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来訪者


 まだ日も昇らぬラヴァンド・ド・メール。町全体は静寂に包まれて、静かに、緩やかに、人々の営みが動き出す。


 そんな中、カチャリと小さな音を立てて玄関の扉が開いた。人の影がゆっくりと動き、真っ暗な室内へと足を踏み入れる。影が音を立てないように扉を閉めようとしていたそのとき、暗闇の中で視界の端を何かが過った。


「動くな」


 喉に当てられた冷たい感触に肌を刺すような殺気、低く響く男の声はたった一声で侵入者を制止する。


 次の瞬間、アルコールランプの灯りが室内を薄ぼんやりと照らした。其処では侵入者の喉元にナイフを当てるレーヴと、ランプの側に立つカミーユ。そして侵入者の三人が互いを見詰め合う形となる。


 カミーユは侵入者の正体を目の当たりにして、まるで苦虫を噛み潰したかのように顔を歪めた。それから心を落ち着かせる為に深く息を吐いて、侵入者に詰め寄る。


「まさか、君が内通者だったとはね。ガレオ」


「カミーユさん……」


 ガレオと呼ばれた青年は震える声で言うと、ポロポロと涙を溢した。声を殺すように泣く姿は、カミーユのよく知る男に相違ない。弱虫で泣き虫で、よく周りに泣き付いては叱られていた。革命軍の頃からの仲間。血気盛んな仲間達にとって、可愛い弟分のような存在だった。


 カミーユは込み上げてくる気持ちを必死に抑える。


「レーヴ、ナイフを下ろして良いよ」


 それでも身内に甘くなるのは人間の性だ。


「その前に、腰に隠してる銃を出せ。サラを連れ去るつもりなら、丸腰で来るなんて馬鹿はしないだろ」


 レーヴはナイフを持つ手に力を込めた。今にも喉笛を掻っ切ってしまいそうな雰囲気に、ガレオは溢れる涙をぐっと堪えて腰に手を回した。そして羽織っていた上着の裾から一丁の銃を取り出す。


 そして其れを、震える手でカミーユに向けた。


「カミーユさん、すいません……!俺は、どうしてもあの子を連れて行かないといけないんです!」


 ガレオが引き金に指を掛ける。レーヴが喉を掻っ切るよりも早く、カミーユは銃を握るガレオの手を掴んだ。


「もう、やめろ」


 カミーユの声が小さく震えている。


「やめてくれ……」


 下唇を噛んで、何かを堪える様に下を向いた。ガレオの手を掴む腕も震えている。恐怖からではなく、怒りからでもなく、悲しみから小さく震えている。


 この国を変えたい。同じ思い、同じ願いを胸に共に歩んできた仲間。耐え難い苦難と大切な仲間の死を乗り越えて、痛みも悲しみも分かち合ってきた。家族とも呼べる存在。


 だから信じた。


 内通者がガレオや、他の革命軍の頃から共に戦ってきた仲間である筈がないと。


 そうして、可能性から目を逸らしていた。


 カミーユは下を向いて、ポロポロと涙を溢した。いつも明るく仲間を励まし、未来という希望を見せてくれる人。生まれの違いをひけらかすこともなく、ゴミ溜めにいた自分を掬い上げてくれた人。


 その人が泣いている。堪える様に、声を殺して泣いている。ガレオがカミーユの涙を見たのは此れが初めてだった。


「……ごめんなさい」


 ガレオの手の震えは収まっていた。ゆっくりと項垂れるように、構えていた銃を下ろす。


「ごめんなさいっ……」


 涙は止め処なく溢れて。


「ごめん、なさい……」


 謝罪が尽きることはない。


 レーヴは小さく溜息を吐くと何も言わずにナイフを下ろし、ガレオが握ったままの銃を回収した。


 その銃をじっとレーヴは見つめる。国軍が所有している武器とは異なる形状の銃は、丁寧な装飾が施されている。軍の所有する武器を盗み出すのは難しい。だからといってこんな高価なものを、ガレオが買ったとは思えない。となれば、自ずとこの銃が誰によって用意されたものかは見当がつく。


 エドゥアール・ゴーティエ。奴隷だった頃のサラの主人であり、奴隷解放後もサラに執拗に付き纏う男。


 レーヴの額に青筋が浮かんだ。


「……クソ野郎が」


 

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