第四十五話 繋がる温もりと、家族の形
愛菜の21歳の誕生日当日。
お店の定休日を利用して用意された奥の座敷のテーブルの上には、亮が心を込めて作ったご馳走がずらりと並んでいた。
普段のメニューよりも少しだけ豪華で華やかな夕食。
中央には、三人で分けるのにちょうどいい誕生日ケーキ。
そして――愛菜の席の前には、綺麗にリボンが掛けられたプレゼントの袋が置かれていた。
「開けていい……!?」
愛菜が目を輝かせて尋ねると、亮が優しく笑った。
「もちろんや。愛菜の誕生日なんやからな」
「わぁーっ!」
愛菜は待ちきれない様子で、大切そうに包みを開く。
中から出てきたのは――先日、ヨリと亮が二人で選んだあのお洒落な服だった。
愛菜の表情が、パァッと一気に明るくなる。
「うわぁ……! めっちゃ可愛い……!」
服を自分の身体に当てて鏡を見るように合わせながら、愛菜はニヤリと父親の方を振り返った。
「これ……ヨリさんが選んでくれたでしょー?」
「……」
図星を突かれ、亮は言葉に詰まって思わず口を噤む。
愛菜はそんな亮を見て、悪戯っぽくクスッと笑った。
「だって、父さんにこんなお洒落なセンス、絶対ないもん(笑)」
「おい!」
愛菜がコロコロと楽しそうに笑う。
亮は少し悔しそうな顔をして見せたものの、すぐに開き直って堂々と言い放った。
「……当たり前やろ!」
「え?」
「俺にこんな素敵なセンスがあるわけありません(笑)」
「開き直ったー!」
思わず亮が放った自己否定に、三人でドッと笑い声が弾けた。
愛菜と亮が、ほぼ同時にパッとヨリの方へ視線を向けた。
予期せぬ楽しさに、ヨリは少し驚いたようにパチクリと目を丸くしている。
愛菜が満面の笑みで言った。
「ヨリさん、本当にありがとう!」
亮も温かな眼差しで続ける。
「本当に。素敵なプレゼントを選んでくださって、ありがとうございます」
ヨリは二人をじっと見つめた。
胸の奥が、じんわりと温かなお湯に浸されたように熱くなっていく。
こんなふうに、誰かと気兼ねなく笑い合うこと。
誰かの笑顔のために、心を込めてプレゼントを選ぶこと。
大切な誰かと一緒に、温かく誕生日を祝うこと。
……一体、いつ以来だろう。
ヨリの唇から、ふわりと穏やかな笑みが零れ落ちた。
「……喜んでもらえてよかった」
「一生大事にする!」
「よかったな、愛菜」
「うん!」
また二人の目が、吸い寄せられるように同時にヨリに向く。
まるで前もって申し合わせたかのように、全く同じタイミングでの満面の笑み。
その息のぴったりな親子の姿に、ヨリも思わず吹き出してしまった。
その瞬間――。
(家族って……こんな感じなのかな……)
そんな温かな思いが、ヨリの胸を静かに掠めた。
17年前。
あの日、冷たい海で両親とソヨンを失ってから、ずっと遠ざけて生きてきた「家族」という温もりの概念。
それが今――目の前に確かに存在している。
亮さん。
愛菜さん。
二人のかけがえのない笑顔。
ヨリはその愛おしい時間を、心の中でそっと大切に抱きしめた。
そして、今日という日のこの温もりを――絶対に忘れたくない、と深く心に誓うのだった。
◇
服のプレゼントに大喜びする愛菜を微笑ましく見つめたあと、ヨリはバッグからそっともう一つ小さな小箱を取り出し、愛菜の前に差し出した。
「……愛菜さん。実は、もう一つあるの」
「えっ? まだあるんですか……!?」
愛菜が驚きつつも嬉しそうに箱を開ける。
その中に収められていたのは――光を浴びて繊細に輝く、誕生石の小さなペンダントだった。
「……綺麗……」
愛菜はしばらくの間、息を呑んで言葉を失っていた。
ヨリは少し照れたように、目元を和らげる。
「愛菜さんに、すごく似合うと思って……」
増した愛おしさと切なさを胸に秘め、言葉を続けた。
「……これからも、愛菜さんがずっと元気でいられますようにって」
それ以上は、何も言わなかった。
けれど、その小さなペンダントには、ヨリの偽りのない切なる願いが込められていた。
(どうか、愛菜さんがずっと幸せでありますように)
(あの日、命に代えても守ろうとしたこの笑顔が、二度と曇りませんように)
愛菜の大きな瞳に、じんわりと熱い涙が浮かぶ。
「……ヨリさん」
そっと息を吸い込み――
「ありがとう……っ!」
愛菜はペンダントを手に取ると、すぐに自分の首につけた。
鏡を見る余裕さえ惜しむように、そのままヨリの元へ駆け寄ると――
ぎゅっ。
すっかり大人に成長した背丈で、愛菜は大好きなヨリの肩へと手を回し、しっかりと抱きしめた。
「大好き……!」
不意の出来事に、ヨリの身体が一瞬固まる。
けれどすぐに、17年前もこうして命がけで繋いでいた愛菜の温もりを噛みしめ、背中に優しく腕を回して深く抱き返した。
「……私も、大好きよ」
その瞬間。
愛菜の胸元で、誕生石のペンダントが小さくゆらゆらと揺れた。
ヨリの肩に顔を埋めた愛菜は――ふと、胸の奥から湧き上がる不思議な感覚に包まれていた。
温かい。
とても……息ができるほど安心する。
ヨリにこうして直接抱きしめてもらうのは、これが初めてのはずだった。
なのに――。
(……あれ……?)
この胸の温もり。
落ち着く匂い。
包み込まれるような深い安心感。
どこかで……ずっと昔に知っていたような気がする。
愛菜は静かに目を閉じた。
一瞬だけ――記憶の遠い海の底から、幼い頃に誰かに強く抱き留められていたような、儚い感覚が蘇ってくる。
けれど、それが誰なのかまでは思い出せない。
ただ……愛おしくて、「懐かしい」と感じた。
愛菜はぎゅっと、ヨリをさらに強く抱きしめ返した。
「なんか……ヨリさんにこうして抱きしめられてると、すごく安心する……」
「……そう?」
「うん。不思議なくらい」
ヨリは愛菜の背中を優しく撫でながら、温かな眼差しを浮かべた。
「じゃあ……いつでも抱きしめてあげるわ」
その言葉に、愛菜は心の底から嬉しそうに笑った。
少し離れたところで、その微笑ましい二人を見つめていた亮。
亮の顔にも、自然と温かな笑みが浮かんでいた。
亮とヨリは、静かに視線を交わし合う。
言葉には出さなくても、二人には分かっていた。
17年前のあの冷たい海で、ヨリが命がけで愛菜の手を握り続けてくれたからこそ、今のこの愛おしい笑顔があるのだということを。
(愛菜……お前を救ってくれたのは、目の前にいるヨリさんなんやで……)
亮の胸の奥で、ソヨンへの感謝とヨリへの深い愛おしさが切なく揺れる。
まだ愛菜だけが知らない。
この誕生石のペンダントも。
二人を包む懐かしい温もりも。
17年前のあの惨劇の日から続いてきた運命の糸が、今、三人を静かに、探り合いながらも強く繋ぎ直していることを――。




