2 母は偉大なり
「ちょっとお兄ちゃん! なにしたのよ!」
「いや俺も知らん!」
ヤバイヤバイヤバイ、ここ賃貸なのに!
グッバイ敷金…
違うそうじゃない。どうやったら戻るんだ?
さっきと逆方向ににスワイプすれば良いのか?
ズズズッ
「ちょっ…お兄ちゃ……」
バタン
ふぅ。戻った。
ここにはなにもなかった。いいね?
ガチャ
「お兄ちゃん!あれ何なのよ!」
「ナンノコトダ?」
「言い訳下手すぎるでしょ!」
くっ、愚妹め。ここは話を合わせろよっ。
「なんの騒ぎだ?」
「あ、お父さん! お兄ちゃんが…ムグッ」
「なにもなかった。いいね?」
「ムグムグー! ムグー!」
どこの新しい生き物の鳴き声だ。
あーもう、ややこしいことになった。
「ちょっと涼、鈴に話させてあげてくれ。話が見えない。」
「嫌だ!」
「頼むよ…」
「ムグー!」
若干弱気な俺の父親。…ちなみによく母さんの尻に敷かれている。
絶対に教えたら家族会議になってしまう。そんな面倒なことは嫌だ!
「…母さーん!」
「どうしたのー? 物音がしたけどー?」
「まったまった! こいつは解放する! 一度話し合おう!」
「…最初からそうすれば良いものを。 ごめんなんでも無いよー!」
「そうなのねー!」
よかった。安心だ。
ブチギレた母さんは怖いどころの話じゃない。
この前一週間ほどスマホばっかいじって生返事をずっとしてたらブチギレられた。
多分ずっとイライラが蓄積したんだろう。それが一気に爆発したらもう般若の顔になって怒ってくる。
「ブハァッ! お兄ちゃん乱暴はやめてよ!」
「…おい! もう少し声を抑えろ…! 巻き添えを食らいたいのか…!?」
「…ううん」
…いい心がけだ。
「それで、何があったんだ?」
「お兄ちゃんがね…」
「いや、俺が説明する。父さん、俺がダンジョン行ったのは知っているよな?」
「あぁ、母さんに追い出されるかのように行っていたな。」
それは余計だ。
「そこで俺はちょっと深いところまで調子に乗って行ったんだよな。」
「涼ならやりかねないな。」
「お兄ちゃん……」
おいそこ、納得と呆れをするな。
どれだけ信用無いんだよ。…心当たりしか無いな。
「そこで落とし穴に引っかかって溺れたんだよ。」
「「………」」
哀れみの目で見るのやめてくれるかなぁ!?
「そこで気づけばよくわからん部屋にたどり着いてたんだよな。そこにあった宝箱を開いたら、ドパ牡蠣があったんだよ。」
「鏡があっただけんじゃないのか?涼」
「俺じゃねぇよ! 完全に牡蠣の形してたよ!」
「牡蠣型のお兄ちゃん…?」
「違ぇよ!」
何だよ牡蠣型の俺って。人の原型無いだろそれ。どこのモンスターだよ。
…何だよ牡蠣のモンスターって。
「まぁそれで衝動食いしてしまったんだよな。」
「拾い食い!?」
「しねぇしダンジョンのアイテムだし大丈夫だって思ったからだよ!」
「涼… 3秒ルールだぞ?」
「落ちたもの食ってねぇよ!」
なんで説明しているだけでツッコミをこんなにしないといけないんだよ!
休ませろ! ツッコミを休ませろってなんだよ!
俺にもボケさせろ!
「それでスキル【ドパガキ】を手に入れたんだ。」
「「………」」
微妙な空気になるのやめてくれるかなぁ!?
「そのスキルのせいで、壁をスワイプしたら壁が移動した。それを戻して、こいつが来て、言い争いになった後、父さんが来て、現在に至る。」
「なんで【ドパガキ】がスワイプをしたら壁が移動するんだ…」
知らねぇよ。ショート動画ばっか見てるからじゃね?
しかも壁が消えた先には何もなかったし。物理的に消えたというか、他の壁とかに干渉しずに移動したんだよな。
これもスキルの力ってやつなのか?
…もうわからん。
「…悪用をしなければそれでいい。僕は涼がそんなことをするとは思ってないし、監視するつもりもない。」
「…ホッ」
「その変わり、母さんには報告させてもらうよ。」
「お父さんストップストップ! ッそうなると俺がダンジョン通いする未来しか見えないんだが!?」
絶対に嫌だからな!?
家でゴロゴロして、稀にダンジョン行って小遣い稼ぎぐらいにしか考えてないんだぞ!
「あぁ。どうせ家にいても何もしないんだ。だったらダンジョンにでも行って稼いでたほうが良いじゃないか。」
「辛辣ぅ!」
反論の余地など無い。全部正論だからだ。
くっ、ドパガキが論争で負けるだと…!?
「お兄ちゃん!それで動画作ったらバズるんじゃないの!?」
「おぉ!それ良いな!よしじゃあ早速…」
「いや、それは了承できないかな。」
「「なんで!?」」
「子どもを不特定多数に認知されるわけにはいかないんだよ。炎上でもしたら将来がお先真っ暗になってしまう。」
父さんなりに考えていることなんだろうが。
「動画の収益は半分家に収めるから!」
「ちょっ!?」
「…だめだ。だったらダンジョンで稼いだほうが安全だ。」
「安全ではないけどね!?」
俺死にかけたけど!?
…まぁ自業自得だけど。
「最近のダンジョンでの死亡率は減っているんだろう?」
「そのとおりだけど…」
冒険者の数が増えたことで、上級者が初心者を助けるという暗黙の了解もできている。
少なくとも、日本のダンジョンは「入ったら即死亡」なんて物騒な場所ではない。
……まぁ、五階層まで何も考えずに突っ込んで落とし穴に落ちた馬鹿は別だが。
それに、ダンジョンは今や日本社会の一部になっている。
冒険者はもちろん、工事や大工なんかの現場職でも、レベルが高い方が就職に有利らしい。
つまり――ダンジョン攻略は、就活でもある。
「わかった。母さんに報告してもいいけど、ちゃんと手綱を握ってくれよ? 父さん。」
「それは確約できないかなぁ…」
頼りない父さんだ。
そこはどーんと構えておかないと俺が不安になるだろうが。
「とりあえず、晩ごはんのときに話し合うから、頼むから変なことはしないでくれよ?」
「「わかった」」
父さんが部屋を出て、階段を降りていく音がした。
「……お兄ちゃん、配信とか興味ない…?」
「おま、今さっき言われたばっかりだろうが!」
「他の人達にチヤホヤされたくない…? コメントで承認欲求満たしたくない…?」
「くそぅ! 悪魔の誘惑だ!」
いや、動画投稿は禁止と言われたが、配信は禁止とは言われていない。
屁理屈だが、悪くないだろう。
「…いや、ちゃんと許可を取ろう。」
「なんで!?」
「父さんも俺達を守ろうとして言ってくれてるんだ。流石に独断でそんなことをするわけには行かない。母さんたちもわからず屋じゃないし、ちゃんと向かえば答えてくれるだろ。」
「うーん、そうかなぁ」
何だこの守銭奴は。そもそも攻略するのは俺なんだぞ。
その変考えてねぇだろこいつ。
「ドパガキって話題を呼ぶと思うんだけどなぁ。」
「俺のことちゃんと考えてんのかこいつ。」
まぁ晩ごはんのときに話すしか無いのかもな。
「とりあえずお前は部屋にもどれ。俺は課題をする。」
「そういってショート動画ばっか見るくせに。」
「お前だって「SNS」ばっか見ているだろ!」
「関係ないでしょ!」
そもそも俺はスマホ水没してるから見れねぇんだよ。
…タブレットを使えば見れるけど…
「えぇい! とっとと戻れい!」
「はいはーい。」
バタン
ふう、やっとうるさいのがいなくなった。
そろそろ課題頑張らないと夏休み明けまでに終わらないな…
後3週間しか無いし。結構あるって? 動画見てたらすぐなくなるに決まってるだろ!
チラッ チラッ
くそっ、タブレットが俺を誘惑しやがる!
ちょっと、いやほんのちょっとだけだからショート見る!
……
………
「ご飯できたよー!」
階段から母さんの声が聞こえてきた。
…ハッ! ついずっとショートを眺めてしまった!
…ショート動画め、こいつは人を駄目にしてしまう危険物だ…
クローゼットに封印しなければ…
多分寝る前には取り出してると思うけど。
「今行くー!」
俺はそう言って、開いただけで白紙のワークを閉じる。
よし、これだけでちょっとだけ達成感が得られる。
…かなり空虚だけど。
俺は階段を降りて、ダイニングの机を囲むように置かれた椅子に座る。
すでに父さんと母さんが席についていた。
あの愚妹はまだ来ていないのか。待たせやがって。
「ごめん、遅れちゃった。」
そう言って愚妹は席についた。
若干重苦しい雰囲気があたりに漂う。
「「「「いただきます」」」」
俺達は黙々と食事を始めた。
「母さんはもう俺のスキルのことは知っているの?」
最初に口を開いたのは俺だ。
まず前提を確かめないといけないからな。
「えぇ、知っているわよ。ドパガキってひどい名前よね。」
「言うな。俺が一番わかっている。」
母さんはネット系にもしっかりと知識がある。
ドパガキの意味だって知っている。
「お兄ちゃんがドパガキってことをダンジョンが認めたってことになるよね。」
「マジでふざけんなダンジョン。」
これは俺は悪くないだろ。絶対にダンジョンがおかしいと思う。
「とりあえず、ダンジョンに関する家でのルールとか決めたいんだが。」
「そうだね、その辺がないと涼がどんなことをしでかすか分かったもんじゃない。」
「そうね」
「そうそう。お兄ちゃんは調子に乗るとブレーキが消滅するから」
なんなのお前ら。集団で俺をいじめて楽しいか!?
「私からの条件は、誰にも迷惑をかけなければ何をしても良い、かな」
「え、母さん?」
父さんが疑問符を上げる。
正直これだったら俺も嬉しい。束縛されるのは好きじゃない。
「もう涼も高校生でしょ、もう責任ぐらい自分で取ってくれるでしょ。」
「でも子どもじゃないか。」
「可愛い子には旅をさせよとも言うじゃない。」
「お兄ちゃんは全く可愛くないよ?」
うるせえ鈴。余計だ。
「だけど…」
「それは過保護っていうのよ、あなた。」
「…うん、そうか。俺もそれでいいよ。迷惑をかけなければ好きにしていいで。」
やったー! 母さんが言った辺りでもう決まったと思っていたが、やっぱりそうだ。
こういった議論は全部母さんの主張で全部収まる。
なんのために議論しているのか最近わからなくなってきた。
「涼もそれでいいかい?」
「あぁ。だが、ダンジョンの収益とからへんは大丈夫なのか?」
「……」
「涼の好きにしていいわよ。」
「本当か!?」
よっしゃこれでソシャゲに課金し放題だ!
「それでいいわよね? あなた?」
「…うん、お金が余ったらうちにも少し入れてくれると嬉しいけど…」
「それくらいあんたが稼ぎなさいよ。」
「…はぃ…」
父さんがなんだか不憫だ。
…ちょっとぐらいなら渡してもいいかな。
「母さん!配信とかってしてもいい!?」
「ちょっ!? 鈴!? 俺がするとは言ってないだろ!?」
「目立ちたくないのぉ?」
「ぐぅっ!」
俺は目立ちたりやなんだよ…! ドパガキだから!
「別にいいわよ。」
「ちょ!? 母さんまで!?」
「別にそれで誰かに迷惑をかけないのならね。炎上商法はダメよ。それでいいわね? あなた。」
「…うん、いいよ。」
あれだけ反発していた父さんは急に大人しくなった。
やっぱ尻に敷かれているなぁ。
「そうと決まったら早速いろいろ…!」
「先にご飯を食べてからよ。」
「はぁい。」
妹よ。俺はまだ何も言っていないはずだぞ。
そこからは雑談をしながら晩御飯を食べていた。
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