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近頃は物騒なので番犬を飼います(書籍版は「わたしの番犬は過保護です。」に改題:〈上〉〈下〉発売中)  作者: 五十鈴 りく
本編

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10/46

10◆Bradley

 ブラッドは、ルーシャが店に無事到着したのを確認するまで離れてついていき、その足で風呂の穴を塞ぐ板を買って帰った。またカビが生えるとか言われそうだが。

 必要な長さは昨日のうちに測っておいた。二枚の板を重ねて渡せば大丈夫だろう。


 ブラッドは家に戻り、中へ入る前に一度ロトへ連絡を入れることにした。

 ロトがいるのは王都で、このウッドヴィルの町から馬で半日ほどの距離だが、半日もここを離れるわけにはいかない。


 かといって、手紙では情報漏洩の恐れがある。そんなまどろっこしいことはしない。というのも、相手がロトだからできる技なのだが。

 ブラッドは辺りを見回し、家の近くの樫の木に両手でもたれかかった。ブラッドの左の手首には木製のバングルが嵌められている。これはロトにつけられたものだ。


「ロト兄、俺だ。ブラッドだ」


 木に向かって語りかける。しばらく、返事はなかった。

 けれど、数秒経ってから木に触れている手に軽くしびれるような感覚がする。


『ブラッド、首尾よく入り込めたか?』


 頭の中にロトの声が響く。


「ああ、一応。今のところ異常なし。ルーシャも危険な目には遭ってない。ただ――」

『ただ?』

「全然狙われている危機感がないな。あれだとほっといたらすぐに消される」


 騎士として接している時にはちゃんと敬語で話すが、騎士団本部を離れて特別任務でいる今、そこまで気にする必要もなさそうだと思えた。それに関してはロトも何も言わない。


『それはマズいな……。レーンもいるが、もっと増員した方がいいか?』

「多いに越したことはないな。何もないといいけど」


 ルーシャの存在はまだ知られていないから、このまま逃げ切れればいいとは思う――が、敵がよっぽどマヌケでない限り、それは無理だろうか。


『それで、お前から見て公爵の孫娘はどんな娘だ?』


 その質問にはどう答えていいのか本気でわからなかった。

 会話は成立しても表情までは伝わらなくて、ブラッドには都合がいいかもしれない。


「わからない。変わってるんだと思う」

『変わっているのか? じゃあお前と相性がいいな』

「どういう意味だ」


 まったく意味がわからない。

 しかし、ロトは説明してくれなかった。


『じゃあ、危ないと思ったら早めに報告してくれ』

「わかってる」


 手が本格的に痺れてきた。長く話し過ぎたようだ。

 会話を切ろうとしたら、最後に言われた。


『ミリアムだがな、ま――』


 プツン。

 気になるところで途切れた。

 ブラッドは愕然としたが、訊ね返すのはやめた。ミリアムのことが気にならないわけではないけれど、そのせいで気が散ってはいけないから。


 ロトは、木の精霊と契約している。

 ブラッドの目には見えないが、木の精霊がロトのところまで木から木を通して声を運んでくれているらしい。

 便利なのだが、ブラッドにはなんの力もないため、精霊の力を込めた品を身に着けていなくてはならず、力を借りるとバングルをしている手が痺れてくる。レーンは男爵家の人間なので平気らしいが。


 ちなみに、木の精霊はどんな姿なのかと訊いたら、薄い緑色の肌で茶色の髪が頭に生えていて、背中の方から葉っぱが伸びている――というよくわからないことを言われた。

 もう、理解しようとするのはやめた。


 気を取り直し、家の裏手に回って風呂の穴に戸板を嵌め込んでみた。ぴったりだったので満足した。

 ついでに風呂掃除もしておく。掃除したから、カビのことばかり気にするなと言ってやろう。


 体がなまってはいけないから家の周りを走り込んでから素振りをして、そういえばルーシャが昼食を用意しておいたと言っていたのを思い出した。


 ルーシャのいない家の中にいると、何か罪悪感めいたものも覚えてしまう。キッチンの戸棚にあった包みを開くと、サンドイッチが出てきた。


『茶葉は上の棚にあるから、飲みたかったら淹れて』


 丁寧に書き添えてある。

 茶を淹れず、ぱくりとサンドイッチにかぶりつくとやっぱり美味かった。パンの耳を落としていないのがルーシャらしいような気がした。耳だって食べるところだと言うのだろう。


 手作りというのは贅沢なものだなと思う。妙に満足感があるのだから。




 それほどすることがあるわけでもなく、ブラッドは残りの時間を腕立て伏せに費やすばかりだった。明日からは何かやることを探した方がよさそうだ。

 そろそろルーシャを迎えに行こうと、ブラッドは家を出て扉に鍵をかけた。


 ――その時、僅かに視線を感じたような気がしたのだが、ハッとして振り向いてもそこには誰もいなかった。


 こんな任務の最中だから神経が過敏になっているのかもしれない。もし本当に誰か人間がいたのなら、訓練を受けたブラッドが見つけられないとは思えなかった。


「気のせいか……」


 独り言つと、ブラッドは歩き出した。


 迎えに行ったら、ルーシャはまず何と言うだろうか。

 素直に、ありがとう、ではないような気がする。そう考えて苦笑した。


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