第44話「ゾンビだ! 逃げろ!」
暗い通路の奥から、何かがゆっくりと歩いてきた。
カク……。
カク……。
足音が響く。
最初に見えたのは、血まみれの服だった。
そして、青白い顔。
皮膚の一部は腐敗して黒ずみ、頬の肉は半分ほど崩れている。
血が乾いてこびりつき、ところどころ肉が腐っていた。
それでも、それはゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「いやぁぁぁぁぁ!」
サトミが絶叫した。
「私、ゾンビとか苦手なの!」
「……ゾンビだ」
アキラは目を細めた。
間違いない。
ゲームで何度も見たことがある。
現れたのは、まさしくゾンビだった。
アキラが恐る恐る言う。
「……ゾンビがいるってことは……」
「いるってことは?」
「何?」
「高位の魔族がいる!」
「え?」
ユウの顔が固まった。
瀬里奈も青ざめる。
「高位の魔族って……そんなに強いんですか?」
「あぁ」
アキラは即答した。
「最低でもレベル50くらいないと互角に戦えない」
「50!?」
ユウが叫ぶ。
現在のアキラはレベル15。
ユウはレベル14。
サトミはレベル5。
瀬里奈はレベル7。
まともに戦える相手ではない。
「撤退だ」
アキラはすぐに判断した。
「全員、ゆっくり後ろに下がれ」
4人が少しずつ後退する。
しかし、その瞬間だった。
ゾンビが突然、顔を上げた。
「……?」
カクッ。
首が不自然に曲がる。
そして次の瞬間。
ダッ!
「え?」
ゾンビが走り出した。
しかも、ものすごい速度だった。
カクカクと身体を揺らしながら、異常な速さでこちらへ迫ってくる。
「いやぁぁぁぁぁ!」
サトミが完全にパニックになった。
「来ないでぇぇぇ!」
火の杖を振り回す。
「ファイアー!」
ボォン!
火球が飛んだ。
しかし、ゾンビには当たらない。
火球はそのまま横の棚へ突っ込んだ。
ボッ!
商品が燃え上がる。
「サトミ!」
「無理ぃぃぃ!」
「落ち着け!」
「ゾンビ怖いの!」
「だからって商品を燃やすな!」
「ファイアー!」
ボォン!
また火球が飛んだ。
今度は壁に命中する。
「火事になるぞ!」
「そんなこと言ってる場合じゃない!」
ボォン!
さらに火球。
ボォン!
もう1発。
店内がどんどん燃え始める。
「サトミ! 狙え!」
「無理!」
「狙えって!」
「怖い!」
「せめてゾンビを狙え!」
「そんな余裕ない!」
そのときだった。
ボォン!
サトミが放った火球の1発が、奇跡的にゾンビへ命中した。
「グギャアアアアア!」
ゾンビの身体が燃え上がる。
「当たった!」
サトミが叫ぶ。
しかし、次の瞬間。
「……臭っ!」
強烈な臭いが通路いっぱいに広がった。
腐った肉。
焼けた皮膚。
血と腐敗臭が混ざった、吐き気がするような臭いだった。
「うぇぇ……!」
ユウが鼻を押さえる。
瀬里奈も顔をしかめた。
「これは……無理です……!」
アキラも顔をしかめる。
「逃げるぞ!」
「はい!」
4人は一斉に走り出した。
背後では、燃え上がったゾンビがまだ動いている。
店内の商品にも次々と火が燃え移っていく。
「サトミ! 火を止めろ!」
「どうやって!?」
「魔力を止めろ!」
「怖くてそんなこと考えられない!」
「もういい! 逃げろ!」
全員がパニックになりながら、搬入口へ向かって走る。
やっと外へ飛び出した。
目の前には、さっきの4トントラックがある。
エンジンはまだ動いている。
アキラが叫んだ。
「瀬里奈!」
「はい!」
「トラック運転してくれ!」
「え?」
「早く!」
瀬里奈は一瞬固まった。
「私、免許はありますけど……」
「オートマだろ!」
「はい!」
「なら大丈夫だ!」
「本当に!?」
「たぶん!」
「たぶん!?」
瀬里奈は慌てて運転席へ乗り込んだ。
「エンジンかかってます!」
「そのまま行け!」
アキラも助手席へ飛び込む。
続いてユウとサトミも飛び込んできた。
「私も!」
「私も!」
「おい! 3人は無理だろ!」
しかし後ろからゾンビの声が聞こえる。
「グギャァァァァ!」
「くそっ!」
逃げる余裕はない。
ユウとサトミが助手席へ無理やり乗り込んだ。
「狭い!」
「アキラ、どいて!」
「どけるか!」
「入れない!」
「俺も入れない!」
最終的に、アキラが一番下になった。
その上にユウ。
さらにサトミが無理やり乗り込む。
「ちょっと待て! 重い!」
「ごめん!」
「アキラ、動かないで!」
「動けねぇよ!」
「私、どこに足置けばいいの!?」
「俺に聞くな!」
狭すぎて、全員が身動きできない。
アキラは押し潰されそうになりながら、必死に身体を固定した。
思わず変な汗が出る。
「これ、脱出したほうがよくないか?」
「ゾンビ来てる!」
「だよな!」
瀬里奈がハンドルを握る。
「出発していいですか!?」
「いいから出せ!」
「はい!」
ギアが入る。
ブォォォン!
4トントラックが急発進した。
「うわぁ!」
車体が大きく揺れる。
「キャッ!」
ユウとサトミも悲鳴を上げる。
「瀬里奈! もっと早く!」
「これ以上は怖いです!」
「免許持ってるんだろ!」
「持ってますけど、こんなの教習所で習ってません!」
「そりゃそうだ!」
トラックは猛スピードで道路へ飛び出していった。
アキラが後ろを振り返る。
搬入口の奥。
炎に包まれたゾンビが、こちらを見ていた。
そして、そのさらに奥。
暗闇の中に、赤く光る2つの目が浮かんでいた。
アキラの表情が固まる。
「……やっぱりいる」
「何が?」
ユウが聞く。
アキラは暗闇を見つめたまま答えた。
「高位の魔族だ」
トラックは、その場からどんどん離れていった。
しかしアキラの頭の中には、さっき見た赤い目が焼き付いていた。
まだ、戦う時ではない。
今の自分たちでは勝てない。
だから逃げる。
それが、アキラの判断だった。




