第34話「アキラ大帝様、いらっしゃいませ!」
「詠唱、短くしろよ」
アキラはそう言って、椿の杖をユウに差し出した。
「いいの?」
ユウの目がキラキラと輝く。
「使っていいぞ」
ユウが杖を握る。
だが――
「……あれ?」
離れない。
「アキラ?」
アキラが杖を握ったまま離さない。
「ぐいっ」
ユウが引っ張る。
「ぐぐぐっ」
それでもアキラは離さない。
「詠唱、短くな!」
「わかったよ!」
ユウがさらに引っ張る。
「わかった! わかったから!」
「絶対だぞ!」
「分かったって!」
ようやくアキラが手を離した。
ユウは嬉しそうに杖を抱える。
「やった!」
「いいか。昨日みたいな長い詠唱は禁止だからな」
「分かってるよ」
「魔物は待ってくれないぞ」
「はいはい」
「本当に分かってるのか?」
「分かってる!」
ユウは杖を振りながら歩き出した。
目的地までは学校まで約10分。
そこから桜井家までは3分ほど。
アキラとユウは慎重に歩いた。
道路に出ても、周囲を何度も確認する。
特に路地裏。
そして曲がり角。
魔物が突然飛び出してくる可能性がある場所は、徹底的に警戒した。
「店、全部閉まってるね」
ユウが周囲を見る。
商店街も、飲食店も、シャッターが下りている。
世界が変わってから、まだそれほど時間は経っていない。
それでも、日常だった風景はすでに失われていた。
2人は遊歩道へ入った。
人の姿はない。
静かだった。
「右」
アキラが言う。
遊歩道を右へ曲がる。
しばらく進むと、見慣れた学校が見えてきた。
「スーパーサイエンス高校」
ユウが校門を見上げる。
「ここを右だな」
2人は学校の脇道へ入る。
そして、しばらく来た道を戻るように歩いた。
校庭が見えてくる。
「ここを左」
さらに道なりに進む。
その時だった。
「……グギ」
「グギグギ……」
前方から声が聞こえた。
アキラが足を止める。
「待て」
「魔物?」
「たぶんな」
慎重に前を見る。
そこには――
ゴブリンが5体いた。
全員、手には木の棒を持っている。
「グギグギ」
「グギッ」
ゴブリンたちは何か話しているようだった。
アキラは剣に手をかける。
だが、その横からユウが前へ出た。
「使っていい?」
「お前……」
ユウはすでに杖を構えている。
明らかに使いたくて仕方がない顔だった。
「短い詠唱ならな」
「やった!」
ユウは杖をゴブリンへ向けた。
そして――
「雷よ、走れ!」
バチッ!
一瞬だった。
杖の先端から稲妻が飛び出す。
「ギャッ!」
「グギィ!」
稲妻がゴブリンの身体を次々と駆け抜ける。
バリバリバリッ!
5体すべてが同時に痙攣した。
そして――
頭から黒い煙を上げながら、その場に倒れた。
「……」
「……」
アキラは呆然とした。
「全滅……」
ユウが杖を見つめる。
そして――
「すごい!」
ぴょん!
「すごいすごい!」
ぴょん!
ユウがその場で跳ねる。
「魔法! 本当に魔法だ!」
「おい」
「なに?」
「俺に当てるなよ」
「当てないよ!」
「頼むからな」
アキラは自分の位置を確認する。
少し後ろにいたからよかった。
もしユウの前を歩いていたら――
「確実に俺もくらってたな……」
「そんなことないって!」
「いや、昨日くらっただろ」
「……」
ユウが杖を見つめる。
「気をつけます」
「絶対だぞ」
「はい」
2人は倒れたゴブリンを確認し、魔石を回収した。
そして再び歩き出す。
しばらくすると、目的の家が見えてきた。
「ここ?」
「ああ」
桜井海斗の家。
アキラは呼び鈴を押した。
ピンポーン。
しばらくすると、女性の声がする。
『どちら様ですか?』
ユウが答える。
「海斗くんの友達です」
『海斗の?』
その瞬間だった。
家の2階から、
ドタドタドタドタ!
激しい足音が響いた。
「俺! 俺!」
バタバタと階段を駆け下りる音。
「大丈夫! 俺、大丈夫だから!」
ガチャッ!
玄関の鍵が開いた。
ドアが勢いよく開く。
「どうぞ!」
笑顔で出てきたのは、桜井海斗だった。
「アキラ大帝様!」
「……は?」
「いらっしゃいませ!」
「誰が大帝様だ」
海斗は満面の笑みだった。
どうやら、クラスLINEの中でいつの間にか付けられたらしい。
アキラの知らないところで、新しいあだ名が定着していた。




