11◇Lucia
――それはそれは恥ずかしい思いをした。
買い物をする先々で、ルーシャはブラッドとの関係を冷やかし交じりで訊ねられたのだ。
この関係はひと言で言えるようなものではない。適当な言葉が見当たらないのだ。
護衛、用心棒、その辺りではあるが、ルーシャが雇っているわけではないので、ルーシャは雇い主ではない。結果、適当にはぐらかすと、
「またまた、照れちゃって。若いっていいねぇ」
なんていうことになる。
「ち、違うし! そういうんじゃないし!」
こんな反論も、はいはい、と言って流されてしまう。しかも、皆ニヤニヤ笑っているのだ。
「いや、ルーシャがねぇ」
「だから、違うし!」
一生懸命言い繕うのだが、逆効果だった。ブラッドはというと、癪に障るほど平然としていた。
――ああ、女に興味がないんだった。だから何を言われても平気なのだ。
一人で騒いでいるのが馬鹿みたいになってきたので、ルーシャは諦めて平常心を保った。
ルーシャが小麦粉の袋を受け取った時、ブラッドがそれを奪った。
「重いから俺が持つ」
そんなに重くないと思うが、持ってくれるらしい。そうしたら、店主のおじさんが忍び笑いをしていた。
「いつもなら――なぁ」
普通に持って帰るよな、と言いたいのだろう。
そうだ、持って帰る。持って帰れない量は買わない。
安かったら大袋を買ってしまうけれど、それでも意地で持って帰る。
ブラッドから見て、ルーシャはこんな小麦粉の袋も持てないほどか弱く思えるのだろうか。
根菜類や保存食、いつもなら少量しか買わないところ、普段の三倍ほど買い込んでしまった。二人で食べるのだから、いつもの量では足りないので仕方がない。
帰り道を歩きながら、ブラッドはルーシャに訊ねてくる。
「明日も今日と同じ時間帯で働くのか?」
「明日はお休みなの。だから、あなたもお休みでいいんじゃない?」
それを言うと、ブラッドはきょとんとして目を瞬いた。うん? と首をかしげる。
「買い物も済ませたし、私はなるべく外に出ないで家の用事を済ませるから危なくないでしょ。あなただって何か用事もあると思うし、出かけてもいいんじゃないの?」
ずっと家にいたのでは退屈だろう。
気を遣って言ったのだが、ブラッドは難しい顔をした。
「家にいるから安全とは限らない。いいよ、俺も外出はしないから」
それはそれで気まずい。
「そこまでしなくても……」
思わずぼやいたが、ブラッドは折れなかった。
◆
翌日。
朝食をどうしようかと考え、ルーシャは支度にとりかかる。
今日は休日だからパンケーキでも焼こう。
ブラッドは好き嫌いがないようで、何を出してもとりあえず食べる。ルーシャの料理が口に合っているのかはわからないが。
パンケーキだけ食べないということもないだろう。
生地を仕込んで焼き始める。
蜂蜜とクリーム、ナッツ、フルーツとキャラメルソース、味のアクセントをいくつか用意した。
ふたつのフライパンで同時に繰り返し焼き、綺麗な焼き色にうなずく。つけ合せに庭からハーブを摘んで戻ると、ブラッドが起きてきた。
「おはよう、ブラッド」
名前を呼んだのは初めてかもしれない。ブラッドはどう思っただろうか。
けれど、ブラッドはなんのためらいもなく、いつもそうであったかのようにして返してきた。
「おはよう、ルーシャ」
ここで照れるのも変な話なので、ルーシャも気にせずパンケーキを皿に盛りつける。
「パンケーキにしたの。嫌いじゃな――」
皿を差し出した時、ブラッドが食い入るようにパンケーキを見ていた。
――嫌いじゃなければいいと思った。
間違いない。これは嫌いどころか大好きだ。
顔つきがいつもと違った。目を輝かせ、とにかく嬉しそうだった。
「すっごいな、これ! どうやったらこんなに膨らむんだ?」
「え? まあ、色々とコツが」
丁寧に泡立てて、泡を潰さないように粉を混ぜて焼き上げる。ふくらし粉も決まったメーカーのものしか使わない。
まあ、上手に焼けたかなとは思う。
「はい、好きなのかけて」
ソースや蜂蜜をかけて食べ始めると、ブラッドは急に十歳くらい若返ったように感じられた。
美味しいらしい。見ていると伝わってくる。ひと口ひと口に感激していた。
あまりのわかりやすさにルーシャは笑ってしまった。
「パンケーキ、好きなんだ?」
「こんなにフワフワしてるの初めて食べた」
「そっか。気に入ってくれたのならよかったわ」
すると、ルーシャが笑ったせいか、ブラッドも笑った。
「ルーシャの料理はどれも美味いよ」
サラリ、と言った。
言い放った後はもうルーシャの反応も見ずに、パンケーキに舌鼓を打っている。あまり意識して放ったひと言ではなさそうだ。
それでも、ルーシャは驚くほど嬉しかった。
「ありがとう。おばあちゃんはもっと料理上手だったんだけどね」
一人で作って一人で食べて、いつかはそれが平気になるのだろうと思った。
祖母が逝って、一人に慣れなくてはならないと。
それなのに、不思議な同居人が現れた。しばらくしたら去る人なのだから、今だけだとしても、ルーシャはくすぐったいような気分を味わっていた。
さようならする日には寂しく感じるのだろうか。
ルーシャはおばあちゃんっ子なので古風な言い回しをしますが、「ふくらし粉」は俗に言うベーキングパウダーです(笑)




