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六話 振り絞った声で

「……ここは何処だ?」


 気づくと私はどこかの建物の中にいた。意識を失った私はどうやらここに運び込まれたらしい。ご丁寧に腕と足が縄で縛られていて満足に動けない。


 現状に至る経緯、意識を失った理由に思い当たる節があった。それは話していた時にあった母親からの電話だ。その中に薬という単語が混ざっていた。文脈にそぐわなかったので、妙に記憶に残っている。おおよそ、飲み物か食べ物に何かが混ぜられていたのだろう。


 思考が鮮明になっていく一方で、事態があまり良い方向に進んでいないことは確かだった。


 辺りを見回そうと目を凝らすと、ろうそくが壁にいくつもかけられており、神社の本殿の中だということが分かった。


「起きたんですね、堺さん」


「……いたのか、少年」


 動かしにくい体でなんとか振り返ると、そこには白装束に身を包んだ少年がいる。私とは違い、少年には一切なかった。


「君はこれからいったい何をするつもりなんだ?」


「死ぬんですよ。【お陰様】への生贄として」


「冗談じゃ、ないんだな」


 考えてみれば簡単なことだった。村の人の少年に対する不自然さは勘違いではなかった。


 そしてその村八分になった理由は神様への捧げ物であり、ある意味村人からは尊ばれていたのだ。神聖視されていたからこそ、関わろうとされなかった、いや、関われなかった。


 少年の母親はある程度気にかけていたみたいだが、単にそれは死なれては困るからなのだろう。


 それも儀式が行われるまで、だが。


「なぜ少年がそこまでする? 別に、見捨てて村から逃げたって誰も咎めたりはしないはずだ」


「父さんは僕のせいで死んだ。僕が生きていたって何の意味もないのに。なら、村のために死んだほうがマシでしょう?」


「だれがそんな儀式を始めたんだ? まさか君が……いや母親か?」


 私の頭にはまた電話のやり取りが浮かぶ。あの会話は家族のものというよりは仕事、ビジネスライクな雰囲気だった。あれがこの計画を話していたのだとすれば、ある程度合点がいく。


「流石ですね。えぇそうです、母がこの儀式を始めました。でも、別に誰が始めたとか、知ったところで意味ないですよ? だって死ぬのは僕と、貴方なんですから」


 少年の心は壊れていた。結界の崩壊はこれから始まっていたのだ。護り手自身の問題、それが今回の事件を引き起こしていたのだ。


「なら教えてくれ。どうしてこの村で生贄の儀式が行われているんだ」


 長くなると、そう話す少年に構わないと伝えると、少しずつ真実が明らかになっていった。


 ***


 全ては今から五年ほど前のことだった。ある日、農作業を終えた村の住人が腕の痛みを訴えて、診療所へとやってきた。症状はそれだけだったため、ただの筋肉痛だと医者は診察した。


 しかし、次の日も、その次の日もその人は診療所にやってきた。そして同じような症状を訴える人が多発していく。


 流石におかしいと思ったため、村全体で色々と調べるうちに、症状を訴えた人の腕が徐々に黒くなっていることに気が付いた。


 だが、それは遅すぎた。


 それから数日も経たずして、村の大半にその症状が現れてしまったのだ。そんな危機的状況に陥ったとき、とあるお坊様が村に訪れて治してしまう。


 彼には不思議な力があった。【別の時間を見ること】ができるという彼は、この村の危機的な状況を寸前で防いでみせた。


 その力を知った村の人は、お坊様を崇めるようになった。母さんも村長としての権限でその人に村の祭事を任せるようになり、徐々に変わっていった。いや、その時点でもうおかしくなっていたのかもしれない。


 今まで村で祀っていた神様を【お陰様】に変えたり、神社の本殿を森の奥深くに移したりなど、何かに取り憑かれたかのような豹変ぶりだった。


 生贄の儀式が始まったのは、それからだった。不定期に住民から選ばれた一人を【お陰様】に捧げる。それが母の、いやお坊様の決めた、この村のルールだった。もしも破れば、村には厄災が来るという。


 だから何人も母は殺した。事故に見せかけ、病気に見せかけて。それを止めようとした僕はお坊様によって生贄と決められた。


 多分、口封じのために。


 抗おうとは思わなかった。村のために死ねるのなら、少しは役立って死ねるのなら、もういいかと、そう思った。


 ***


 少年の話を聞き終えた私は、集まった情報から結論を考え始める。


 結界の護り手、ひいては結界そのものを消すのが目的……そう考えれば大まかな辻褄は合う。だがしかし、その行き着く果てが分からない。


 五年という月日をかけてやるにしては随分と小さく、少年の母親を洗脳してやるにしては大きすぎる。別の狙いがあるとみて間違いないだろう。


 今回の依頼、恐れていたのは全てが不明の場合だ。結界が壊れている理由、それが分からなければ対処のしようがない。ただ、今回は結界の再展開自体が行われていなかっただけ。それなら手の施しようはある。


 ただし、結界は少年にしか直せない。その彼自身が全てを放棄してしまっている以上、解決する術はないのだ。


 少しでも何か情報が、この状況から脱するための何かはないのかと考える。結果は言わずもがなだ。まず縄をほどかない限り、武力行使にすら出られないのだ。


「ねぇ堺さん、貴方は陰陽師ですよね?」


「……気づいていたのか」


 村が普通ではないことを知ってから、それを秘匿する方針に変えたが、やはりバレたのは神社の時だろう。


「実はね、貴方が来るのは分かっていたんですよ」


「何故?」


 情報が筒抜けだった?いやそんなはずはない。ここに来たのは【巫女】様に命じられたから。ここにほかの人物は干渉していない。ならばどこから?


「さっき言ったでしょう? あのお坊様ですよ。彼は別の時間……未来が見えるんです」


「【未来視】、だと?」


 その力は巫女様の家系にのみ受け継がれてきた、秘匿された能力。それが他に存在するはずがない。


「ありえない。なら私にあの方はこの未来を教えてくださっているはずだ」


 口を滑らせたと気づいた時にはすでに遅かった。巫女様の情報を喋ってしまうという失態、だがそれは幸か不幸か、少年の動揺を誘うものだった。


「……未来を教える? 同じ未来視? そんな力があるのなら、何で貴方はもっと早くこの村に来なかったんですか。もしあの時に来たのが、アイツじゃなくて貴方だったら」


 少年の仮面が剥がれいく。全てを諦めていたはずのように見えた彼はそこにはいなかった。ただ年頃の同級生より複雑な悩みを抱えて生きていた子供がそこにはいた。


「ごめんね、あの方の予言は万能じゃないんだ。だから、悪いのは私だよ。もっと早くここに来るべきだった」


「いや、だって、予言がなきゃ。でも、予言は……変なことを言いました、すみません」


 乱れた心はまだ落ち着いていないようだった。


「少年は死にたいのか?」


 ここで追い込むしかない。そう考えた瑞稀はここぞとばかりに切り込んでいく。


「……い。……ない」


「え?」


 それは小さな声だった。だが、殆ど掠れていて、私の耳に僅かに聞こえるのは声ではなく音に近い。


「……そんなわけない」


 今度の声ははっきりとしていた。そうだ、少年の心は限界だった。壊れたからこそ、何もかも投げ出してしまっている。だから、死ぬことを受け入れた。


「そうか、なら私の縄を解いてくれ」


 私は少年に背後を向ける。


「助けなんて頼んでない!」


「いつ私が少年を助けると言った? そんなことするわけないだろう。あと、私の服から取った物を返してくれ」


 はやくしろと再度急かすが、少年はまだ抗う。いや、抗うことに抗おうとする。


「だから、助けなんて」


「じゃあなんで、私を助けた?」


 核心を突いた言葉だった。


「なんでッて、それは命令を……」


 全てを諦めていたのなら、神社で会った時点で私を見殺しにすればよかったのだ。あの時点では私に勝ち目はなかった。そうすれば、わざわざこうして捕らえる必要もなく生贄として利用できた。


「少年、君は死にたくなかったんだろう?今だってそうだ。予言の話を聞いて、何で助けてくれなかったんだって取り乱したり、私を捕まえて放置したりしている。本当は殺せって言われているのにだ」


「……」


 やはり返答はない。だがしかし、少年は否定もしない。


「なぁ少年」


 少年の経験した全てを私は知らない。絶望も悲しみも罪悪感も、何もかも。でも、君が生きようとこれまで藻掻いていたことを私は知っている。


 だって、死を選ぶこともできたはずなのだ。それでも彼は生きる選択を選び、苦しみ、そして壊れた。


「本当はもっと歌いたかったんじゃないのか? 君の夢は、そんな簡単に諦められるのか?」


 だからまた前に進めると私は思う。だから彼は夢に向かって進んでいけると私は思う。


「……一人じゃ無理だよ」


 閉じていた少年の心が少しだけ開き、隠していた本音が溢れ始める。


「死にたくなんてないし、無視なんかされたくなかった。なのに、どうして僕だけ、僕だけがこんな目に合わなくちゃいけない? おかしいよ、こんなのおかしい」


 少年は泣いていた。ずっとずっと泣いていた。誰にも理解されない所で叫んでいたのだ。それが際限なく言語化されていく。


「……誰か、助けてよ」


 それは私の待っていた言葉だった。彼が自らを助ける意思を持つ、それ以外にこの絶望的な理不尽を退ける方法は存在しない。


「ねぇ少年、私が君を助けるよ。約束する」


「貴方に【お陰様】を倒せるんですか?」


「あぁ、今ならできる」


「どうせ嘘ですよね。だって、一度負けてるじゃないですか」


「違う、これは誓いだ。決して裏切らない、裏切れない契約。それを私と結ぼう」


 どこまでも真っ直ぐに見つめる瑞稀の目が、葵を捉えた。誓えと、そう訴えかける瞳を見た葵は瞼を閉じる。それは、誰もが見捨てた自分に向けられた視線があまりにも強く、そして輝いていたからだ。


「……僕は一度諦めた、捨ててしまった。そんな夢を叶えることなんて、できるのかな?」


「大丈夫。もし一人で難しいのなら私が支えてやる。だから諦めるな。できるさ、少年。君にならできる。私が保証してやる」


 決めるのは彼だ。私がこれ以上何を言おうとも、彼の人生を動かせるのは彼自身だけだ。


 少しの沈黙の後、少年の閉じていた瞳が私の目と合った。


「僕の、今の僕の夢は、生きて、そして誰かを僕の歌で笑顔にすること。だから、僕を助けて」


 彼の目にはもう曇りなんてなかった。


「契約は成立した。約束する。必ず君を救ってみせる」


 二人だけのやり取りだった。この場にいるもう一人、いや、もう一体に、その意味は分からない。


「縄外すから背中向けてください」


 私と少年の共有した時間は短く、接し方も歪だった。


 人はお互いの全てを知ることも、理解することもできない。だがしかし、全てではなければそれは可能なのだ。それには、過ごした時間も、年齢も、生まれだって異なっていていい。必要なのは、分かり合おうとする努力だけなのだ。


 平たく言えば、心だ。


 人が誰かと生きようと思うことも、誰かを好きになることも、死ぬことを怖がることも、全て心が存在するからだ。


 歩み寄ったからこそ見えた彼の辛さ、それに寄り添えるのは気づいた者だけだ。


「持っていた刀と御札は家に捨ててきましたけど、煙草とライターはポケットにあるはずですよ」


 拘束の解けた私は少年の言うように、コートの内ポケットを漁る。


「お、あったあった」


 残り、二十分の十。体の渇きは限界といったところだった。渇望が快楽へ変わり、内側が焼けるように熱くなり、汚れた肺が更に爛れていくのを感じる。


 燻った体が、ただ熱を求めていた。濁りきった血流でより濃度を増し、呼吸までも汚されていく。


 生が薄汚れていく。私にはそれがお似合いだった。


「っはぁあ~生き返ったぁ」


 こうして私達は背中合わせのまま話を始めた。


【お坊さんの正体について】

一応、本作のラスボス候補です。今回の『シュヴェーレン』編ではこの後に登場しません。ただし、曲がりなりにもここまで九条村を好き勝手にしていた存在。仕込みは幾つかあるので、残りをお楽しみに。


【巫女について】

巫女様の持つ力はいくつかありますが、今代には様々な問題があります。まず、若すぎる。能力の発現があまりにも早かったものの、才能は類を見ないほど秀でています。


未来視と話では言っていましたが、どちらかと言えば予言に近しいです。更に詳しく言うのなら、【未来視】と【予言】になります。ここらへんはまだ本編でも描いていないので煮詰まりきっていません……いずれ正確に描写します。

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