嵐の前の静けさと、届いた召喚状
「バラストリア帝国の植物園は、自然を愛する者にとって生涯で最も驚嘆すべき光景の一つであろう。そこには雷や砂嵐、滝のような原始的な力強さはない。見渡す限り広がる小高い丘や谷間、そしてそこに点在する小さな農場や村々を臨む山々の景観のような、息をのむ美しさとも異なる。しかし、そこは人間の思考を麻痺させるほどの衝撃を与えてくれる。一般的な低木から極めて稀少な花々に至るまで、展示されている植物や樹木の種類の多さだけでも驚くには十分だ。だが真に人を感服させるのは、植物園の通常の気象条件では生育できない植物や低木を収容するために建てられた、魔法のドーム群である。ドームは太陽光を増幅あるいは減衰させ、気温を制御し、土壌の湿度さえ調整することで、世界中からの標本を展示することを可能にしている。唯一失望させられる点があるとすれば、宮廷魔導士たちであっても高木を収容できるほど巨大なドームを作り出せなかったことだ。それゆえ、巨木ジャイアント・セクウッドを見たいと望むならば、やはり『グリーン・コースト』への旅行をお勧めせざるを得ない」――『タイコロスの年代記』より
その後の数ヶ月間、アバナシーの日常は完全に元通りとはいかないまでも、それに限りなく近い状態へと落ち着いていった。ヘルギとの関係は育まれ続け、二人の心の絆は深まっていった。彼は有名人というわけではなかったが、時折その名を知られていることがあり、ヘルギによれば、吟遊詩人が一連の殺人事件について歌った歌の中で、アバナシーに丸々一小節を捧げていたという。サファイア・シティが彼の元へ新たな厄介事を持ち込んでくることもなくなった。ヘルギとの時間以外で、彼は大半のエネルギーを患者たちの治療と、自らの体力作りに費やしていた。
ルシンダもまた健康増進に励んでおり、時折りロンダと共にランニングやトレーニングに励んでは、肉体の限界を迎えたところで休むという生活を送っていた。彼女はグラフの夜会で出会ったしなやかな体躯の曲芸師としばらく激しい火遊びを楽しんでいたが、男性側の留まることを知らない過激な快楽への要求に、彼女がついていくことも、またつきあう気力もなくなり、関係に終止符を打っていた。また彼女は、アバナシーのスケジュールの再編成を行い、急患が入って遅れて到着したり予定を変更せざるを得なくなったりした場合に備えて、状態の安定している患者を1日の早い時間帯に診られるよう手配した。
テペシュもまた自らの役割を果たし、殺人事件によって停滞していたオーク関連の様々な開発事業を迅速に推し進めた。彼が提案したノロヴィアに対する制裁措置は、たった1票の反対票を出しただけで可決された。この法案の目玉は、ノロヴィアの商人から購入する、あるいは彼らに売却するあらゆる商品に対して10%の税金を課し、その税収を新住民のためのサービスを提供する市の基金へと直接回すというものだった。この制裁は2年で期限切れとなるが、ノロヴィアが関与するさらなる事件が発生した場合には更新できる規定となっていた。彼は妻が浮気をしているのではないかという懸念に相変わらず気を揉んでいた。アバナシーはアンドレアを連れてきて話し合うよう提案したが、テペシュは拒んだ。もしそれが事実だった場合、彼女の口からそれを確認させられるのには耐えられないと言った。
レザは、『シンダローンの星』の所有者から相当な額の金を時間をかけて巻き上げた後、それを返却した。彼はその資金の一部を取り置き、酒と薬物、そしてそうした派手な浪費に群がるような仲間たちに囲まれた、正真正銘の荒れ狂う4日間のどんちゃん騒ぎに費やした。そして残りの金は、その結果として生じた幾つかの健康上の問題を治療するための医療費として消えていった。
ゴルトゥクの状況はあまり芳しくなかった。アバナシーは、このミノタウロスが新たに抱くようになった「動物を殺すことへの嫌悪感」を克服させることができずにいた。ゴルトゥクは戦いで殺したモンスターや、時には人型生物の肉を喰らうようになっていた。ある時、十字路で追剥をしていた強盗団の一員であるドワーフを喰らった後、彼は激しい腹痛に見舞われた。どうやらドワーフの肉には、ミノタウロスの消化器官に合わない何かが含まれていたらしい。アバナシーはまた、飢えをしのぐ最終手段としてではあったが、時折り地元の寺院で無料の食事を受け取るよう彼に促した。
トルガシュは一連の殺人罪で裁判にかけられて有罪となり、絞首刑を言い渡された。彼には一度だけ控訴の機会が残されており、近く審理が予定されていた。だが控訴は却下され、直後に処刑が執行されると見られていた。『ブラック・マスクス』がサファイア・シティでそれ以上の活動を行う気配はなく、少なくともアバナシーを煩わせるようなことは一切なかった。
サファイア・シティの初期の市会議員の一人であり、死後数世紀を経た今なお最も尊敬を集めている人物の一人は、この街の刑事司法制度は「貧しいという罪で人を処罰してはならない」と述べた。当時、多くの国が依然として借金取り立てのための債務者監獄を運営し、自国政府が課した罰金すら支払えない人々を収容していたことを考えれば、その理念は極めて斬新なものであった。
サファイア・シティには三段階の裁判制度が存在していた。最も軽微な違反は「軽犯罪」とみなされ、通常は違反者が被害者に補償を行うか(被害者のいない犯罪の場合は市に罰金を支払う)、あるいは1〜2週間の公共奉仕活動が科されるのが一般的だった。軽犯罪は専門の裁判所で扱われ、審理は短く、通常は犯罪発生から2〜3日以内に執り行われた。市内に居住地を証明できる者は帰宅が許可され、証明できない者には、市門から出ようとすると警報が鳴る特別なブレスレットが装着された。
軽犯罪を超える犯罪行為は単に「一般犯罪」と呼ばれた。被害への補償に加え、より長期の公共奉仕活動や、刑務所への服役の可能性も含まれていた。予備審問が行われ、証拠不十分として判事が起訴を棄却することもあった。公判はより長くなり準備に時間を要するため、一般犯罪で告発された全員に警報ブレスレットが装着された。
最も重篤な犯罪は「重大犯罪」とみなされ、有罪判決が人生を揺るがす重大な結果をもたらすため、はるかに多くの準備時間を必要とした。重大犯罪で告発された者は、法律により3日以内に開催が義務付けられている予備審問を待つ間、直ちに留置施設へと収容された。最初の予備審問で判事は、被告人が警報ブレスレットを装着して釈放される資格があるか、それとも裁判を待つ間留置施設に留まるべきかを決定した。留置施設は厳重ではあったが、刑務所の房に比べれば格段に快適で拘束感も少なく、市は安全性に万全の注意を払っていた。その後、検察官や法廷弁護士が新たな証拠を発見したり手続について異議を唱えたりするにつれて、追加の予備審問が行われた。そして最終的に、裁判所が起訴を棄却しない限り、本裁判が開かれた。判決には常に被害補償と公共奉仕活動が含まれ、服役はほぼ確実であり、最悪の犯罪に対しては死刑が科されることもあった。
有罪判決を受けながらも補償金や罰金を支払えない場合、さらなる公共奉仕活動を行うことが義務付けられた。この場合、市は労働に対して正当な日給を支払い、それが要求された支払いに充てられた。
死刑が言い渡されたケースでは、被告人がわずかでも正当な理由を提示できれば、常に控訴審問が認められた。これらの審問は再審ではなく、被告人が最初の裁判に存在したと主張する具体的な手続上の欠陥のみに焦点を当てた。トルガシュの場合、彼は自白が拷問によって強要されたものであり、具体的にはアバナシーによってハムストリングを切断されたこと、そして《ウォッチ》がタイムリーな治療を提供しなかったことを主張した。ホンネルはアバナシーに対し、控訴が認められる見込みは万に一つもないと伝えた。
アバナシーの最も新しい患者は女性のコボルトだった。彼女の夫は激しい戦いで片腕を失うまで、高名な傭兵団の一員として活躍していた。同胞から見捨てられた彼はサファイア・シティへ移住し、彼女も夫についてきた。彼女は配管工の見習いとして働いており、その華奢な手でパイプの奥まで手が届く能力と、暗闇でも目が見える輝く赤い瞳は重宝されていた。彼女と同様、夫も標準語を話せず、片腕しかなくなったことで街ではたまに雑用を見つけるのがせいぜいだった。孤立し、無力感を抱いた夫は酒に溺れるようになっていった。
「イップ=キザ、ここへ引っ越してくる前の生活で、一番恋しく思うものは何ですか?」とアバナシーは尋ねた。外は美しい晴天で、彼の気分は良く、患者を助ける準備と集中が整っていた。
「全部です。一つだけを選ぶなんて難しいわ」彼女は答えながら、錆色のウロコの一片を愛おしそうに爪で弄んだ。「かつての夫には権力と富があり、私にもそれらがありました。そして権力と富という安心感があったからこそ、彼は私に心を開いてくれたのです。私たちは幸せな結婚生活を送っていました。私が子供を産めない体であっても、夫は気にしませんでした。ですがある日、彼は腕を半ば失って帰宅し、突然私の夫は半分の存在になってしまったのです。私に向けて開かれていた彼の心は固く閉ざされてしまいました。友人たちは冷たくなり、私たちは貯蓄を切り崩すばかりで収入はありませんでした。最後の財産を使ってここへやって来ましたが、その時にはもう、彼はボトルを手放せなくなっていたのです」
「その状況には心を痛められる点が幾つもありますが、最初のセッションの時、私には一つだけ特にあなたを苛んでいるものがあるように思えたのです」
彼女はしばらくの間、黙って考え込んでいた。「一番大きな変化は、あの人の心の中で、私の価値が下がってしまったことです。今では、もし子供がいたら、いつか働いて自分たちを養う手助けをしてくれたはずだなんて言うのです。私が子供を産めないということが、突然大問題になりました。腕を切られたのは私ではありません。私の価値は何一つ変わっていないのに」
アバナシーは穏やかに語りかけた。「彼の価値は変わりましたか?」
彼女の犬を思わせる顔立ちに痛々しい表情が浮かんだ。「あなたが考えているような意味ではありません。正直に言えば、ええ、あの腕の切断面は少し不気味です。でも、私は彼が片腕しかないことなんてどうでもいいのです。彼の価値が変わってしまったのは、彼の心と精神が私に対して閉ざされてしまったからです。本来なら彼が私を養うべきなのに、今は私が彼を養っています。ですがそれさえも……彼が彼でいてくれさえすれば、私にとっては大した問題ではないのです。だって今の彼は、彼ではないのですから。私にいるのは夫ではなく、満たされている時は怒り、空になるとひねくれる、粗悪な安酒の瓶なのです」
「あなたが一番恋しく思っているのは、ご主人の愛や慈しみ、そして彼があなたとしっかり向き合ってくれていたことだ、と言っても間違いではないでしょうか?」
「それ以上に恋しいものなんて思いつきません。だからきっと、その通りです」彼女の目の端に涙が浮かび始めた。
「あなたの孤独感は、新しい人々に囲まれた見知らぬ土地にいること(それも一因ではありますが)よりも、ご主人の存在感を失ってしまったことが主な原因なのだと思います。そして、あなたが表現する『黒い幻影』や気分の落ち込み――それらもすべて、同じ原因から生じているのではないでしょうか」
「そうかもしれません。でも、私に何ができるというのですか?」
アバナシーはため息をついた。「残念ながら、これはあなた自身の未来を良くすることが、大部分において他人の未来を改善することに依存しているという状況の一つです。あなたがここにいるのは、より良い結果を得るために努力する意志があるからです。ですが、ご主人はそうではないかもしれない。理解していただきたいのは、彼は今、恐ろしく暗い場所にいるということです。彼は腕を失っただけでなく、自分自身とそのアイデンティティを失ってしまったのです。彼を再び立ち上がらせるためにあなたが使える最も重要な方法の一つは、彼のアイデンティティが単に戦士や一家の稼ぎ手であることだけではなく、あなたの人生において意味のある形で存在する、愛ある夫であったことを思い出させることです」
「それが上手くいくと思いますか? 彼はとても荒んでいて、心を閉ざしています」
「一筋縄ではいかないでしょうね」彼は言った。「ですが、試してみる価値はあると思います。理解しておいていただきたいのは、あなたは彼の気分や行動に責任はないということです。彼は自分自身の決定に対して、それが良いものであれ悪いものであれ責任を持つ一人の大人なのです。あなたは彼が物事を違う視点で見られるよう手助けを試みるわけですが、その努力に彼が応えるかどうかは彼次第であり、あなた次第ではありません」
「それで私の黒い幻影は良くなるのでしょうか?」
彼は首を振った。「短期的には、いいえ。実際、あなたが彼に手を差し伸べて彼が拒絶反応を示した場合、以前より気分が悪くなるリスクもあります。ですが、あなたが再び幸福感と充実感を取り戻すためには、この夫婦関係を修復するか、あるいは断ち切る必要があると信じています。そして前回のセッションで、あなたにとって二つ目の選択肢はないとハッキリおっしゃっていましたね。黒い幻影が辛いのは分かりますが、今のところそれは正常な範囲内に収まっています。もしそれが変化して――例えば、全員が死んでいるのが見えるのではなく、あなた自身が全員を殺しているのが見えるようになったら――その時は、より即効性のある対処戦略を見つけなければなりません」
「ただ彼が一緒に来てくれたらと思うのです。もし彼があなたと話をしてくれたら……」彼女は一瞬アバナシーを見つめ、それから再び床に視線を落とした。
「私も彼が来てくれることを願っています。もし彼が考えを変えたなら、いつでも応じる準備はできています。ですが、こうした治療を誰かに強要することはできません。それでも励ますことはできます。その第一歩は、過去のことではなく『今』彼を愛し、彼を恋しく思っている素晴らしい妻がいるのだと、思い出させてあげることだと思います」
イップ=キザが去った直後、ルシンダが入ってきた。「お便りです。配達人によると、裁判所関連のご用件とのことです」彼女は黒いインクの精巧なシールが施された羊皮紙を差し出した。
彼は不安な表情でそれを受け取り、シールを破った。書類に目を通すにつれて、彼の目は見開かれた。ルシンダが心配そうに待つ中、彼はしばらくの間その書類をじっと見つめていた。
「テペシュだ」彼は静かに言った。「彼が重大犯罪で起訴されるかどうかを決める予備審問が開かれることになり、検察官から出廷して証言するよう命じられた」
「テペシュ様が? あの方はとても……無害に見えますけれど。それに、先生とお知り合いだということを、どうやって調べたのでしょうか?」
アバナシーは首を振った。「ご存知の通り、ここセキュリティはかなり厳重だ。何者かがそれを破った可能性もゼロではないが……待てよ、それでは筋が通らない。彼がここへ来たことを証明するファイルを探すために侵入したのだとすれば、侵入する前からテペシュがここに来ていたことを知っていなければならないはずだ。今の言葉は忘れてくれ」
「誰かが私たちを監視していて、誰が出入りしているかを見ていたということはありませんか?」彼女は心配そうに尋ねた。
「そうだな。だが、そんなことをして何のメリットがある? 私たちの患者で地位や権力のある者は極くわずかだ。さっきの患者だってスライド式料金表の最低ランクで、配管のドブさらいで生計を立てている。そんな監視は途方もない時間の無駄だ」
「では」ルシンダは言った。「先生とのご関係についての情報が私たちから漏れたのではないとすれば、残る結論はテペシュ様自身から漏れたということだけですわ。誰かが何らかの理由でテペシュ様個人を尾行していたのか。あるいは、先生のお名前が載ったスケジュール帳をお持ちだったのか。あるいは帳簿係が、先生へのお支払いを記録していたのかもしれません。検察官なら、そういった書類を調べ上げたはずです」
彼はうなずいた。「ああ、その通りだ。このような起訴を行う前に、彼らは彼のあらゆる書類を調べ上げたはずだ。さて、何通かメッセージを送らなければならないな。一つはテペシュに送って、様子を尋ねると同時に詳細を教えてもらえるか確認してくれ。一体どんな重大犯罪で告発されているのか見当もつかない。それと、私の法廷弁護士であるキュリオン・タ=ナスにも連絡する必要がある。彼の情報はマスターファイルにあるはずだ。私が召喚されたことを伝えてくれ。そして、患者の守秘義務があるため、いかなる証言も拒否すると伝えてほしい」
「そんなことが可能なのですか?」彼女は尋ねた。
アバナシーはため息をついた。「こんなことを確かめなければならない日が来ないことを祈っていたのだがね。それが法律上許されるかどうかに関わらず、私はその道を行くしかない。裁判所のためであっても、職業上の倫理を破ったり、患者との信頼関係を裏切るわけにはいかないのだから」
「すぐにメッセージを出してまいります」彼女は受付エリアへと戻っていった。アバナシーはテペシュとの最後のセッションについて思い返した。特に奇妙な点は思い浮かばなかった。メモを再確認したが、何かしらの危険信号は見当たらなかった。突拍子もない想像を張り巡らせてみても、思いつく唯一のシナリオは、テペシュがアンドレアの浮気相手(本当に浮気しているとすればだが)を突き止め、その人物を襲撃したというものくらいだったが、そうした物理的な衝突は彼の性格にはそぐわないものだった。
間もなくして、最初のリプライが届いた。アバナシーはスケジュールの合間を縫って、すぐに目を通すことができた。それはテペシュの屋敷の執事からのもので、テペシュは予備審問が終わるまで留置施設に収容されている旨が記されていた。執事はアバナシーのことを知らなかったため、それ以上の詳細を共有することには難色を示していた。アバナシーは顔をしかめ、メモをくしゃくしゃに丸めるとルシンダに手渡した。
「大した内容ではないが、一応読んでみるといい」そう言って彼はメモを渡した。
彼女は手短に目を通し、鼻で笑った。「先生を知らないですって? あの一連の殺人事件が起きていた時、干し草の山の中にでも隠れて暮らしていたのかしらね」
キュリオンからの連絡がないまま彼の休憩時間は終わり、次の患者を迎えた。相手はペガサスよりも遥かに速く、数倍は賢い翼を持つ馬、チョリマ(千里馬)だった。このチョリマは着陸に対して強い不安感を募らせており、飛翔への情熱が衰えていないだけに深刻な問題を抱えていた。アバナシーはテペシュの心配を頭から追い払い、患者に集中するよう懸命に努めた。セッションが終わる頃にはキュリオンから返信が届いていた。事前の打ち合わせを行い、審問にも同行するとのことだった。それまでの間に、事件の詳細について可能な限り調べておくという。
「この審問のせいで、何人かの患者の予約を変更しなければならなくなった」受付に入りながら彼は言った。
「もう手配済みですわ」ルシンダが答えた。「先生には他に心配すべきことがありますから」
「ありがとう」アバナシーは言った。「一連の殺人事件が起きた時も本当に大変だった。ようやく安定したスケジュールに戻れて晴れやかな気分になり始めていたところだったんだが」
「先生も一人の人間ですもの」ルシンダは言った。「人生には誰にだって予期せぬことが起こります。いつか本当に重い病気にかかって、丸一週間お休みを取らなければならない日だって来るかもしれません。誰も喜びはしませんし、一番嫌がるのは先生ご自身でしょうけれど、それでもみんな生きていけますわ。日程変更をされると見捨てられたり放り出されたりした気分になる患者様がいるのも分かりますが、こればかりは仕方のないことです」
彼はうなずいた。「それでも、これが早く終わってくれることを願うよ。それにテペシュのことも心配だ」
約3時間後、キュリオンから新たなメッセージが届いた。テペシュの妻はどうやら行方不明らしく、キュリオンにも理由は分からなかったが、検察官は議員に対して殺人罪での立件を進めているとのことだった。アバナシーはそれを二度読み返し、頭を整理しようと試みた。自分は患者の観察をあれほど見誤り、これほどの暴力を振るいかねない危険性を見落としていたのだろうか?
彼は瞑想して心を落ち着かせるため、その日最後のセッションの開始を10分遅らせなければならなかった。彼はいつものプロフェッショナリズムと注意深さでセッションをこなし、それから意識をテペシュへと戻した。留置施設へ彼を面会に行きたかったが、そうすることは幾つかの倫理的境界線を越えてしまうのではないかと危惧した。執事を訪ねる方が角は立たないが、それではテペシュとの関係性を説明しなければならず、守秘義務の明白な違反になってしまう。
最終的に彼は、ルシンダを直接テペシュのもとへ向かわせることにした。法的な足場が曖昧だったため、彼女には、テペシュがなぜ彼女を知っているのか、なぜアバナシーを知っているのか、あるいは彼がカウンセリングを受けていることについては一切話さないよう指示した。単に友人として顔を出し、様子を見に来たという体裁を保つべきだと伝えた。
最後に、彼はニュートラルな表情を作って言った。「ちなみに、私は君に行くよう命令しているわけではない。嫌なら行く必要はないからね」
「なんですって? もちろん行きますわよ。私だって先生と同じくらい心配しているのですから」
「これで私は、君に行けとは言わなかったと誠実に言うことができる。もし行く決断をするなら、それは君自身の意志によるものだし、私はそこにいないのだから、君がそこへ行ったかどうかは事実として知らないと正直に言えるわけだ」
彼女は微笑んだ。「キュリオン先生から裏で手ほどきでも受けていらっしゃるのですか?」
「いや、だが複雑な倫理規程に従って生きていると、法制度をほんの少しだけ良く理解できるよう頭が鍛えられるのだよ」彼はゴホンと咳払いをした。「今夜は一人で家にいて読書をする予定だ。もし悩んでいることがあったり、おしゃべりがしたくなったら、寄っていっても構わないよ」
「まあ、ドクター、なんてご親切なお心遣いでしょう!」彼女は白々しいほど大げさな熱意を込めて言った。
「その間に、私はオフィスを閉めるとしよう」彼が言うと彼女は出ていき、彼は一日の業務を片付けて帰宅の途についた。
彼はテペシュのカルテを持ち帰っており、酸っぱいチェリージュースをマグカップから啜りながら、じっくりと時間をかけて読み返した。より快適な読書用チェアではなく書斎のデスクに座り、どんなに小さなことでも見落としがないか集中して探した。もし本当に不倫が行われており、それが発覚した時のテペシュの反応に賭けろと強制されたなら、アバナシーは、彼が政治家としてのキャリアを守るために穏便に処理しつつ、陰で深い鬱や何らかの物質乱用(酒や薬物)に沈んでいく方に賭けただろう。20対1の倍率でも、殺人に賭けることはなかったはずだ。
カルテからは、彼がすでに知っている以上の情報は何も得られなかった。彼は本を読むことに集中しようとしたが、意識はすぐに逸れてしまった。やがてドアをノックする音が聞こえた。ルシンダが報せを持って戻ってきたのだ。二人は温かいお茶を手にして、ダイニングテーブルに着いた。
「妙な会話でしたわ」熱すぎるマグカップからサッと口を離し、一口啜ってから彼女は言った。「はっきりと話すこともあれば、言葉を濁したり途中で言い淀んだりすることもありました。中で盗聴されているのを警戒していたのだと思います。ちなみに、とても綺麗な施設で、要人用の豪華な特別区画でしたから、じめじめした牢くで鎖に繋がれるような危険な状態ではありませんでしたわ」
「それを聞いて安心したよ。それで、彼の話から何が分かったんだい?」
「そうですね、彼は誰一人殺していないと誓っていました。夫婦間に一度だって暴力など存在しなかったと。3日前、彼の妻のアンドレア様が行方不明になりました。最初、市警備隊は非常にうやうやしく、一日に何度も状況を報告しに来ていたそうです。ですが昨日、彼らが市議会の執務室のデスクの引き出しからナイフを発見したのです。それには血痕が付着しており、魔法鑑定によって彼女の血であることが確認されました」
「そんなバカな話があるか! なぜそんなものを職場に隠すんだ?」
「彼は自分のナイフではないし、見たこともないと言っていました。彼の自宅はセキュリティが厳重なので、おそらく執務室に植え付けられた(捏造された)のだろうと。それに引き換え市議会ビルは毎日大勢の訪問者で溢れていますから、自宅に忍び込むより執務室に忍び込む方が遥かに簡単ですからね。ともあれ、そのナイフは警警備隊の注目を引くには充分でした。どうやら彼らには情報提供者がいて、テペシュ様が妻の浮気を疑っていたと伝えたらしいのです。情報提供者はアンドレア様の安否を心配しており、それが執務室の捜索へとつながったようです」
「市会議員の執務室を捜索させるくらいだ、その情報提供者は相応の信憑性を持っていたに違いない」
「それも要因だったかもしれませんが、テペシュ様が言うには、警備隊はまずパートナー(配偶者)を容疑者から外したがるものだそうです。議員に対してどう接するかは分かりませんが、通常は最初から配偶者を徹底的に調べるそうですわ」
「彼女が浮気をして駆け落ちしたという可能性は除外していいだろう。そういったケースで空き巣に入ったり血のついたナイフを植え付けたりすることは通常ないからね。つまり、テペシュの妻が行方不明になり、誰かが彼が彼女を殺したように見せかけようとしており、彼女は男と駆け落ちしたわけではない、ということだ」
「まだありますわ」ルシンダは再びお茶に口をつけながら言った。「テペシュ様は、警備隊が立件に向けて圧力をかけられていると感じているようです。誰からかは分からないそうですが、市議会内部の人間ではないかと考えていらっしゃいます。議会の誰も冤罪の工作そのものには関与していないと考えておられますが、彼を失脚させるためにこの機会を利用しようとしている者がいるのではないかと」
「ねえ、私は殺人事件からは足を洗ったはずなんだが、もしまた巻き込まれることになるなら、容疑者が本当に犯人で、誰かをハメるための過剰に複雑な陰謀なんて存在しない方がずっと助かるんだがね」アバナシーは皮肉っぽく言った。
「ダメですよ」ルシンダは言った。「先生はこの件に関わるべきではありません。ご自分でもおっしゃっていたように、スケジュールはようやく元に戻り、患者様とのリズムも良くなってきたのですから。テペシュ様にはご自身のために動いてくれる百戦錬磨の専門家を雇う資金力がありますし、先生の最近の活躍には敬意を表しますが、先生はその分野の専門家ではないのですから」
「ああ、同感だ。今のはただの絞首台のユーモア(自虐的なブラックジョーク)で、きっと少しばかりの自己憐憫だな。こういう立場に置かれるのは好きじゃないんだ」
「そのことについてですが。ここからの会話が一番曖昧だった部分ですわ。彼がはっきりと口にすることは決してありませんでしたが、テペシュ様は先生が主治医であることを一切話してほしくないと思っているのだと、私は明確な印象を受けました」
「まあ、話すことはできないがね。すべては守秘義務によって守られている。彼もそれを知っている。最初のセッションで詳しく話し合ったからね。彼の立場を考えれば、特に気にしていた点だ」
「ただ、彼も私たちと同様に、この状況が明らかに通常とはかけ離れていることを自覚しているのだと思いますわ」
アバナシーはため息をついた。「異論はないよ。明日キュリオンと会う。予備審問はその翌日だ」彼は深くお茶を飲み干した。「ただ本当に、これが迅速に解決して、私の日常を脅かすようなものにならないことを祈るばかりだよ」




