第58話 チヌーク、避難民を乗せて飛ぶ
9月27日。
朝から、文化センター周辺は大勢の人でごった返していた。
避難所として使われている文化センターには、すでに約8000人もの住民が避難している。
そこへ――。
ドドドドドドドドドッ!
空気を震わせる、凄まじいローター音が響き渡った。
「来たぞ!」
「ヘリだ!」
人々が一斉に空を見上げる。
低い雲の下から、巨大な軍用ヘリが姿を現した。
「チヌークだ!」
誰かが叫んだ。
大型軍用ヘリ、CH-47チヌーク。
それが3機。
文化センターの駐車場へ向かって、ゆっくり高度を下げていく。
ローターの風圧で、砂ぼこりや小石が舞い上がった。
「伏せろ!」
「荷物を押さえて!」
避難民たちが慌てて頭を押さえる。
3機のチヌークが、駐車場へ次々と着陸する。
ドドン!
ドドン!
ドドン!
エンジン音が響き渡る。
「避難する人は順番に!」
「荷物は最小限にしてください!」
「走らないでください!」
自衛隊員が大声で誘導する。
避難民たちは、チヌークへ乗り込んでいく。
赤ん坊を抱えた母親。
杖をついた老人。
大きな荷物を背負った家族。
そして、ペットを抱えた人もいる。
さらに、文化センター周辺の建物に身を潜めていた住民たちも、少しずつ姿を現した。
「ここにいたんです!」
「避難できますか!?」
「もちろんです! 列に並んでください!」
避難民の数は、さらに増えていく。
しかし――。
「8000人……」
自衛隊員が遠くを見ながら呟いた。
チヌーク3機だけでは、到底全員を運べない。
「何往復するんだ?」
「かなりの回数になる」
避難計画は、当初1日で終える予定だった。
だが、現場を確認した結果、予定は大幅に変更された。
避難は1日では終わらない。
5日間にわたって、順次住民を移動させることになった。
そして――。
『第1陣、出発します!』
隊員の声が響く。
チヌークのローターがさらに激しく回転する。
ドドドドドドドドドッ!
機体がゆっくり浮き上がった。
「……」
乗り込んだ避難民たちは、窓の外を見る。
地上が少しずつ遠ざかっていく。
誰もが不安そうだった。
ヘリなら安全。
そんな保証はない。
今の空には、普通の鳥ではないものが飛んでいる。
透明な棒のような姿をした魔物。
スカイロッド。
その姿はほとんど見えない。
太陽の光がわずかに屈折した時だけ、空中に奇妙な線が浮かぶ。
さらに――。
ライオンのような巨大な身体。
背中には翼。
グリフォン。
大きな蝙蝠のような魔物も飛んでいる。
そして、その中でもひときわ目立つのが――。
レインボーバード。
巨大な鳩のような身体を持ち、翼には虹色の羽毛が輝いている。
空は、もはや人間だけの場所ではなかった。
「大丈夫なのか……?」
避難民の1人が呟く。
その時だった。
遠くから、
ゴォォォォォォッ!
という轟音が響いてきた。
「戦闘機だ!」
別の避難民が叫ぶ。
空を見上げる。
3機の戦闘機が、チヌークの周囲を警戒するように飛行していた。
F-2。
青灰色の機体が、空を切り裂く。
チヌークの周囲を大きく旋回する。
もし空中から魔物が接近すれば、迎撃するためだ。
「守ってくれてるんだ……」
避難民の女性が呟いた。
誰もが空を見上げた。
F-2が旋回する。
チヌークが飛ぶ。
そのさらに上空を、魔物が飛んでいる。
人間と魔物。
空でもまた、生存をかけた戦いが始まっていた。
一方、その頃。
「ん?」
アキラの家。
テレビを見ていたアキラが顔を上げた。
ゴォォォォォ……。
遠くから、低い爆音が聞こえてくる。
「何だ?」
窓を開ける。
空を見上げる。
「……戦闘機?」
ユウも窓際へやって来た。
「自衛隊かな?」
「たぶんな」
サトミと瀬里奈も外へ出てくる。
遠くの空を、戦闘機が飛んでいく。
「避難が始まったんだね」
瀬里奈が呟く。
アキラは少しの間、空を見つめた。
「……5日間か」
当初の予定より長くなった。
それだけ、この世界の避難が難しいということだ。
「8000人もいるんだもんね」
ユウが言う。
「ああ。何往復も必要だろうな」
アキラは空を見上げる。
その時――。
遠くで何かが光った。
「……今の何?」
サトミが目を細める。
しかし、遠すぎて何が起きたのか分からない。
アキラも黙って空を見ていた。
この世界では、空を飛ぶことすら安全ではない。
だからこそ――。
3機のチヌークと3機のF-2は、8000人の命を背負って空を飛んでいた。




