三話 村八分
時刻は既に十九時を回っていた。瑞稀は話の流れで、少年、九条葵の家で食卓を囲んでいる。
「……どうぞ、お代わりです」
「ん、ありがとう」
「……どうぞ、五杯目のお代わりです」
「ん、もうこれで大丈夫。こんなに飲んで悪かったね」
「堺さんって、お酒そんなに好きなんですか?」
「ま、どちらかといえば好きなほうだとは思うよ。でも、酔わなきゃやってらんないのさ。仕事も、人生も」
だとしても人の家でここまで酒を飲む奴はいるのだろうかという目でこちらを見ている。
「大人は大体こんなもんだよ? あ、ここも吸って平気?」
「お好きにどうぞ」
「悪いね」
残り、二十分の十一。この調子なら今回の仕事分は持ちそうだった。
これまでの収穫としては、怪異の確認だけと目立った成果はない。少なくとも、表立った成果としては、だが。
「失礼ですけど、お仕事はいったい何を? こんな何もない村に来るなんて、学者か何か? 」
「まぁ、そんなところかな。でも、どちらかと言えば記者だよ。この村にも取材兼自分探しで来たんだけど、まさかあんな風に襲われるとは思ってなかったよ」
「そういえば堺さん、【お陰様】を見てあまり驚いていなかった気がしますけど、ああいうのに何か詳しいんですか?」
探られていると直感した。
「私は取材でああいったのには少しだけ慣れているからね。逆に、少年は【お陰様】を追い払っていたが、逆に聞くけど詳しいのかい?」
虚言、まったくの捏造である。嘘を隠すには、その嘘をさらなる嘘で塗り固めてしまえばいい。
「そこまで知ってるわけじゃないですよ? ただ、僕も慣れているだけです」
「そうかそうか。じゃあ私からも一つ質問しようかな。なぜ村人は君から物理的にも、精神的にも距離を取っていたんだい?」
少年の家、もとい彼の母である村長の家にお邪魔させてもらっているのだが、ここに来る道中で異様な体験をした。
田んぼに隣接する細道を通ってここまで来たが、誰も私に排斥するような視線を向けてこなかったのだ。それどころか、私に、いや彼に向って手を合わせたり、お辞儀をしたりしていたように見えた。
遠目だったから確証はないものの、そこまで見間違えるような距離ではなかったはずだ。それに、もし私が見たのが間違っていないのだとすると、それは護り手であること以外の要因だ。
陰陽師、および怪異の存在は、社会の混乱を避けるために秘匿しなければならない。無論、護り手という不思議な力もだ。
「……勘違い、じゃないですかね」
無理な言い訳、ではない。あくまで私がそういう風に思っただけだ。
「そうかもね。あ、そういえばこの村に来る途中で地蔵を見つけたのだが、あれも【お陰様】を祀っているのか?」
「え? ……あぁ、それはもちろん」
勘違いだと同意した、ような返答をした後、別の話題を私は無理やり切り出した。だがそれにも、少年は濁したような反応をする。
いったいこの村では何が起こっているのか、それだけが思考を支配していた。
「すみません、ちょっと待っていてください」
静まり返った室内を切り裂くかの如く、一本の電話が鳴り、彼はそう言って廊下に出て行ってしまう。
「えぇ、はい。え?いや、そんな。いや、わかりました。あの薬は……今日の夜ですね……はい、わかりました、母さん」
聞き耳を立てていると電話の相手は少年の母親だということが分かった。だがそれにしては随分と他人行儀だ。
田舎によくある村八分かと思ったが、母親すらも息子に対してするのだろうかという疑問が浮かんでくる。この村に潜む影は随分と深そうだ、と瑞稀は確信した。
【時間経過について】
本作は煙草の本数である程度の時間経過が分かるようにしています。具体的な時間の目安というよりは、
「まぁ、結構煙草減ってるから、こんくらい時間経ったんだな」ぐらいです。
煙草を少年の前で吸っているように、家に来るまでの道である程度顔見知りくらいの仲にはなっています。でなきゃあんな酒は飲めないし、飲ませてくれない。
九条葵(少年)も瑞稀のことはある程度信頼しているものの、色々事情があったりする。




