それぞれのクリスマス 〈番外編〉
♪♪♪
この時期になると、街がクリスマスに彩られるようだ。
去年までは特に何の思い入れもなかったこのイベント、だが今年は違う。
俺は心臓を高鳴らせながら、待ち合わせ場所に向かった。
一歩ずつ歩を進めるごとに、緊張が高まっていく。ああ、もうやめて欲しい…。
ため息をつくと、口から白い息が漏れ、空気に混ざって消えていく。見上げると綺麗な青空が広がっていた。
「あ、レン!」
空を見上げていた俺は、後ろから声をかけられたことによって、立ち止まって固まってしまった。振り向けば彼女がいることは分かっている。なのに、緊張のせいか寒さのせいか思うように身体が動かない。
「ねえ、レン! 聞いてる?」
「…おう」
再び背中に声を振りかけられ、俺はとりあえず口を開いた。
「何で、こっち見ないの?(笑)」
その言葉とともに、俺の視界の端に綺麗な黒髪が映り込む。だんだんと黒の面積が増え、はっきりと正面から見える位置まで移動してきた。おかしそうに笑った彼女と目が合う。
「………」
俺はごくりと息を飲んだ。
冬でよかった、色々とごまかしがきく。
「レンってば、大丈夫?」
固まったままの俺に、彼女が今度は心配そうに顔を覗き込んできた。大きな瞳が俺を捉える。俺の瞳にも彼女が映る。
「……アイ、かわいい」
問いには答えずに、ぽろりとその言葉が飛び出ていた。ごまかしがきくとか言っといて、全然隠せてない自分の気持ち。
「ちょ、バカ! 質問に答えてよ!」
アイは顔を赤く染め、俺を軽く睨みつけた。寒さで鼻が赤くなっていて、それも可愛い。
「あ、えっと…何だっけ」
「別に、元気ならいいよ」
アイはそっぽを向いて、マフラーに顔を埋めていた。どの仕草も可愛すぎる。
今日はクリスマスデート。アイとちゃんとしたデートをするのは、付き合ってから初めてで、そのせいか二人にどこかソワソワした空気が流れていた。
明るい時間から夜まで、アイと二人きり。嬉しいけれど、緊張する。あれ、俺が望んでいたのってこんな感じだったっけ…。
彼女もいつものような明るさがなく、下を向いてるし、俺も俺で緊張しすぎて何話せばいいか分からないし。
何となくこのままじゃダメだと思った俺は、隣を歩くアイのほっぺを軽くつついた。
「っ! 何?」
アイは肩をピクリと跳ねさせ、頬に手を当てて俺の方を見た。
「そんなに緊張しないで、いつも通りでいいよ。デートって言っても、変なことはしないから」
俺はなるべく優しい声色を心がけて、そう言った。アイが固くなってしまっては元も子もない。俺は彼女の笑顔を見たいだけだから。
「ごめん、だって…デートって、緊張する」
アイが上目遣いで俺を見るから、さっきまでの意志がすでに揺らぎそうになっている。さすがに可愛すぎないか?
「俺も緊張してるから。でもあんまり深いことは考えなくていい、楽しんでくれるのが一番だからさ」
「………」
俺が微笑みかけると、アイはようやく肩の力が抜けたようにほうっと息を吐いた。白い息があがる。彼女の表情を見て、安心した。
「…レンのそゆとこ、好きだよ。……行こ!」
少し先を歩いた彼女がこちらを振り向き、笑顔でそう言った。クリスマスに彩られた街と相まって、いつも以上に輝いて見えた。
♪♪♪
待ち合わせ場所で、何度も自分の姿を確認する。別に初めてのデートってわけじゃないのに、毎回相変わらず緊張してしまう。
そろそろ慣れたいと思うが、果たしてそんな日などやってくるのだろうか…。
だが今日は少し特別な日でもある。そう、クリスマス。
クリスマスを迎えるのは初めてなのだ。
辺りを見渡すと、カップルや家族連れが多い印象だ。俺の周りにも、待ち合わせをしているのであろう人たちがたくさん立っていた。みなそれぞれ大切な人を待っているのだろう、俺と同じように…。
「リンくん、お待たせ」
人込みの中でも一際輝いて見える彼女が、俺に向かって手を振りながら歩いてくる。
これは…紛れもなく天使だ。
俺は必死に鼓動を落ち着かせながら、平然を取り繕って手を振り返した。
「全然待ってないよ、行こうか」
声が上ずらないように気を付けながら、そう声をかける。と同時に彼女の姿を見て、目を奪われた。
「…今日もかわいいね」
「あ、ありがと…。リンくんも、素敵だよ」
「ありがとう…」
もう付き合って半年くらい経つのに、まるで付き合いたてのカップルのような初々しさだ。先輩たちには、いつも暖かい目を向けられていて、嬉しくも恥ずかしい。
でも、思ったことはちゃんと言わないとね。兄のアドバイスを思い出して、一人心の中で頷いた。
「そう言えば、アイ先輩とレン先輩、今日は初めてのデートなんだってね」
「あ、そっか。二人とも恋愛に関しては初心者みたいだから、大丈夫かな…」
部活の先輩である、アイ先輩とレン先輩は、少し前からお付き合いを始めたらしい。二人から報告を受けた時は、正直びっくりした。
いや、二人が両想いなことには気づいていたけれど、二人とも奥手な感じがしたから、関係を踏み出したことに驚いたのだ。
でも同じくらい嬉しかった。素直に応援したいと思った。カイト先輩が少し気がかりではあるけれど、俺が彼の心に触れるのは野暮な気がして、何も言えなかった。
「素敵なカップルになるよね、きっと」
カノンが微笑みながらそう言うのを聞いて、俺も深く頷いた。
「カイト先輩は、何してるかな…」
「今日も勉強かな。カイト先輩頭いいし、今日くらいは休んでるかも」
俺はカイト先輩の姿を想像してみたが、何となく今日もいつも通りの日々を過ごしているような気がした。ふと、寂しさが募る。
「ちょっと、連絡してみない?」
だから俺は、カノンに向かってそう提案した。
♪♪♪
「……ふぅ」
問題集をキリのいい所まで解いた僕は、息を吐きながら背筋を伸ばした。
別に今日くらい休んでもいいと自分でも思うが、特に予定があるわけでもなく。結局いつものように勉強をしていた。
本番まであと少しだし、やっておいて損はない。念には念をという言葉を自分に言い聞かせる。
ふと、頭に浮かんだのは部活の後輩たち。
レンとアイは今頃楽しく初デートをしているはず。多分二人とも最初は緊張してガチガチで、だけどきっとレンがそれを和らげているんだろうなと想像できる。勝手に頭でイメージして、ふっと笑った。
リンとカノンも、クリスマスを過ごすのは初めてと言っていた。あの二人はいつまでも初々しさを残したまま、イチャイチャしていて欲しいと思う。僕たちはそんな二人に癒されているから。今頃、楽しんでいるだろうな…。
僕だけ一人、自分の部屋で黙々と問題集を解いている。何となく心にぽっかりと穴が空いたみたいな気持ちになった。
あれ、もしかして僕…寂しいのかな?
部屋の天井を見上げて、ぼーっとしていた僕の耳に、携帯の着信音が響いた。
机の上の携帯に手をのばし、ちらっと通知を確認する。
四件の通知。ほぼ同時刻に送られてきた、内容もほぼ同じのクリスマスプレゼント。かわいい後輩たちに僕の胸が暖まり、思わず微笑みがこぼれた。
「…よし、もう少し頑張るか」
僕は再び問題集に向き直り、ペンをとった。




