第18話「グリグリ、グリズリー」
「素材調達と、装備調達だな」
アキラは新しく手に入れたミスリルの柳葉包丁を背負い、隣を歩くユウを見た。
「まずは服だ」
「服?」
「そう。今の俺たち、どう見てもまともな格好じゃないだろ」
アキラは自分の服を見下ろした。
戦闘とスライムのせいで、かなりボロボロになっている。
ユウも同じだった。
「確かに……」
「そのあとホームセンターに行く。工具、ロープ、金属板、収納用品。必要なものを全部そろえる」
「お店、開いてるかな?」
「開いてなくても入る」
「それ、泥棒じゃない?」
「いや、金はある」
アキラはスマートフォンをポケットから取り出して、にやりと笑った。
「レジのところに金を置いておけばいい。セルフサービスだ」
「そんなセルフサービス聞いたことないよ!」
2人が向かったのは、近所にあるアオン駅前店だった。
駅前に建つ大型商業施設で、1階から上階まで多数のショップが入っている。
しかし、今は当然ながら臨時休業。
入口のシャッターも下りていた。
周囲には割れた看板、倒れた自転車、散乱した商品。
街そのものが、数日前までの日常を失っていた。
「……ひどいな」
ユウが小さく呟く。
アキラは周囲を見回した。
「魔物が出た直後だからな」
正面入口は入れない。
だが、1階にあるケンチキの窓ガラスが大きく割れていた。
「ここから入れる」
「そこ、入っていいの?」
「もう営業してないだろ」
「そういう問題じゃないと思うけど……」
アキラは割れた窓から店内へ入った。
続いてユウも入る。
中は薄暗かった。
電気は完全に落ちていて、天井には非常灯だけがぼんやりと光っている。
商品棚やテーブルの影が、不気味に伸びていた。
「……何かいるかもしれない」
ユウが槍を構える。
「いると思って動いたほうがいい」
アキラもミスリルの柳葉包丁に手をかけた。
そのときだった。
「グルルル……」
遠くから、獣の鳴き声が聞こえた。
2人が同時に止まる。
「今の……」
「獣だな」
「何がいるの?」
「分からない」
アキラは慎重に周囲を見回した。
「だから、慎重に行く」
店内を進み、1階のスーパーエリアに出る。
そこには巨大なショッピングカートが何台も残されていた。
アキラはそのうちの1台をつかんだ。
「これ、使えるな」
「何に?」
「荷物を運ぶ」
「まだ何も買ってないよ?」
「これから買う」
アキラはカートを押しながら進んだ。
やがてエレベーターを見つける。
「動くかな?」
「電気は止まってるから無理だろ」
しかし、非常電源が生きていた。
ボタンを押すと、低い駆動音とともに扉が開く。
「おお」
「乗ろう」
2人とカートがエレベーターに乗り込む。
そして2階へ。
チン。
扉が開いた。
暗い2階フロアが現れる。
「確か、この奥だったな」
アキラが辺りを見回す。
「ロックなジーパンとか、スカジャンとか売ってる専門店があったはずだ」
「ロックなジーパンって何?」
「こういう状況だからこそ、普段着ない服がいい」
アキラは楽しそうに歩き始めた。
「せっかくだから、ちょっと格好いい装備にしたい」
「装備って言っても服でしょ?」
「服も装備だ」
そして、ふとアキラが立ち止まる。
「……あ」
「どうしたの?」
「泥棒みたいじゃないか?」
「今さら?」
ユウが呆れた顔をする。
「だから金はあるって」
アキラは財布を取り出した。
「レジに置いておくよ」
「本当に置くの?」
「セルフだな」
「絶対違う!」
そのときだった。
ガチャ。
奥の店から音がした。
2人の表情が変わる。
「……何?」
アキラが包丁を構える。
次の瞬間。
ガシャーン!
2階にあるガチャガチャ専門店の入口から、巨大な影が飛び出してきた。
「うわっ!」
ユウが後退する。
巨大な熊だった。
体長は2メートルを超えている。
毛は黒ではない。
茶色。
しかし、その巨体と鋭い爪を見れば、ただの熊ではないことは明らかだった。
アキラの顔から笑みが消える。
「……グリグリ、グリズリーだ!」
「どこまでが名前なの!?」
「グリグリ、グリズリー!」
「だからどこまで!?」
グリズリーが低く唸った。
「グルルルル……」
そして、一歩。
さらに一歩。
ズシン。
ズシン。
「気をつけろ」
アキラが低い声で言った。
「こいつは序盤最強クラスの敵だ」
グリズリーが、グリグリと間合いを詰めてくる。
「グリグリって何なの?」
「知らん!」
さらに一歩。
そして突然、巨体が跳ねた。
「来る!」
ブンッ!
巨大な前脚が横薙ぎに振られる。
アキラはとっさに身をかがめた。
頭上を鋭い爪が通過する。
「速っ!」
床に爪が叩きつけられた。
ガリィッ!
床材が削れる。
アキラの背中に冷たい汗が流れた。
「こいつ……!」
ゲームでは知っている。
攻撃パターンも知っている。
弱点も知っている。
だが、現実のグリズリーは違う。
一撃が、重い。
そして速い。
「ユウ、下がれ!」
「分かった!」
グリズリーが再び両腕を振り上げた。
「来るぞ!」
ブンッ!
ブンッ!
左右から連続する爪撃。
「これだ!」
アキラは紙一重でかわす。
「グリグリと両手でひっかいてくる!」
「だからグリグリって何!?」
「今それ聞く!?」
暗いショッピングモールの2階。
服を買いに来ただけだった2人の前に、序盤最強クラスの魔物が立ちはだかった。
そしてアキラは、ミスリルの柳葉包丁を握り直す。
「こいつを倒さないと……服屋に行けない!」
「そこなの!?」
アキラは叫んだ。
「服が欲しいんだよ!」
グリズリーが吠える。
その巨体が、再びこちらへ突っ込んできた。




