第64話「レット、怒る!」
「俺の弁当ぉぉぉ!」
アキラが叫んだ。
宙を舞った弁当は、波止場の端へ落ちていく。
そして、その巻き添えになったものがもう1つ。
レットが食べていた、食べかけのおにぎりだった。
「キュー……」
ポトッ。
レットのおにぎりが地面に落ちた。
レットはしばらく、そのおにぎりを見つめていた。
「……」
そして――。
巨大なワニを見る。
「グー……」
低い声だった。
「レット?」
ユウが振り返る。
レットはワニを睨んでいた。
「グー……」
さっきよりも低い。
そして、レットの毛が――。
逆立った。
ふわふわだった全身の毛が、まるで別の生き物のように一斉に立ち上がる。
「え?」
瀬里奈が目を丸くする。
「毛……全部逆立ってる」
「レット?」
サトミも驚いている。
「ググググ……」
声が大きくなる。
「グググググ……!」
さらに大きくなる。
アキラは思わず一歩下がった。
「……怖い」
「え?」
ユウがレットを見つめる。
「なんか……レットじゃないみたい」
アキラも同じことを感じていた。
いつもは、ふわふわしていて、キューキュー鳴いて、誰かの布団に勝手に潜り込んでくる。
そんなレットとは、明らかに違う。
「何か……目覚めそうじゃない?」
サトミが呟く。
「グググググググググ!」
レットが大きく唸った。
その声に――。
巨大なワニが反応した。
「……?」
ワニがレットを見る。
そして、明らかに後ずさった。
「え?」
瀬里奈が驚く。
「ワニ、怯えてる?」
巨大なワニが、レットから距離を取る。
「おいおい……」
アキラも驚いた。
「こいつ、レットを怖がってるぞ」
全員の視線がレットへ集まる。
レットは体を震わせるようにして、
「グー!」
と叫んだ。
その瞬間――。
ふわっ!
レットの毛が、一気に飛んだ。
「え?」
無数のふわふわした毛が空中を舞う。
そして――。
ハラハラ。
ハラハラ。
巨大なワニの背中や頭に落ちていく。
ワニは恐怖に目を閉じた。
「……」
全員が無言になる。
毛が落ちる。
ハラハラ。
ハラハラ。
そして――。
何も起こらない。
ワニの外皮は無傷。
毛が乗っているだけだった。
「……」
アキラがレットを見る。
「……」
ユウも見る。
「……」
サトミも見る。
「……」
瀬里奈も見る。
アキラが呟いた。
「ただの毛かい!」
思わずツッコんだ。
その間にもワニは警戒している。
だが、アキラはもう待っていられなかった。
「まあいい!」
刀を抜く。
「こいつを倒すぞ!」
アキラがワニの首へ向かって走った。
「おりゃあ!」
ズバッ!
刀が首に入る。
だが――。
ギィン!
「うそだろ!」
刃が止まった。
皮膚を少し切っただけ。
「かてぇ!」
アキラが驚く。
巨大なワニが首を振る。
「うおっ!」
アキラが振り落とされそうになる。
そのとき。
「エイ!」
サトミが走ってきた。
そして――。
アキラの刀の先を、思い切り踏んだ。
グッ!
「え?」
刀がさらに首へ食い込む。
「うおおおお!」
アキラが力を込める。
サトミも体重をかける。
ズバァッ!
巨大なワニの首が落ちた。
ドスン!
「ナイスー!」
アキラが叫ぶ。
「やった!」
サトミがガッツポーズをする。
巨大なワニの体が、ゆっくりと波止場へ倒れた。
戦闘終了。
ところが――。
レットはもうワニには興味がなかった。
「キュー……」
ユウの腕の中で丸くなっている。
「寝た……」
瀬里奈が呟く。
さっきまで全身の毛を逆立て、巨大なワニを威嚇していたとは思えない。
レットはユウに抱かれたまま、
「すー……」
と気持ちよさそうに眠っている。
「……」
アキラはレットを見る。
そして、地面に落ちたレットのおにぎりを見る。
そして、もう一度レットを見る。
「なんなん?覚醒とかせんのかい!」
誰にも答えは分からなかった。
ただ、レットの毛だけが――。
波止場の風に乗って、ふわふわと飛んでいた。




