第4話 幼馴染とハウンドドッグ
ピンポーン。
「……ん?」
アキラは布団の中で眉をひそめた。
ピンポーン。
「うるさいな……」
まだ朝だ。
昨日は夜中までゴブリンと戦った。
レベルは3。
ゲーム時代のレベル255とは違い、現実の身体はまだほとんど鍛えられていない。
だからこそ、今日は朝からレベル上げをするつもりだった。
そう思っていた。
思っていたのだが。
「眠い……」
アキラは布団を頭までかぶった。
ピンポーン!
「誰だよ!」
さすがに目が覚めた。
アキラはふらふらと起き上がり、インターホンの画面を見る。
そこに映っていたのは、見慣れた少女だった。
「……ユウ?」
隣の家に住んでいる幼馴染。
アキラより2歳下の高校生だ。
小さい頃から家が近く、何かとアキラの家へ遊びに来ていた。
「まだ朝だぞ」
インターホン越しに言う。
すると、画面の中のユウが叫んだ。
「もう昼だよ!」
「……は?」
「いいから開けて! 早く!」
「なんでそんなに慌ててんだよ」
「いいから!」
アキラは時計を見た。
12時を少し過ぎている。
「……昼じゃん」
「だから言ったでしょ!」
ブツブツ文句を言いながら、アキラは玄関へ向かった。
そして鍵を開ける。
「はいはい。何だよ――」
ドアを開けた瞬間。
「アキラ!」
ユウが飛び込んできた。
「うわっ!」
そのままアキラに抱きつく。
「ちょ、どうしたんだよ!」
「怖かった!」
「何が?」
「外!」
ユウが震えている。
「魔物が……!」
「魔物?」
アキラが聞き返した、その時だった。
「グルルルル……」
玄関の外から、低い唸り声が聞こえた。
「……え?」
アキラが振り返る。
開いた玄関ドアの隙間から、灰色の鼻先が突っ込んできた。
「うわっ!」
大型の犬。
いや。
違う。
犬ではない。
「ハウンドドッグ……!」
アキラは知っていた。
ゲームに登場する魔物。
ゴブリンより遥かに強い。
灰色の毛。
異様に発達した牙。
赤く血走った目。
ゲーム画面で何度も見た姿そのものだった。
「グルァァ!」
ハウンドドッグが玄関へ突っ込んでくる。
「閉めろ!」
ユウが叫ぶ。
「分かってる!」
アキラは必死にドアを閉める。
だが。
ガンッ!
「うわ!」
ハウンドドッグの首がドアに挟まった。
「グルルル……!」
怪物が暴れる。
ドアが激しく揺れる。
「こいつ、力強すぎる!」
アキラは必死にドアを押さえた。
ハウンドドッグがさらに頭を突っ込もうとする。
牙が見えた。
ユウの顔から血の気が引く。
「きゃぁ!」
ユウは靴も脱がずに玄関の中へ駆け込んだ。
「アキラ!」
「何!」
「どうするの!」
「どうするって……」
アキラは周囲を見る。
武器。
何か武器はないか。
そして思い出した。
「包丁!」
「え?」
「テーブルの上!」
昨日、ゴブリンを倒した時に使った柳葉包丁。
まだ血のような緑色の液体が付着したままだった。
「取ってくれ!」
「わ、分かった!」
ユウが家の中へ走る。
テーブルの上に置かれていた包丁を見つける。
「これ?」
「早く!」
「何、この緑の液体!」
「いいから!」
ユウが包丁を持って戻ってくる。
「はい!」
アキラは受け取った。
そして。
ドアに挟まったハウンドドッグを見た。
ゲームでは強敵。
だが。
ここまで入ってしまえば、逃げ場はない。
「……悪いな」
アキラは包丁を構えた。
ハウンドドッグが口を大きく開く。
「グァァァ!」
飛びかかろうとする。
しかし首はドアに挟まっている。
アキラはその隙を狙った。
「食らえ!」
包丁を突き込む。
ハウンドドッグが激しく暴れる。
「くっ!」
アキラは離れない。
ゲームではない。
ボタンを押せば攻撃できるわけではない。
自分の手で戦わなければならない。
「こいつ……!」
何度も攻撃する。
やがて。
ハウンドドッグの動きが弱くなった。
唸り声も小さくなる。
そして。
静かになった。
「……」
アキラはしばらく動かなかった。
「死んだ……?」
ユウが震えながら聞く。
「たぶん」
アキラは慎重に玄関のドアを少し開けた。
ハウンドドッグの身体が、どさりと倒れる。
アキラは外を確認する。
左右。
道路。
隣の家。
「他には……いない」
急いでハウンドドッグを玄関から引き離す。
そして身体を調べる。
「魔石は……」
あった。
首の奥から取り出す。
白い。
しかも。
「3cm……」
ゴブリンから取れた魔石より明らかに大きい。
アキラの目が輝いた。
「ハウンドドッグの魔石か」
鑑定する。
《魔石・白3.1センチ》
《魔力量:小》
「白……」
ゲームでは回復属性。
しかも、この大きさならかなり使える。
アキラは魔石を握った。
「よし」
玄関の鍵を閉める。
カチャリ。
ようやく家の中が安全になった。
「……はぁ」
ユウが大きく息を吐いた。
そして。
「アキラ!」
「ん?」
「ニュース見た?」
「ニュース?」
「これ!」
ユウは自分のスマートフォンを取り出した。
画面にはニュース速報が表示されている。
《全国各地で謎の生物による襲撃》
《警察・消防が対応》
《海外でも同様の現象》
《政府が緊急会見を予定》
さらにSNSには、無数の動画が投稿されていた。
ゴブリン。
巨大な犬のような魔物。
空を飛ぶ怪物。
そして。
街を埋め尽くすほどの魔物の群れ。
「……」
アキラは画面を見つめた。
昨日までなら、全部ゲームの映像だった。
だが。
違う。
これは現実だ。
「アキラ……」
ユウが不安そうに聞く。
「これ……魔物でしょ?」
アキラは答えなかった。
ただ、画面に表示された1つの情報を見ていた。
《現在確認されている魔物:ゴブリン、ハウンドドッグ、オーク、スライム……》
「オークまで……」
アキラの表情が変わる。
ゲームの知識がある。
だから分かる。
これは、まだ始まったばかりだ。
「ユウ」
「なに?」
「今日から、絶対に1人で外に出るな」
「……うん」
「それと」
アキラは白い魔石を握り締めた。
「この世界、本当にゲームと同じなら……」
その先を口にすることができなかった。
ゴブリン。
ハウンドドッグ。
オーク。
その先には。
もっと強い魔物がいる。
そして。
ゲームの最終地点には。
魔族がいた。
魔王がいた。
「……まだ、始まったばかりだ」
アキラは呟いた。
その言葉とは裏腹に。
胸の奥には、昨日とは違う感情が生まれていた。
恐怖だった。




