約束
点滴をして病院のベッドで眠る祐子を、未散は隣のベッドに腰掛けて見つめている。
外から救急車のサイレンの音がしていた。
「地震があった後、様子を見に来たら二人ともいないので驚きましたよ!」
看護師が仁王立ちをして未散を睨んでいる。
未散は手を合わせてひたすら謝った。その時、胸の名札の「阿川」の文字が目に入り……。
「阿川さん、本当にごめんなさい……」
「えっ……名前付きで謝られると……何か……」
と眉間の皺が少し緩んだ。
そして少しズレている未散の包帯を整えてくれた。
「あ……ありがとうございます……」
「で、どこで遊んで来たんですか?」
「三途の川?」
「ふざけないで下さい!」
「すみません」
「さっきの地震で運ばれて来た方が沢山いて、こっちは忙しいんですから」
「地震、すごかったですね」
「この辺は震度4程だったんですけど、三途の川はどうだったんですか?」
「分からないけど、めっちゃ揺れてました。怖かったぁ……」
未散は祐子とのあの時間を思い出すと、ドキドキが止まらなかった。
「まぁ、無事でなによりでした……じゃあ……午前中に手続きをしたら帰っていいですから、また声をかけて下さい」
「は、はい……」
そうだった……未散は現実に戻った。
透が迎えに来ると言っていたが、どんな顔をして会えばいいのだろうか。
阿川が出て行った後、空腹に耐えきれず祐子の冷蔵庫へ向かった。
「プリン食べちゃおうかな……」
冷蔵庫を開けると「ちょっと……」と祐子の声がする。
振り返ると、祐子が起き上がっていた。
「私も……食べたい……」
顔色は悪いが、表情はとても穏やかだったので、未散は安堵した。
祐子のベッドの上に並んで腰掛け、祐子はフルーツゼリー、未散はプリンを食べている。
「これ、高級プリンだね。入院とかしないと食べれないやつかも……」
「もう一個食べたら?」
「今度はゼリーにしようかな……」
ぴょんと立ち、ふと窓の外に目をやる。
「今日もいい天気かな……」
窓際で未散は伸びをした。
「……澤村さんのおばさんって結婚してたの?」
「えっ……うん、してたよ。ずっと独身だったけど、四十過ぎてから結婚したの。遊びに行くと、旦那さんと仲良くキッチンに立って料理したり……たまにケンカもしてたけど……でも楽しそうだった……」
「そう……」
「……お母さんがね、おばさんが死んじゃった時、お姉ちゃんは幸せだったと思うって言ってた……」
「えっ?」
「……うまく言えないけど……死ぬ時って、幸せだったって思いたいなぁ」
「……」
「……でもね、今思うと……みんなの前では前向きに頑張ってたおばさんも、きっとその影で、澤村さんみたいな気持ちになって苦しんだ時があったかもしれないね。だけど、支えてくれる旦那さんがいたから、生きようとしたのかな……」
「私にはそんな旦那さまはいない……」
未散は、祐子のベッドの横に不格好な折鶴が二十羽程ぶら下がっているのを見つける。
「あの鶴は?」
「兄の子が三人で折ってくれたの。千羽鶴はちょっと無理だから、二十三羽鶴だって」
「中途半端な数だね」
「でも、私が退院するまで千羽折るって言ってたっけ」
「愛されてるじゃん、澤村さん……それに、高級プリンをお見舞いに持ってきてくれる人がいるし」
未散、冷蔵庫からゼリーを出してきて、祐子の横に座る。
「……死なないでよ、澤村さん」
「……自信ないけど……」
「ダメだよ……絶対ダメ!」
「……田嶋さん?」
ゼリーを食べながら泣き出す未散。
「澤村さんをおんぶした時、すっごく軽くて……私、何だか知らないけど、泣けてきて……」
「かわいそうって思った?」
「そんなんじゃなくて。絶対、死なないでほしいって思った……ただ、生きてほしいって思った……それだけ……」
泣きながらゼリーを食べ続ける未散。
「自ら命を絶たなくても、治療がうまくいかなかったら、半年後……一年後……いつか分かんないけど、私は死んじゃうのよね」
「やめてよ……」
「私、死ぬのが怖くて……怖くて……死にたくなったのかもしれない……死ぬのを待つのが怖かったのかもしれない……」
「何、それ……」
「よく私も分からない」
目を合わせ、微笑みあう未散と祐子。
「あっ、そうだ! いい方法がある!」
「えっ?」
「ドラマで『ブラボー! 花園家』って見たことある?」
「何? 知らない」
「すっごく面白いの、コメディなんだけど、ちょっと泣ける所もあるの!」
「それがいい方法?」
「見たら次が気になって、死ぬなんて気、起きなくなる!」
「……そんなに面白いの?」
「うん。キャストが地味だから最初は視聴率とかイマイチだったみたいだけど、三話目くらいから段々人気が出てきて…」
「どんな話?」
「花園家は、いつも体を鍛えてる父親、超料理下手な母親、まだら呆けのおばあちゃん、潔癖症の長男、元ひきこもりの次男の五人なの。でも二話目から、未亡人になった長女が、自閉症の息子を連れて帰って来て家族は七人になるの」
「それで?」
「その長女の息子がかわいいの! まだら呆けのおばあちゃんが何回も同じこと聞くから長女の息子が……」
一生懸命話し続ける未散。
その話を祐子は頷きながら聞いていた。
「あーあ、話し足りないからもう一日ここにいようかな……」
「何言ってんの! そんなことより彼氏との事どうすんの?」
「えっ? や、やだ、忘れてた……もうどうでもいいわ!」
ちょっと無理をしている未散の背中を、祐子は励ます様にポンポンと叩いた。
「あ、ごちそうさまでした……」
と、未散はプルンやゼリーの容器を片付け始める。
「ねぇ澤村さん、お見舞いに来ていいよね?」
「来ないで」
「えっ……そんな……即答?」
「……何かね……田嶋さんとはここで別れたい……」
「どうして?」
「どうしても」
「せっかく知り合えたのに……」
「ここじゃなく、どっか他の場所で偶然会いたい……」
「……会えるかな?」
祐子、しっかりと頷く。
未散はどこか不安だったが、きっと祐子にとってここで別れた方がいいのだと察し、準備を始めた。
しっかりとメイクをして、髪の毛も整えて、未散は祐子のベッドの横に立った。
祐子はウトウトしていたが、気配を感じて起き上がろうとした。
「いいよいいよ! そのままで……」
「……田嶋さん、綺麗だね……」
「やだ、照れるー」
「その、毛先のピンクの髪? 桜のネイル? いいね……私、髪の毛とか染めた事ないのよ」
「……今度、髪が生えてきたら、金髪とかにしちゃえば?」
「いいかも」
と笑い合う未散と祐子は暫し、お互い見つめ合った。
「じゃ行くね……。一晩だけだったけど、お世話になりました」
「こちらこそ……色々ごめんね……ありがとう……」
「また、会えますように……」
祈るようにそう言うと、未散は病室を出て行った。




