第四十四話 わかりやすい父親と、鋭い娘
カフェでの二人
プレゼントと愛菜の服を選び終え、二人はモール内にある静かなカフェへと入った。
トレーに載せた温かいドリンクを受け取り、テーブル席に着く。
落ち着いた店内で、亮は向かいに座るヨリの顔を改めてじっと見つめた。
ふと――。
以前会った時よりも、少しだけ頬がこけて痩せたように感じる。
メイクで隠してはいるものの、肌の血色もほんの少しだけ疲れているように見えた。
「……ヨリさん」
「はい?」
「ちょっと、疲れていませんか?」
ヨリは予期せぬ指摘に、一瞬だけ驚いたようにパチクリと目を丸くした。
「そうですか……?」
「ええ。なんとなく、ですけれど」
亮は、本当に心配そうに眉を寄せてヨリを見る。
「毎日……ちゃんと食事、摂れていますか?」
「……」
ヨリは言葉に詰まり、視線をごまかすように手元のカップへ落とした。
実際、グループの仕事が忙しくなってくると、食事をまともに摂らずにコーヒーだけで済ませてしまうことも多かった。
そんなヨリの反応を見て、亮は困ったように少し目尻を下げた。
「仕事、すごくお忙しいんでしょうね」
亮は静かに、けれど心からの尊敬を込めて呟く。
「ヨリさん……仕事に対しても、すごく真っ直ぐな方だから……」
(無理しすぎてへんか、ほんまに心配やな……)
胸の中で呟きながら、亮は何でもないことのようにさらりと口にした。
「うちの店、いつでも食べに来てください」
「……え?」
不意を突かれたヨリが顔を上げる。
「ヨリさんの好きなものも作りますし……」
亮は少し思案するように顎に手を当ててから、微笑んだ。
「そうじゃないものも、ちゃんと栄養のバランスを考えて作りますから」
ヨリの張り詰めていた表情が、ふわりと柔らかく解けていく。
「……大好きなものばかりじゃなくて、栄養のことまで考えてくださるんですね」
「そりゃそうですよ」
亮は、それが世界の当たり前であるかのように即答した。
「食べるものは、人間にとって一番大事ですから」
ヨリは、目の前で大真面目に答える亮をじっと見つめた。
本当に……どこまでも優しく温かな人。
自分が財閥の令嬢だとか、立場がどうだとか、そんなものは一切関係なく――ただ一人の『ヨリ』という人間として、純粋に体調を心配してくれている。
胸の奥が、ぽかぽかと温かな湯気に包まれていくようだった。
ヨリは胸に手を当て、少しだけ悪戯っぽく可憐に笑ってみせた。
「じゃあ……毎日お邪魔しようかしら」
「待ってます!」
食い気味の即答。
「……っ」
ヨリが思わず目を丸くする。
言った亮本人も、一瞬「ハッ」としたようにフリーズした。
「……あ」
亮は一気に耳まで真っ赤にして、慌てて手を振った。
「……あ、愛菜も喜びますし……っ!」
「……ふふっ」
「いや、もちろん俺も……」
そこまで口にしてから、亮は自分の言葉のストレートさにハッと気づいた。
「……いや、その……っ」
顔を沸騰させて焦る亮を見て、ヨリは溢れ出そうになる笑いを必死に堪えながら口を開く。
「亮さんって……」
「はい……?」
「本当に……素直な方なんですね」
亮は照れくさそうに、参ったというように後頭部を掻いて苦笑いした。
「……よく言われます」
実際には――素直というよりは、計算が一切できない「天然」なだけなのだ。
「ヨリさんに毎日来てほしい」という自分の正直な願望を、何の裏もなくストレートに口にしてしまっただけ。
けれどヨリにとっては、その飾り気のない一言が、どんな甘い言葉よりも嬉しくてたまらなかった――。
その夜-亮の小料理屋
買い物を終えて店に戻ってきた亮は、仕込みの手を止め、カウンターの中で頭を抱えていた。
(……俺、さっき何言うたんやろ……っ)
思い出すだけで、耳の裏まで一気に熱くなっていく。
『毎日お邪魔しようかしら』
『待ってます!』
(……即答って……! しかも『俺も来てほしい』って……俺は何を口走っとるんや……っ!)
自分の無自覚すぎる言動と、あの時のヨリの嬉しそうな顔が脳裏にチラつき、亮は一人で悶絶するように顔を覆った。
そこへ、学校から帰ってきた愛菜が勝手口から入ってきた。
「ただいまー……って、父さん?」
愛菜はカバンを置き、ニヤニヤとニヤけた表情で頭を抱えている亮をじっと見つめた。
「父さん、今日なんかええことあったん?」
「……っ! べ、別に何もないで」
慌てて表情を取り繕い、平然を装う亮。
けれど、あからさまに鼻歌でも歌い出しそうなほど機嫌が良いのは隠しきれていなかった。
愛菜は目を細め、怪しむように頬を緩める。
「……ふーん?」
愛菜はカウンターの端に腰掛け、手元でスマホをいじりながら、何でもないことのようにぽつりと独り言を呟いた。
「はぁ……最近、ヨリさん連絡くれないなぁ……」
チラッと亮の様子をうかがう。
(さあ、父さん……この言葉にどう反応する……?)
亮は一瞬ピクッと体をこわばらせたものの、必死に平静を装って横を向いた。
「……そうなんや」
(はい、かかったー!)
愛菜の目がキランと光る。
「やっぱり……父さん! ヨリさんと何かあったな?!」
「ぐっ……!!」
図星を突かれ、亮はまるで心臓を鋭い矢で貫かれたかのような顔になった。
目を見開き、口をぐうの音も出ないほどパクパクとさせる。
「え、あ……いや、その……っ!」
動揺を隠しきれなくなった亮は、バッと立ち上がると情けない声をあげた。
「ト、トイレに行ってきます……!」
そのまま逃げるようにダッシュでトイレへと駆け込んでいった。
パタン、と勢いよく閉まるトイレのドア。
残された愛菜は、呆れたように、けれど嬉しそうに溜め息をついた。
「……ほんま、わかりやすいなぁ」
ニヤニヤと笑いながら、愛菜はスマホを取り出し、ヨリへのメッセージ画面を開くのだった――。




