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疾走脱走とオレ

 階段を二段跳びで駆け降りる。


 こんなことすんの久しぶりだ。

 携帯を片手に握りしめて。

 背中には必要な物を詰め込んだリュックを背負って。

 生乾きの髪がほっぺに貼りついて邪魔だけど、それを払うの時間も惜しい。

 頼むから途中で壊れんなよ、オレの足。

 正直ひざにちと不安があるけど、今はそんなこと言ってる場合じゃない。


 ビョウ、と耳元で風が唸るのを聞きながら、オレはただリズムに従って体を前へ、前へ、運ぶ。

 こういう場合、ためらったり、しっかり足元を見たりする方が危ない。

 頭の中の余計なことを追い出して、スピードを落とさないように段を蹴る。

 蹴って、跳ぶ。


 一つ、二つ、三つ、四つ、五つ……っ!


 最後の数段は纏めて飛び降りて、手すりを掴んだ手を軸に踊り場をぐるっとターンする。

 遠心力に引っ張られたリュックがぐいっとオレをひっぱるけど、そのまままた最初の段を蹴る。


 一つ、二つ、三つ、四つ、五つ……っ!


 後、五回。

 途中曲がり損ねて、勢い余って踊り場の壁に激突しそうにもなったけど、そこは壁を蹴って回避した。

 綺麗なホテルの壁にくっきり俺のズックの痕が残っただろう。

 うん、ごめんなさい。後でデュランに賠償させます。

 心の中でホテルの従業員さん達に詫び入れながらオレは最後の踊り場を踏んで、止まる。

 ひさっびさの激しい運動に、肺がいっぱいいっぱいになってぜいぜいと音を立てている。

 今になって一気に噴き出してきた汗が頭の方からほっぺたの方に流れ落ちて来るのを、ぐいっと袖で拭う。

 ドクドクと耳の方まで心臓がせりあがってきたみたいにうるさく騒ぐ胸を片手で抑え、もう一方の手は膝について体を支え、オレは前方を睨む。

 オレの考えが正しけりゃ、多分ここにまだDDDの連中が張ってるはずなんだ。

 さっきフロントに確認したらデュランはもう部屋には居なかったし。

 DDDが基本的に雇われで、デュランがその雇用主だってことを併せて考えると、彼らがここに居ないならロアからの情報はデタラメってことになる。

 でも


「……やっぱ居るな」


 エレベーター前に、アドルフと何か話してたのを見かけたことのある男女のペアがスタンバってる。

 それから出入り口のところにも三人。

 あと、お客様用階段の前にも一人。

 ……ま、妥当な判断ですよね。

 この分だと地下駐車場からの経路も抑えられてるんだろうな。

 外の非常階段も以下同文ってところか。

 やっぱりここを選んだのは正解らしい。

 荷物用エレベーターの脇にある点検用階段の中で、オレはそっと息を吐く。

 ギャギャ、と音を立ててメールが届いた。


『現在の状況を入力してください』

「……やっぱ居たよ、見張り。見える場所だけでもエレベーター前に二人、出口に三人、それから階段前に一人。で、こっから抜けられそうなルート無い?」

『再検索します……該当するデータがありません』


 相変わらず独特の言い回しをするロアにオレは「やっぱか」と呟く。

 ま、でしょうね。

 何と言うか、本当に面倒くさい。

 オレは息を整えながら、走りすぎて痛いわき腹を抑える。

 腹もげそう。

 ……実はもげてね?


『次の行動を指示して下さい』

「ちょっと待って、今考えてるから」


 DDDは信用できるのか?

 オレは自分に問いかけて、頷く。


 ……多分、YESだ。

 DDDが噛んでるならオレのことだって時計塔なんて言う条件きつい場所で狙う必要もない。

 それに、今ここにこれ見よがしに戦力を残していくのも変だ。

 少なくとも夕方までは隠密護衛が基本で、列車降りるちょっと前以外の時はオレはアドルフ以外のDDDの職員を見て居ない。


 ま、そう考えるとこうまであからさまにDDDが見張ってるっていう今の状況は変なんだけどな。


 どうする?

 これから先、オレとロアだけじゃ心もとない。協力者が必要だ。

 DDDはその点ほとんどベストな選択肢だけど、問題は彼らがボランティアじゃなくて仕事でやってるプロだってことだ。慈善事業とか同情とかでオレに協力してくれる手合いじゃない。協力させるにはそれなりの報酬と、今ある仕事と同時並行で……或いはそれを差し置いてでもやらなきゃならないと納得しないことには動いてくれないだろう。そうじゃなきゃ仕事として失格だ。

 こう言う時、自分がマナレスだってことが悔しい。

 どうしようもないことだけど、マナレスだってだけでオレの証言から信ぴょう性が減る。

 付き合いが長い人はそうでもないけど、DDDの人たちはほぼ初対面だ。一から信頼関係を気付いているヒマもないし、かと言ってあの人たちを仕事からひっぺがして動かせるだけの根拠なりインパクトのある嘘をを考えるのも難しい。

 オレはギリ、と奥歯を噛んで考え続け――携帯に向かって囁く。


「ロア、アポロの現在地を教えて」

『アポロで検索した結果、該当件数が三千を超えました。条件を絞って下さい』

「あ、間違えた。えーと、DDD所属のアドルフ。性別男、年齢十四歳以上、身長百八十くらい、髪と目の色がピンク、アイスソード所持、それからえーっと……」

『検索の結果一件の該当があります。DDD営業部隊4th所属アドルフ。現在地は4-2c-DDE8746』

「もっと分かり易く言ってよ」

『このホテルの従業員用出口No3の前に待機中』

「めんどうくせぇ所に居やがんな……周囲に他のDDDの人は?」

『検索します……該当するものが見当たりません』

「上等。で、そのNo3に一番近い……バックヤードってここから近い?」

『検索します……検索結果を表示します』


 オレの携帯にロアから送られたマップが表示される。


『案内に従って行動して下さい。女性従業員の休憩室に出ます』

「オケ。ちょうど良い。サンクス」

『桶……検索に該当するものが』

「いや、んなボケここで要らんから」


 さっきの全力疾走で今のオレは都合よく汗まみれの息ハアハアのぐったりモードだ。

 目つきの悪さだって、今なら具合の悪さでごまかせる。

 痩せてて小さいオレは、マナレスだとバレ無けりゃ同情を引くにはちょうどいいんだ。

 自分のプライドだとか、劣等感だとか、そんなことにこだわってる暇は無い。

 利用できるものは、利用する。

 そうじゃないと、やりたいことだって出来ないし、守りたいものだって守れない。

 要は、どちらかを捨てなきゃならない時に、どっちを選ぶかって話だ。

 手は二本以上無いんだから。


「……あの人で良いかな」


 ロアの指示通りにこそこそ通路を通って、オレは従業員さんの控室の前に隠れて様子をうかがってた。

 今入った女の人はわりとご年配だったけど、オレの場合あれくらいの年代の人の方がウケが良いんだよなー。

 ……じいちゃんっ子だったってオーラとか背中に貼ってあるんだろうか?

 ごそごそ。


『何か問題がありましたか、と私は貴方に質問します』

「や、うん……無かった」


 多分貼ってなかった。

 ところで腰の方から回した手と、肩の方から下ろした手を背中で握りあえますか?

 オレは出来ません。

 つまり背中に貼ってあっても確認できません。いや、脱げばいんだけどさすがにここではねー。


「じゃ、行きますか」


 オレはてくてく歩いてって、そーっと休憩室のドアに寄ってって、小さくノックする。


「……はい?」

「あの、すみません」


 もそもそと言うと、暫くして怪訝そうな顔の従業員さんがドアを開けて顔を出した。

 そしてオレを見下ろしてちょっと驚いた顔をする。

 まぁ直ぐに営業スマイルになったあたりプロですね、はい。


「どうしたの? ボク?」


 よーし、不本意だけどバッチリ子供扱いですねわーい。


「あの、初めまして。アポロです」

「アポロ君って言うのね。こんな所でどうしたの? お父さんとお母さんは?」


 言ってペコっと頭を下げたオレに従業員さんが訊ねる。うん、そう聞きますよねー。でも、答えません。


「……」

「もしかして、はぐれちゃったのかな?」

「……ロビー居る、って言ってたのに、居ないんです」


 俯いたまま頷くオレ。慣れてる? キノセイデスヨ。


「そっか……一緒に探してあげようか?」

「ほんと?」

「本当よ。お父さんとお母さんの名前、言える?」

「言える! でも、知らない人に言っちゃダメって言われた……」

「うーん、そっかー……じゃあ、お部屋の番号は覚えてるかな?」

「ヴィラ・シリウスの1202室です」


 オレの言葉に従業員さんが「えっ?」って顔をする。

 そりゃそうだ。だって隣のホテルの名前だもん。ちゃんと1202室が存在することもロアにあらかじめ調べて貰ってるから不自然じゃない。

 つまり、この場合のオレは「ホテルを間違えて入ってきた迷子」ってことにしてるって訳で。


「アポロ君のお父さんとお母さんは、ヴィラ・シリウスに泊ってるのかな?」

「うん。でも、お外でご飯食べて……帰る時に、居なくなって……」

「ホテルまで一人で戻ってきたの?」

「うん」

「そっか、偉いね」


 ……いや、子供っぽくやってますけど何歳だと思われてるんだろう。我ながら不安になってきた。


「お姉さん、僕のお部屋、分かるの?」

「大丈夫よ。ホテルまで一緒に行きましょう」


 よっし。って、いや普通にロビー通過されると困るのですよ。

 オレは従業員さんの袖を掴んで、「そっちやだ」と訴える。


「……どうして?」

「……怖い人居るから」

「怖い人?」

「武器持った人がいっぱい居るの」

「え? ……ああ。そう、ね。……どうしても嫌?」

「や!」


 や! って何だ、とか自分に突っ込み入れつつ、オレはぐいぐい袖を引っ張って「断固拒否ですよ」と主張する。


「困ったわね……うーん、じゃあ、こっちから行こうか」

「怖い人、いない?」

「大丈夫よ。ちょっと暗いけど頑張れるかな?」

「うん、頑張る」



 是非、奴らが見張ってないルートをお願いします。




【作者後記】

ロアとのシーンを挟むかどうか迷って……カットしました。


どうも、尋でございます今晩は。

初めての方ようこそ。そうでない方いらっしゃいませ。

若干熱で朦朧としておりますが、皆様は風邪など召されぬようお気を付けてお過ごしくださいませ。

ナカバが動き出してますが……何やら考えるところがありそうです。

もう少し、ラストまでお付き合い頂ければ幸いです。


では、いずれまたお会いできることを願って。


作者拝

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