口頭戦術とオレ
親切な従業員の人に案内されて、オレはまんまと従業員用の裏口から外に出た。
外は今はもう真っ暗だ。
建物の間からミカンの色したおいしそうな月が見える。
良い匂いがするのは多分駐車場の植え込みで咲いてるサツキだ。
暗い中で、ホテルの窓から漏れる光に、黒い植え込みの中で咲いてる白い花が光って見える。
その冷たい空気をオレは肺いっぱいに吸い込む。
うん、すっげー緊張しましたよ。
仕方ないけどちょっと後ろめたかったしね。
でも多分、同じ状況になったらオレはまた同じことをするだろうな。
時間も多分、あまり余裕がないし。
オレは周囲を見回して、気配を伺う。いや、そんなスキルないから何も分からんかったけどね。
でも、そろそろ出て来るはずだ。
深呼吸、深呼吸。
出だしをとちるとかなり不利になるはずだから、落ちついて、冷静に、交渉するんだ。
「ホテルの入り口まで一緒に行く?」
よっぽどオレが不安そうな顔をしてたんだろう。
従業員さんがオレに目線を合わせて聞いて来る。
お心づかいは大変ありがたいけど、どうするかな……先にことが動くなら良いけど、今断ったら明らかに不自然だ。かと言って表に居るDDDの人達に見つかったら元も子もない。
うーんとオレが首を捻って迷ってると、
「信じらんねぇ……」
いやそうなうめき声と一緒に、駐車場の暗がりから何か生えてきた。
じゃなくて、アドルフが生えてきた。
いやいや、生えてないってば。出て来たんですよ。
うん、こうじゃないな。こう言う場面はこう言うべきでしょう。
いよっ、アドルフ! イロ(モノ)オトコ!
「流石に無いだろうと思ってたんだが、念の為見に来ておいて正解だったな。ったく、この悪ガキが、何やってんだこんな所で」
「あ、居た!」
丁度都合のいいセリフ。
そう思ったオレは即座に手を上げて、アドルフに向かって大きく手を振る。 笑顔で。
え? 逃げませんよ。そんな意味のない。
でも向こうはオレがしらばっくれるなり、不貞腐れるなり、逃走するだろうと踏んでたんだろう。ポカンとイケメン顔|(呪われろ)を晒す。
はいはい、あっけにとられてもかっこ良いですね良かったですね。
でもまぁ、この光景が事情を知らない第三者にどう見えるかって言うことですよ、ポイントは。
「おうちの人が迎えに来てくれたなら、安心ね」
「うん」
オレは頷いて、「ありがとうございました」と従業員さんに頭を下げる。
沢山嘘ついて、仕事中なのにご迷惑をおかけしてすみませんでした。ごめんなさい。
でもこのお礼だけは本物です。
深々と手を揃えて頭を下げたオレに従業員さんは「小さいのにちゃんとお礼が言えてえらいわねぇ」とからからと笑って、オレの手に小さなキャンディの包み紙を一つ落してくれた。
あ、珈琲味。
「じゃあ、お姉さんは帰るわね。もうおうちの人とはぐれちゃだめよ」
「はーい」
……まぁ、連れて来ていただいたのだし「お姉さん」のところには突っ込まないでおこう。
女性はいつまでも「おんなのこ」の部分があると言いますし。
「お姉さん」を手を振って見送って、オレはそのままくるっと踵を返してアドルフの所に歩いて行く。それに、オレと「お姉さん」のやりとりをじっと聞きながら、オレが逃げないか見張ってたらしいアドルフが器用に片っ方の眉だけを上げる。
そんなに逃げ出さないのが意外なんだろうか。
オレはずかずかと歩み寄って、アドルフまで五歩くらいの距離を開けて立ち止まる。
アドルフがオレを見下ろす。
「お前、本当にあのガキか?」
「そうですが何か」
作っていた笑顔を消して聞き返したオレに、アドルフは何か疲れた顔をして肩を落とす。
「あぁ、確かにお前だな。間違いない」
「何かすげぇ納得いかない感じの納得をされた気がします」
「俺だって納得いってねぇよ……何だってこんな夜遅くに、こんな変則的な場所から外に出て来るんだ。中央の治安がいくら良いといっても夜中の一人歩きは危険だぞ。ほら、ホテルに戻れ。子供は寝る時間だ」
「戻らねぇよ」
面倒くさそうに頬を掻いて言ったアドルフにオレはきっぱり宣言する。
「はぁ?」
「行って、やることがやったら帰る。でも今は戻らない」
「あのなぁ……そりゃ今夜じゃなきゃ駄目なのか? 明日の朝になってからでも良いだろう」
「デュランからの命令が変更されたのは分かってる」
アドルフの質問を意図的に無視して、オレは一つ目の言葉を打ち込む。
でも流石にアドルフは表情を変えるようなことはしなかった。ただ、明後日の方向を面倒くさそうに見ていた目をオレに向けた。
それで十分。
オレはつい時計に向けそうになる視線を抑えて、アドルフのピンクの眼を見上げる。
「でも契約にはオレ達を護衛しろとは書かれてても、ホテルから出すなとは命令されてない。なら、オレがここに居てもお前がオレの無事を確認している現状はなんら仕事として不備は無いはずだよな」
「……何を根拠にそんなことを言っているんだ?」
呆れた風を装いながら探りをかけて来るアドルフにオレは後じさりたくなる。
DDDの4thだったっけか。
それがどんだけすごいものかは分からないけど、探られてるだけだってのに痛いくらいにプレッシャーを感じる。こんな状況じゃなきゃさっさと尻尾巻いて逃げてるかもしれない。
オレこんな相手に急所蹴りよくかませたな……。
でも退けないもんを今のオレは握ってる。
そうじゃなきゃ、わざわざこんなことしてない訳ですし。退けない。
「根拠はお前がここに居るってことで充分だと思うけどな。DDD4thのアドルフさん」
「……」
「デュランとの交渉の窓口にずっと立ち続けてきた、他のメンバーに班長って呼ばれているお前が、デュランの傍を離れてここで来るかも分からないオレ達を見張ってた。つまり、今はデュランはフリーになってて……護衛対象はオレ達にシフトしてるってことだろ」
「……」
「それに、今まで隠密で護衛してたのがいきなりあからさますぎる状態になってた。ホテルの従業員さんもこれを承知してた。変わった点ならいくつもあったし、ちょっとした垂れこみもあったし」
「……」
「ついでに、最大戦力のハズのお前が裏方に居たのはデュランへの一種の抗議、とか……明らかに的はデュランだったもんな。今までは。押し切られたのは襲撃が急に止んだから、とかね」
ちょっと伺うように見上げて、オレはそこですぐさま「まぁ、何だってかまわねぇけど」と即座に掌を返す。
それにアドルフがちょっと困惑したような顔をした。
勿論ありとあらゆる「仕事」のプロなアドルフが表に出す顔なんて「出して良い」か「出すべきだ」と計算された表情なんだろうけど。
ピザ屋の軽い兄ちゃんみたいな奴だけど、中身はそうじゃないんだから。
じんわり握った手の内側が汗ばんできてるのを感じながら、オレは表面上は無表情を保ったまま肩を竦める。
「当たってるかどうかは問題じゃねぇし、大体聞かれても仕事上のシュヒギムって奴があるだろ? そこを破ってまでお前がオレにあってる外れてる言うはずねぇもんよ」
「……ま、それは正解だ」
「ならどうしてこんな所でこんな内容のことを立ち話してるのか、ってのが次の質問?」
「分かってるなら答えようって気にならないのか?」
「なるよ」
即座にそう切り返す。
アドルフの眼がここで少し面白そうな色を浮かべて瞬いた。
「一つはお前にオレがどれだけ現状を把握してるか端的に理解してもらう為」
「成程」
「もう一つは、それを通じてオレに興味をもってもらう為」
「へぇ……生憎俺はお前みたいな子供は対象外なんだがな」
「オレもお前みたいな顔は嫌いです。ついでに言うとそのポーズもナルっぽくて嫌」
「……ヲイ」
「でも、お前が今来てる人達の中で一番傭兵といして優秀らしいってことは分かってる」
「分かっててお前アイスたかったのかよ」
「小さいこといつまでも根に持ってんなよ。それとこれとは別です。食べ物の恨み舐めんな……って話がずれたから、サクサク進めます」
「ん?」
「お前の見た目とか性格とか生まれとか育ちとか、どうでも良いです。ただオレはお前の能力が欲しい」
強い力が必要だ。
オレに出来ることはあまりに小さくて、オレの力はあんまり知っぽけで、腕の届く範囲は狭すぎて。
「どうしてもやり遂げなきゃいけないことがある」
それに届くにはオレ一人じゃ足りなさすぎるから。
「だからお前の力が欲しい。一番強いお前じゃなくちゃ駄目なんだ」
オレは、一歩踏み出して、アドルフを見上げる。
「デュランを助けに行くから、オレに雇われてくれよ」
【作者後記】
遅くなりましたが、最新話UPです。
書き下ろしたてですので、誤字指摘お待ちしております……一応ざっとチェックはしてますが。
初めましての方もそうでない方もようこそおいで下さいました。
当方の物書きもどきこと尋でございます。
読んで下さっている貴方に感謝を。
お待ちいただいた貴方に謝意を。
日曜日のはこれから書き直してきます。
最後までお付き合い頂ければ望外の幸い。
それではまた、ご縁があれば会いましょう。
作者拝




