毒の痕跡と手繰り寄せる線
「砂漠が多様な種族や文化に与える影響は様々である。ケストレル荒野の住民には、部外者を温かくもてなす豊かな伝統が存在するが、これは利他主義というよりも功利主義的な性質によるものである。誰もが、自分自身が水や食料を必要とする見知らぬ者となる可能性を排除できないからだ。目と鼻の先にあるエルフ保護領の砂漠地帯においては、人々は非常時にのみ、必要最小限の支援しか提供しない。乏しい資源を争う潜在的な競争相手として他者をとらえているからである。その双方に隣接するポロリア帝国では、比較的狭い砂漠地帯から、やがて宗教へと発展する哲学が誕生した。ユーティ教として知られるその信仰の根本原理は『徹底した自己補完(自己依存)』であり、過酷な土地で生き抜くために不可欠な生存術であった。ユーティ教徒として知られる信者たちは、あらゆる事態に備えて物資を蓄え、生死に関わる局面でしか他者に助けを求めない。彼らは神の存在を否定するが、それは神に祈る行為が人々の時間を奪い、自らの課題解決ではなく奇跡に依存させるからである。言うまでもなく、この教義は他宗教との衝突を招くが、ユーティ教の創始から百年が経過した現在においても、信者たちは常に被害者であり、攻撃者となったことは一度もない。人生に失望した人々が神の救済を待つのを諦め、自らの力で運命を切り開くことを誓ったことで、ユーティ教は急速に広まった。ユーティ教に布教活動を行う宣教師は存在しないが、信者個々人が人々を『不毛な祈り』から救い出し、自己依存の生き方へと静かに導く姿はよく知られている」――『タイコロスの年代記』より
アバナシーが最初に目にしたのは、エルフの顔だった。若く、明るい髪色をしたそのエルフは、心配そうに表情豊かな緑の瞳をこちらに向けていた。顔が自分のすぐ上に浮かんでいることに気づき、彼は自分が仰向けに倒れているのだと悟った。エルフの緑の目が俄かに見開かれ、その顔に笑みが浮かんだ。
「喋らないでください。いいえ、言葉を急がないでください、と言うべきでしょうか」とエルフは言った。「ここは安全な場所です。私の能力の及ぶ限り、できる限りの処置は施しました。あなたが聖職者を呼んだと聞きましたが、治療費を払えるか分からないとの判断で、代わりに治療師である私が派遣されたのです。幸いにも、今のあなたの症状なら治療師の手で十分対応できます。何らかの刺激物を浴びせられたようですね――正確な正体までは分かりませんが、キャンプファイアでポイズン・アイビー(毒タツタソウ)を燃やしてしまった人々と同じような症状を見てきました。何であれ、濃縮されたものか、あるいは錬金術の薬品と合わされていたのでしょう」
アバナシーはゆっくりと体を起こした。そこは自分のオフィスのソファの上だった。室内には少なくとも五人の《ウォッチ》の隊員が詰めていた。視界の入らないどこかで、誰かが激痛に叫び声を上げ、口汚く罵っていた。
「鼻の穴、口の中、そして喉の奥の一部に薄く膏薬を塗っておきました。刺激を和らげるのに役立つはずです」と、エルフはその絶叫を気にも留めずに続けた。「また、薬草を処方した燻煙を吸い込んでもらい、肺の負担を軽くしました。勘違いしないでいただきたいのですが、費用さえ許せば、聖職者なら一瞬で元通りにしてくれます。ですが私の処置でも、この痒みは十分に抑えられるはずです。目の炎症は軽度ですから、自然治癒に任せた方が良いでしょう。頭をはっきりさせておくため、鎮痛剤は与えるなと命じられていましてね」彼は身を乗り出し、小声で囁いた。「奴らの隙を見て、こっそり薬を飲ませておきました。ごく軽いものですから、眠れるほど痛みが消えるわけではありませんが、楽にはなるはずです」
声を出すことで咳き込んだり発作を起こしたりするのを恐れ、アバナシーは静かに口を開いた。「本当に……ありがとう」彼の声は砕けたガラスの破片を飲み込んだかのように掠れ、話すこと自体が苦痛だったが、なんとか耐えられるレベルだった。
「どういたしまして」とエルフは言った。「詳しい事情は聞いていませんが、床で苦しんでいる男には手を貸すなと明確な指示が出ている以上、あなたには話すべき物語があるのでしょうね」
「その通りだ。だが、それはまたの機会にしよう」とアバナシーは静かに言った。この先も話さなければならない場面が控えており、声を温存しておきたかった。彼は腰の金貨袋に手を伸ばしたが、エルフは首を振った。
「報酬は《ウォッチ》から出ますので、彼らに返済してください。ですが、さらなる治療が必要な時や、例の物語を話す準備ができたら、私の治療院にお立ち寄りください。私はラナワール。ブルックサイドに小さな店を構えています」
アバナシーは頷いた。「少し待ってくれ」と言い、ゆっくりと立ち上がった。驚いたことに、呼吸器系には激しい痛みが残っているものの、身体の動き自体に不調はなかった。彼は机に向かって歩き始めた。暗殺者は彼が放置した通りの場所――床の上に伏せた状態で転がっていた。《ウォッチ》の隊員たちが流血を止めるために脚の応急処置を施したようだが、積極的に治療しようとする様子はなかった。両手は背中で手錠をかけられ、男は彼らに向かって激しい罵詈雑言を浴びせていた。
「そこまでだ、先生」と、隊員の一人がアバナシーを制した。「ここで何が起きたにせよ、ホンネル隊長が到着するまでは、容疑者に接触させるわけにはいかない」
「机だ」アバナシーは指をさして言った。隊員は同僚の一人に視線を送り、同僚は頷いた。
「分かった、いいだろう。そこに座るくらいなら構わん」
アバナシーは腰を下ろし、引き出しから羊皮紙とインクを取り出すと、ルシンダ宛ての短いメモを走り書きし、彼女の住所を記載した。彼はエルフの元へ戻ると、それを手渡した。「使者を送ってくれないか」メモと共に銅貨を数枚手渡しながら言った。
「私なら、自分も友人を呼ぶところですよ」とエルフは同情的に言った。「すぐに使者を見つけてきます。体調が悪くなったら、いつでも来てくださいね」アバナシーは頷き、去っていく彼と握手を交わした。
「私なら、自分も友人を呼ぶところですよ」とエルフは同情的に言った。「すぐに使者を見つけてきます。体調が悪くなったら、いつでも来てくださいね」アバナシーは頷き、去っていく彼と握手を交わした。
彼はソファへと再び倒れ込んだ。命の危機を脱した今、彼は分析的な思考で襲撃を振り返ることができた。襲撃者はどうやって誰にも見られずに忍び込んだのか? 普段なら夜のこの時間帯にはオフィスは閉まっているはずだが、なぜ開いているのを知っていたのか? アバナシーが最近の殺人事件で《ウォッチ》に協力していたことと何か関係があるのだろうか? 突如として、猛烈な恐怖が彼を襲った。床に転がっている男は、彼らが追っていた殺人鬼なのではないか? 慌ててナイフを探して周囲を見回したが、部屋には重装の警備隊員が五人もおり、足の腱を切られた容疑者が手錠をかけられて転がっていることを思い出し、ゆっくりと冷静さを取り戻した。
それでも動悸は収まらず、下手に深呼吸などすればかえって逆効果になりそうだった。代わりに彼は目を閉じ、無人島でヘルギと過ごした夢の中の穏やかな瞬間――彼女の顔、彼女の笑い声、そして波が静かに海岸へ押し寄せる音を思い描こうと試みた。
「神々よ――アバナシー先生ですか?」
彼が目を開けると、波打ち際の情景は一瞬で消え去った。ホンネル隊長が部屋に入り、彼を見つけ出したところだった。アバナシーは手を振って彼を呼び寄せた。
「何らかの毒か化学物質です……喉と鼻に入り込み、焼けつくように痛む。話すのも辛い。聖職者を呼んでもらえませんか? 治療費は払えます」
「もちろんだ」ホンネルは即座に部下一人に命令を下し、指示を受けた隊員はほとんど脱兎のごとく部屋から駆け出していった。
「感謝します。詳細は追ってお話ししますが、その男が例の殺人犯かもしれません」
「受け取った報告では単に殺人未遂としか書かれておらず、君のことや現場の状況には触れられていなかった。ただ被害者が私の名前を指名したとだけな。隊員たちから事情を聞く間、少し休んでいなさい」アバナシーは頷き、再び無人島へ意識を戻そうと試みながら、ソファに横たわった。
ホンネルは報告を受けるために部下たちの元へ歩み寄った。床の男は呻き声と口汚い罵りを続けていたが、隊員たちと同様、ホンネルも彼に注意を払わなかった。しばらく隊員たちと話した後、彼はソファに戻り、アバナシーの肩を優しく叩いた。
「まもなく聖職者がやってくる。同じ説明を二度させるわけにはいかんから、質問は君の治療が終わってからにしよう。ただ二点だけ、今確認しておきたい。この男に見覚えはあるか?」
「まだありません。フードで顔が見えないのです」
「それと、奴はどうやって侵入した?」
「鍵は開いていました。新患を待っていたのです」
「そして、その新患は現れなかった……そうだな?」
アバナシーは首を振った後、隊員の言わんとする意図に気づいた。新患など最初から存在しなかったのだ。夜間に彼をオフィスで一人きりにさせるための罠だったのだ。ホンネルは頷き、アバナシーの肩を軽く叩くと、床の男の元へ戻った。
「この男は先生を殺す目的でここへ来た可能性が高い。このローブが実用的なものか単なる装身具かは分からんが、判明するまでは脱がせろ。毒の扱いに慣れているようだから、手元には十分注意しろ」
隊員たちが慎重に黒いローブを剥ぎ取ると、男の口汚い罵声はさらに音量を増した。ホンネルはポケットを探して念入りに調べたが、徒労に終わった。
数分後、聖職者の服を着たかなりふくよかな男が、急ぎ足で部屋に入ってきた。「緊急の呼び出しと聞いたが?」と、少し息を切らしながら言った。浅黒い肌にダークブラウンの髪をしており、体格の割には引き締まった細身の顔立ちをしていた。
「市警備隊のホンネル隊長だ」ホンネルは大股で歩み寄り、握手を交わした。「この男が毒――あるいはそれに類するものを浴びた。鼻と喉に入り込んでいる。話すのも苦痛だと言っているが、恐らく息をするのも苦しいはずだ。一刻も早く彼から話を聞きたい」
「体内に大量の毒素が残っている場合、より強力な介入が必要となります。ですが、意識があり、現に会話が成立していることを考えれば、その心配はないでしょう。微量であれば中和されるか、あるいは身体から即座に排出されます。まずは簡易的な治癒術を試してみましょう」
「待て」隊長は素早く手ぬぐいを取り出し、「よし、進めてくれ」と言った。
聖職者は膝をつき、右手を胸に当て、左手をアバナシーの上に置いて頭を下げた。彼が短く祈りを捧げると、アバナシーの喉を刺していた焼けるような感覚が急速に引き引いていくのが分かった。彼はゆっくりと深呼吸をし、息を止め、吐き出した。
「ずいぶんと良くなったようです。痛みなくこうして話せているのが何よりの証拠です。本当にありがとうございます」と、彼は聖職者に言った。
「私など、ルシルの御心の器に過ぎません。来月からは鉱夫の未亡人たちのための食料や衣類の寄付集めが始まります。もし余分がございましたら、今日受けた慈悲を彼女たちにも分かち合ってください」
「ええ、必ず。それと、ホンネル隊長、ありがとうございます。お支払いは――」
突然、彼の上半身全体が身震いし、一度の激しい咳と共に身体が折れ曲がった。電光石火の速さで、ホンネルはアバナシーの口元を手ぬぐいで覆った。
「何を吐き出すか分からんが、それが証拠になるかもしれない」と説明した。アバナシーは頷き、手ぬぐいを受け取って可能な限り吐しゃ物を保持し、口元を拭った。
「失礼しました。先ほど言いかけたのですが、書類手続きの手間を省くため、今ここで治療費をお支払いできますが」
ホンネルは首を振った。「床に転がっている男が君の思っている通りの人物なら、これは感謝する市からの進物と受け取ってくれ。もし違っていたら、一週間後に請求書を送る」
ホンネルはポケットから、あらかじめ何かが印刷された四角い羊皮紙を取り出した。それに手短に書き込み、署名をして、感謝の言葉と共に聖職者へ手渡した。
「さて」聖職者が立ち去ると、ホンネルは言った。「一部始終を聞かせてもらおう。最初からだ。だがその前に、その手ぬぐいを渡してもらおうか」彼はベルトの大きなポーチから新品と思われる小さな袋を取り出し、アバナシーは手ぬぐいをその中に入れてから、経緯を話し始めた。
短い遭遇だったため物語自体は簡潔なものだったが、ホンネルは頻繁に質問を挟んだ。アバナシーが通りで《ウォッチ》の隊員の前に身を投げ出した場面を説明し終えた直後、ルシンダがオフィスへ駆け込んできた。彼女は彼の首に腕を回し、激しく抱きしめた。
「メモを受け取ったわ」彼女は身を引いて、彼の顔を見つめた。「でも、毒を盛られたばかりの人にしては驚くほど元気そうね」彼女は床の男に視線をやった。「一方で、あそこに転がっている人こそ、毒を盛られた人のように見えるけれど」
「ホンネル隊長が親切にも聖職者を手配してくださったんだ。今はもう大丈夫だよ。君にメモを送った時は全く違う状態だったがね。そして、あの男が私を殺そうとしていた時は、もっと大変な事態だった」とアバナシーは言った。
「ルシンダ、非常に重要なことだ」ホンネル隊長が切り出した。「今夜の新患――その人物はどうやって君に連絡してきたのだ?」
「守秘——」
「構わないよ」とアバナシーが言った。「新患などいなかったんだ。吸血鬼の話は、夜間に私を一人きりにさせるための口実だった」
ルシンダは口元に手を当て、唐突にソファへ腰を下ろした。「それじゃあ、私があなたを殺人鬼のいる部屋に一人きりで残したっていうの……?」彼女は息を呑むのとすすり泣くのの中間のような声を漏らした。だが突然、彼女の目が激しい怒りに光り、頭の後ろで尻尾がピンと一直線に逆立った。絶叫と共に、彼女は部屋を横切り、彼女を捕まえようと伸びた《ウォッチ》の隊員たちの間を潜り抜けて空中に躍り出た。壁際に座らされていた手錠の男の上へ躍りかかると、《ウォッチ》の隊員たちに取り押さえられるまでの間に、男の喉元へ二度の烈烈な拳を叩き込んだ。
「彼女には傷一つ付けるな!」ホンネルが怒鳴り散らした。「慎重に扱え、さもなければお前たちの身が危ないぞ!」
地面から持ち上げられ、ホンネルの元へ運ばれる間も、ルシンダは必死に刺客を蹴りつけようと抵抗を止めなかった。隊員たちが彼女をソファへ降ろすと、隊長は彼女の前に立ち、制止するように手をかざした。
「君の感情は理解できるが、我々の拘留下にある男を攻撃することは許されない。奴を仕留める最も確実な方法は、慎重に思考を巡らせ、この予約がどのように設定されたのか、そのすべての詳細を思い出すことだ」
アバナシーは彼女の手を取った。「私は生きているし、聖職者のおかげで、今朝起きた時よりも気分が良いんだ。君の気持ちについては後でじっくり話そう。今はただ、詳細に集中してくれ」
彼女は何度か荒い深呼吸を繰り返し、目元から涙を拭うと、記憶にあるすべての詳細を緻密に語り始めた。その完璧な証言には、ホンネルが質問のために口を挟んだのも二度だけだった。彼女が話し終えると、隊長は頷いた。
「見事な報告だ」と彼は言った。「あらゆる目撃者がこのレベルの詳細を提供してくれれば、犯罪率は一夜にして半減するだろうに」彼女は薄く微笑んだが、アバナシーには、彼女が依然として自分を不必要に責めていることが見て取れた。二人きりになったら、すぐに彼女と話さなければならない。
ホンネルが彼に向き直った。「奴が君の鼻と口を塞ぐのに使ったあの革の覆い――あそこにあるが、君の体内に送り込もうとした薬物がそのまま残っている。バリン親方がその毒性を確認してくれるはずだ。ルシンダの証言は彼が存在しない患者だったことを立証し、君自身の襲撃体験がそれを完璧に裏付ける。この男が君の殺害を企てた罪で有罪になるのは間違いない。だが、我々は彼が他の殺人事件の犯人でもあるのかを突き止めねばならん」
「なぜ私が標的になるのでしょう? 他の被害者たちは市内で誰もが知る、力と人脈を持った男たちでした。私は酒場で注文を覚えてもらうのにも一苦労するような人間です。思い当たる節があるとすれば、捜査協力のために狙われたということですが、隊長は他にも多くの専門家を雇っているとおっしゃっていましたし、私自身は大したことをしていません。それでも、手口は同一に見えますが?」
「その通りだ。だが他の被害者たちは、より直接的な繋がりがあった。だからこそ私は謝罪のメモを送ったのだ。サファイア・シティにおけるオークの人口は増加傾向にある。最初は商人、職人、冒険者といった単身者が中心だった。しかしここ数年で、家族連れの到着が増えたのだ。市は彼らのニーズに応えるため協調した取り組みを行うことを決定し、勇敢なるアリンに対し、所有地の一部にオーク向けの住宅開発を行うよう依頼した。ドナス・レイガーはオークの生徒のために、独自の言語と標準語の両方で教える学校を建設することになっていた。カスバート・アイスデールは、オークの家族がサファイア・シティに定住するための融資と、他の二つのプロジェクトへの資金調達を提供する予定だった。君はこれらの件に何らかの形で関与しているか?」とホンネルが尋ねた。
「全く関知していませんでした。私はただ診療所を営んでいるだけです、隊長。私には見えている以上の背景などありませんよ」
ホンネルは鼻を鳴らした。「君がただの人間でないことはすでに証明されているがね。とはいえ、なぜこの男が君の死を望んだのかには興味がある。本人に聞いてみようか?」
「ええ、構いませんよ。恐れる理由などどこにもありませんからね」アバナシーはソファから立ち上がった。ホンネルは隊員たちを脇へ退けると、ブーツの先で男をうつ伏せから横向きへと転がした。アバナシーは腰をかがめ、自らの命を奪おうとした男の顔に見覚えがあるかどうかを確かめようとした。
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