけず先客がいた。
「あれ、メイコちゃん」
囁くような優しい声で私の名を呼ぶのは、他の誰でもないカイト先輩。
「……………カイト、先輩……」
「…ん?」
彼はどこかを見つめていた視線を私に向けて、ふわっと微笑んだ。
ああ、好きだなぁ。
この笑顔も、私を呼ぶ声も、もう見れないし聞けないんだ。そう思うと、急に実感が湧いてきて胸が締め付けられた。
「…ご卒業、おめでとうございます」
「うん、ありがとう」
込み上げてくる涙を押し込んで、そう言った。
どうしてカイト先輩はここにいるんだろう。私のことを少しでも思い出してくれていたのだろうか。彼の記憶に、私は残れただろうか…。
「………今日は、静かだね(笑)」
からかうような口調でそう言うが、声には優しさがにじみ出ている。
「好き、です」
「………」
これで最後だ。今日くらい……………今日くらい、いいよね?
カイト先輩もこちらに身体を向けて、ちゃんと話を聞く体勢をとってくれた。真剣な表情で見つめられる。
「…初めてカイト先輩を見て、一目惚れをして。告白して振られて……。先輩に言われたことをずっと考えてました。観察してからは、確かに、最初のイメージとは違うところもあって」
「………うん」
「でも、だからって、全然嫌いにはならなかった。なれなかった。……それどころか、もっと好きになっていく。あの頃からずっと、ずっと毎日好きが更新されて」
「………」
「こんなに好きなのに。………でも、私じゃダメなんだって思い知らされる。カイト先輩を幸せにできるのは………、アイ先輩しか、」
「ハハハ」
私の言葉を遮るように、カイト先輩が笑った。
「……?」
「ごめん、笑ったりして」
「…い、いえ」
「メイコちゃん、あの時言ったこと覚えてる?」
「え…?」
私が言ったこと、必死にあの日の記憶を手繰り寄せる。
「諦めない、頑張る、僕の近くにいたい……ってね」
「…………」
確かにそう言った。
「僕がアイを好きだって、観察して気づいてたんでしょ? それ込みで、今まで告白してきたんじゃないの…?」
痛いところをついてくる。でもそれは一方的に伝えられていたからだ。諦めないと言いながら、頑張ると言いながら、私は逃げていた。
「…そう、ですけど……」
「僕はメイコちゃんのそういうところ、尊敬してるんだよ、ずっと」
「…じゃあ、付き合ってくれますか?」
「アハハ、そうくるか」
ダメもとの提案だったが、カイト先輩は軽く笑っただけだった。否定もしないし、かといって肯定してくれはしない。
最後まで、この人の考えていることはよく分からなかったな。
「先輩、最後に一つだけお願い…良いですか?」
「なに?」
図々しいことは承知の上、ずっと前から自分の中で決めていたこと。
「第二ボタン、欲しいです」
この学校は学ランとセーラー服。今、カイト先輩は学ランを着ている。ボタンがついていることも確認済みだ。たとえ迫られても丁重に断っていたのだろう。
自分が特別だとは思っていない。もらえるとも思っていない。でも、言うのはタダだから。結局私も、カイト先輩を囲っている人の一人にすぎないのだ。
「あげない」
はっきと断ったわりに、その声は優しくて、彼の表情は穏やかだった。
覚悟をしていたのに、ショックを受けている。今までの告白の返事をされたみたいな、そんな気持ちになった。これがカイト先輩の答え。
「最後、なんて…悲しいなぁ」
なのに、こんなこと言っちゃうんだもんな。
「もう……期待するようなこと、言わないでください」
これは彼の意地悪心? 最後まで私をからかっているのか?
そろそろ本格的に涙が出そうになってきた。早々にこの場所を立ち去った方がいいかもしれない。
「そうだね。僕はメイコちゃんの気持ちに、今は答えることができない」
「………」
「でも、これで最後のお別れっていうのは…寂しいって思ってしまった。…………僕って、ずるいかな?」
眉を下げて笑うカイト先輩を見上げた。対して私は、口をへの字にしている。
「……ずるい、ずるいです」
「こんな僕は嫌い?」
ずるい問いだ。
「嫌いになんて、なれません」
決して付き合ってはくれないのに、好きなってはくれないのに、私を諦めさせてくれない。
「……ありがとう」
そう言って笑ったカイト先輩は、今までに見たことのない表情をしていて、私はまた恋に落ちるのだった。
しばらく二人で何でもないような話をして、空を見上げていた。そろそろ帰る時間かもしれない。先輩の携帯に、メッセージの通知がきた。多分、アイ先輩。
カイト先輩は立ち上がり、座っていたズボンの場所を軽く手ではらった。私も同じように立ち上がり、手ではらう。
「……じゃあ、お元気で」
背中を向けたカイト先輩に、そう声をかける。今度は笑顔で見送れる。
「…………連絡先、交換しようか」
携帯で口を隠すようにして振り返った先輩の瞳が三日月の形になっていた。
「っ! ず、ずるい!」
引っ込んだ涙がこみあげて、鼻声になりながら、そう叫んだ。
「ハハハ!」
私の桜が散るのは、まだ先みたいだ。
番外編は以上です。
そして、このお話をもって、この作品は無期限の休載とさせていただきます。
物語としてはまだ続きますが、完結まで書いてから再び投稿を再開しようと考えています。
待ってくださっている方がいましたら、大変申し訳ございません。
もし、再開する日がきましたら、どうかまた暖かい目でみんなを見守ってくださると幸いです。




