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第二十四話 静かな視線

――亮の小料理店・店内

営業を休んでいるため、いつもの賑やかな活気はなく、店内にはどこかピンと張り詰めた静けさが漂っていた。

カウンターを挟むようにして座る三人。

亮、ヨリ、そして――ジヨン。

亮自身、なんとも奇妙で不思議な組み合わせだと感じていた。

亮は妙な緊張感を漂わせる二人を交互に見比べ、少し困ったように苦笑いを浮かべた。

「えっと……改めて紹介しますね」

まずヨリの方を向き、優しく声をかける。

「ヨリさん。こちら、ハ・ジヨンさんです」

続いて、ジヨンへと視線の向きを変えた。

「ジヨン、こちらはパク・ヨリさん。今、ソンファ・グループの代表をされている方で……」

ヨリが礼儀正しく軽く頭を下げる。

「初めまして。パク・ヨリです」

ジヨンもまた、洗練された動作で優雅に微笑んだ。

「初めまして。ハ・ジヨンです」

一瞬、二人の視線が空気中で静かに交錯した。

亮が不思議そうにジヨンを見つめる。

「でも……ジヨン、どうして突然こっちに?」

ジヨンの華やかな表情が、少しだけ曇った。

「愛菜から聞いたの」

「愛菜から?」

「亮ちゃんが倒れたって……」

亮は意外そうな顔をした。

「……ああ」

ジヨンは胸の前で細い指を重ね合わせ、切切と訴える。

「もう……びっくりしたんだから」

そして、少しだけ寂しそうな眼差しを亮に向けた。

「急いで飛んできたのよ」

亮は申し訳なさそうに眉を下げて笑う。

「わざわざ来なくても大丈夫だったのに」

「それで来てみたら……」

ジヨンは静まり返った店内を見渡した。

「お店は閉まってるし……」

そして、愛おしそうに亮の顔を見つめ直す。

「貼り紙までしてあるんだもの」

少し潤んだ瞳。

「……本当に、泣きそうになったんだから」

「ジヨン……」

ヨリはその二人のやり取りを、黙って見つめていた。

(……亮さんと、こんなに親しいんだ)

ざらりとした感覚が、胸の奥をかすめる。

すると亮が、ふと思い出したように口を開いた。

「そうだ。ジヨンは……」

一瞬言葉を選び、意を決したように続ける。

「ソヨンの……双子のお姉さんなんです」

ヨリの瞳が大きく開かれた。

「……ソヨンさんの?」

「ええ」

ヨリはジヨンをじっと見つめ直した。

ソヨンさんの双子のお姉さん――。

目の前にいるジヨンから漂うのは、洗練された大人の華やかさと落ち着いた気品、そして一人の女性としての強い存在感だった。

ヨリは心の中で少なからず戸惑いを覚えていた。

(ソヨンさんにそっくりなお姉さん……)

そんなヨリの視線に気づいたのか、ジヨンはふっと優しく微笑んだ。

そして、亮の包帯が巻かれた左手へと視線を落とす。

ジヨンの顔に、再び深い心配の色が広がっていった。

「でも亮ちゃん……その手じゃ、色々と困るでしょう?」

「まあ……料理はちょっとね」

ジヨンは顎に指を当て、少し考えるような仕草を見せた。

そして――可愛らしく小首を傾げる。

「だったら……」

ジヨンは真剣な瞳で亮を見つめた。

「私がずっとそばにいてあげようか?」

「……え?」

ジヨンは悪戯っぽく、可憐に微笑む。

「左手が使えないんでしょう? 何かと不便でしょうから」

「いや、でも……」

「遠慮しなくていいのよ、亮ちゃん」

その言葉に――ヨリの胸が、

ドクン。

と大きく波打った。

『亮ちゃん』――。

さっきから何度も耳にしている親密な呼び方。

そして今発せられた、『ずっとそばにいてあげようか?』という言葉。

ヨリの胸の奥底から、今まで生きてきて一度も感じたことのない熱く苦しい感情が湧き上がってくる。

ジヨンが亮を見る甘い瞳。その慈しむような表情。二人の近い距離感。

言葉にしなくても、それだけでヨリには分かってしまった。

(この人……亮さんのことが好きなんだ)

ヨリの胸の奥で、何かが激しく不穏に燃え上がり始める。

(……なんで……?)

自分でも驚くほど、ジヨンの指先や仕草から目が離せない。

(……嫌なの……?)

胸が痛いほどざわつく。

ジヨンが亮に少し身を寄せるたび、どうしようもなく心が乱れて落ち着かなくなる。

(私……何を考えてるの……?)

これまでの自分なら、亮の周りにどれほど親しい女性がいようと、気にする理由など何もなかったはずだ。

なのに、今は違う。

ヨリは胸元にそっと手を当てた。

手のひらの下で、自分でも制御できないほどの激しい鼓動が脈打っている。

(……まさか……私……)

その先に続くはずの言葉を、ヨリはまだ頭で認めることができなかった。

――けれど。

その瞬間から、ヨリの心の中で静かにくすぶっていた小さな恋の炎が、はっきりと鮮やかに燃え上がり始めていたのだった。


 三人でしばらく言葉を交わしていたが、ふとヨリが手元に目線を落とし、腕時計を確認した。

いつの間にか、それなりの時間が経過している。

ヨリは意を決したように、静かに席を立ち上がった。

「亮さん……私はそろそろ帰りますね」

「えっ?」

ジヨンが少し驚いたようにヨリを見上げる。

「あら、もうお帰りになるの?」

「はい。まだ会社の方で仕事も残っていますので」

ヨリは穏やかに微笑んだ。

亮も慌てて立ち上がる。

「ヨリさん……」

少し気恥ずかしそうに頭を下げた。

「今日はご多忙の中、わざわざお越しいただいて……本当に、ありがとうございます」

「いえ……」

ヨリは愛おしむような優しい眼差しを亮に向けた。

「無理だけはしないでくださいね」

「はい。気をつけます」

その二人のやり取りを、少し離れた位置からジヨンが見つめていた。

二人の表情。言葉の端々に滲む空気感。その絶妙な距離。

そして、亮がヨリを見つめる時の温かい瞳――。

ジヨンは直感的に何かを感じ取ったように、ふっと密やかに微笑んだ。

そして突然、明るく声を張り上げる。

「亮ちゃん、私、ヨリさんをお送りしてくるわ!」

「えっ!?」

亮とヨリの声が重なった。

二人とも思いがけない提案に目を丸くし、驚きの表情でジヨンを見る。

「……?」

ジヨンは逆に不思議そうに目を丸くしてみせた。

「あら? そんなに驚くようなこと言ったかしら?」

「いや……」

亮は困惑を隠せない。

「ジヨン、別にそこまでしなくても――」

「いいのよ」

ジヨンは爽やかな笑顔で亮の言葉を遮った。

ヨリも慌ててフォローを入れる。

「大丈夫ですよ、ジヨンさん。どうぞお気遣いなく」

するとジヨンは、ヨリの瞳をまっすぐに見つめ返した。

「私がお送りしたいのよ……ヨリさん」

その強い眼差しと言葉に、ヨリは一瞬戸惑いの色を浮かべた。

けれど――ジヨンの気品ある温かさに押されるように、静かに頷いた。

「……では、お言葉に甘えて」

「ええ! 行きましょう!」

ジヨンは嬉しそうに微笑む。

「……気をつけてね」

亮が心配そうに声をかけると、ジヨンは軽やかに手を振った。

「ちゃんと送るから安心して!」

ヨリも亮に向かって軽く頭を下げる。

「亮さん。また……」

「はい」

パタンと静かな音を立てて、店の扉が閉まった。

亮はぽつんと一人、静まり返った店内にとりのこされた。

そして――しばらくの間、誰もいなくなった扉を呆然と見つめ続けていた。

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