第2話 レベル255なのに弱い
「よし……」
アキラは自宅の台所へ向かった。
ゲームの中では、すでにレベル255。
現時点では、プレイヤーの中でもトップクラス。
しかも、ただレベルが高いだけではない。
装備も一流。
スキルも豊富。
魔物の行動パターンも、ほとんど頭に入っている。
そして今。
目の前には、ゲームの中では最弱クラスの魔物であるゴブリンがいる。
「なら……」
アキラは包丁を一本取り出した。
柳葉包丁。
魚を捌くための包丁だった。
「これで十分だろ」
ゲームなら、ゴブリンなど一撃。
いや。
攻撃力を考えれば、攻撃しなくても倒せるくらいの差がある。
現実になったとはいえ、自分のレベルは255。
ステータスもゲームと同じなら、圧倒的なはずだ。
「ちょっと試してみるか」
アキラの胸が高鳴った。
怖さよりも、好奇心のほうが勝っていた。
ゲームが現実になった。
だったら。
自分がどれくらい強くなっているのか、試してみたい。
アキラは柳葉包丁を握り、家を飛び出した。
外には、まだゴブリンが一匹いた。
緑色の肌。
小柄な身体。
ぼろぼろの服。
そして手には木の棒。
「おお……」
アキラは思わず笑った。
本物だ。
ゲームの画面で何千匹、何万匹と倒してきたゴブリンが、本当に目の前にいる。
「来いよ」
アキラが一歩近づく。
ゴブリンと目が合った。
次の瞬間。
「グギィィィィィッ!」
ゴブリンが大声を上げた。
「うわっ!」
突然の大声にアキラが飛び退く。
すると。
ゴブリンの後ろから、さらに二匹のゴブリンが現れた。
「え?」
三匹。
「マジか!」
アキラは一瞬だけ驚いた。
だが、すぐに笑った。
「でも、お前ら馬鹿だからな」
ゲームではそうだった。
ゴブリンは知能が低い。
複数で現れても、連携などほとんどしない。
だから。
「こっちだ!」
アキラは自宅の塀の裏へ隠れた。
案の定だった。
「グギッ!」
三匹のゴブリンが一斉に突っ込んでくる。
「ほらな」
アキラは塀の角から、最初の一匹が顔を出すのを待った。
そして。
「今だ!」
柳葉包丁を突き出した。
ザクッ!
「ギャッ!」
ゴブリンが叫ぶ。
包丁は顔面に刺さった。
「よし!」
ゲームなら完全に成功だ。
ところが。
「……あれ?」
包丁が抜けない。
アキラは慌てて引っ張った。
「おい! 抜けろ!」
ゴブリンの身体が邪魔になり、簡単には抜けない。
その間に。
「グギャ!」
残った二匹が姿を現した。
「ちょ、待って!」
アキラが両手を上げる。
「タイム! ちょっと待て!」
もちろん。
ゴブリンにそんなルールはない。
「グギィ!」
ドカッ!
木の棒がアキラの肩を直撃した。
「痛っ!」
ゲームにはなかった。
痛みが。
本物だった。
「ちょっと待て! おかしいだろ!」
もう一匹が木の棒を振り下ろす。
「うわっ!」
アキラは慌てて横へ転がった。
その勢いで、ようやく柳葉包丁が抜ける。
そして画面ではなく、アキラのポケットのスマホがなった。
《経験値を獲得しました》
《レベルアップ》
「……よし!」
アキラは立ち上がった。
「256!」
拳を握る。
「レベルアップしたぞ!」
だが。
その直後。
ドカッ!
「痛ぇ!」
また木の棒が当たった。
「おい!」
アキラは必死に包丁を振る。
だが、思った場所に刃が行かない。
ゲームのキャラクターなら、ボタン一つで正確に攻撃できる。
現実では違う。
腕を振れば身体も揺れる。
足がもつれる。
息が切れる。
恐怖で視界が狭くなる。
「くそっ!」
二匹のゴブリンに囲まれ、アキラは完全に混乱していた。
その時だった。
「おい!」
道路の向こうから声がした。
近所の男が出てきた。
「何やってるんだ!」
そして。
地面に倒れているゴブリンを見て、男の顔が固まる。
「……なんだ、これ」
「危ない!」
アキラが叫ぶ。
ゴブリンが男へ向かって走った。
「うわっ!」
男はとっさにゴブリンへ飛びついた。
そして、その身体を後ろから羽交い絞めにする。
「今だ!」
「え?」
「刺せ!」
アキラは一瞬迷った。
だが。
「分かった!」
包丁を握り直す。
そしてゴブリンの腹部へ突き立てた。
「グギャァ!」
ゴブリンが暴れる。
男は必死に押さえ込む。
「離すな!」
「分かってる!」
アキラは必死に包丁を動かした。
ゴブリンの力が弱くなる。
やがて。
動かなくなった。
「……はぁ……はぁ……」
アキラは息を切らした。
「あと一匹!」
残ったゴブリンが叫び声を上げる。
アキラも構えた。
「来い!」
一対一。
今度は逃げない。
ゴブリンが木の棒を振る。
アキラは横へ避ける。
「よし!」
今度は避けられた。
アキラが包丁を突き出す。
しかし。
ゴブリンも身体をひねった。
「くそっ!」
外れた。
「強い……?」
違う。
ゴブリンが強いわけではない。
自分が、弱いのだ。
ゲームのようには動けない。
その瞬間。
「うおおお!」
近所の男が横から足を引っかけた。
「グギッ!」
ゴブリンが転倒する。
「今だ!」
アキラは飛び込んだ。
必死に包丁を振る。
何度も。
何度も。
やがて、ゴブリンは動かなくなった。
静寂が戻った。
アキラは肩で息をしていた。
「……勝った」
視界に文字が浮かぶ。
《経験値を獲得しました》
《レベルアップ》
「……257」
アキラは自分の手を見る。
震えていた。
レベル257。
ゲーム内なら、ありえないほどの強者。
しかし現実では。
ゴブリン三匹を相手に、死にかけた。
そして。
アキラは初めて、倒したゴブリンをじっくり見た。
その身体から、小さな石が転がり落ちている。
緑色。
指先と同じくらい。
「これが……魔石か」
アキラが拾い上げる。
その瞬間。
《魔石・緑2CM》
《魔力量:微小》
鑑定結果が浮かんだ。
アキラの目が見開かれる。
「やっぱり……」
ゲームと同じだ。
ならば。
この世界には。
ゲームに存在した魔物も。
魔石も。
スキルも。
そして――。
「もっと強い魔物も……いる」
アキラは、まだ震えている手で魔石を握り締めた。
レベル257。
それでも。
ゴブリンにすら苦戦した。
ならば。
この先にいる魔物は。
いったい、どれほど強いのか。
アキラは初めて、ゲームでは感じなかった恐怖を覚えた。




