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震動

 ガタガタガタガタ……


 音は段々大きくなり、迫ってくるように響く。

 キッチンの壁に掛けられているフライパンがカタカタと音を立てて、食器棚のガラスが小刻みに揺れている。

 お互いの腕を掴んで、そのまましゃがみ込む祐子と未散。

 揺れは大きくなり、「きゃぁー!」と未散が悲鳴を上げた。

 祐子、未散の手を引っ張り、ダイニングテーブルの下に潜る。

 そのまま抱き合って動かないように固まるが、身体は左右に揺れてテーブルと一緒に壁にぶつかる。

 揺れは更に激しくなり、フライパンがカランカランと床に落ちて、流しの引き出しやドアは開き、中の調理道具はガチャガチャと散らばった。


 どれ程の時間だったのか、長かったのか短かったのか……。

祐子と未散は揺れ続ける部屋の中、ただ目を閉じて時が過ぎるのを待った。

 割れたコップや床に散らばったスプーンやフォークや箸、お玉やフライ返しや杓文字……。

 テーブルの下で震えている未散と祐子、我に返る。

 ゆっくりと、お互いの顔を確認しながら、未散は小さく絞り出すような声で「こ、怖かった……」と、祐子を見つめた。

 震えが治まらない未散と祐子だが、突然、祐子が笑い出す。


「……澤村さん、どうしたの」

「やだ、何怖がってんの……私、死ぬはずなのに……こんな事、怖くないはずなのに……何でこんなに怖いの? 何で? 何で?」

 何かが溢れて流れるように、祐子は大声で泣き出す。

 そんな祐子をしっかりと未散は抱きしめた。


 取りあえず落ち着こうと、ソファーに並んで腰かけて祐子と未散は変わり果てた部屋を眺めていた。

テレビは前に倒れて床に落ちている。

 本棚の中の本などがソファーの下に散乱している。未散はその中に古いアルバムを見つける。

 正方形のアルバムの表紙の『memories』の文字が剥がれていた。


「これ……アルバム? 見ていいかな?」

「ああ……どうぞ」

 アルバムを手に取り、そっと開く未散。

 その中には、セーラー服の祐子、少しぽっちゃりしている。長い髪を後ろで束ねて、眼鏡をかけて真面目な感じ。

「へぇ、セーラー服だったんだ」

「それは高校の頃ね」

「うわっ、これは大学の時?」

「ああ短大時代ね」

 卒業式の袴姿や成人式の振袖姿の祐子がいた。

 他に入社式でのスーツ姿の祐子。隣にスーツ姿のごつい感じの男が笑っている。

「この人が高坂さん?」

「なんで分かった?」

「なんとなく。ねぇ、ミュージシャンのカレシの写真はないの?」

「……あんまりないよ。携帯とかで撮ってたし……」

「あっ……あったぁー! これでしょ?」

 耳や襟足が隠れるくらいのサラサラした髪の元カレは細身で、目の綺麗な男性だった。

 若かりし頃の祐子は元カレの隣で屈託なく微笑んでいて、未散はその写真から二人の幸せな時間を感じた。

「いい写真だね……元カレ、ムカつくけど!」

 祐子、懐かしそうにその写真を眺めている。

「……私ね……一人で生きて行く覚悟とか? してたつもりなの……でもこの病気になって……ああ、もう子供は無理なんだ……そう思ったら、自分のいろいろな気持ちが爆発したの」

「いろいろな気持ちって? どんな?」

「……本音を言うとね……そいつについて行きたかったの……でも……そんなこと言って、はっきりと別れようって言われるのが怖かったのかもしれない……あいまいな感じでも繋がっていたかったのかな……」

「ひょっとして、今でも気持ちはあるの?」

「うーん……きっと病気にならなかったらいい思い出として蓋をしてたのかもしれないけど……高坂くんとのことも、ひょっとしてあの日……付き合っちゃおうって言われた日に笑って誤魔化してなんていなければ? 私の運命は違ってたのかも……なんて思ったり……」

「やっぱ好きだったの?」

「……恋愛感情よりも、一緒になったら幸せになれるかも……って……そう思ったのよ。でもね……」

「やっぱずっと好きだったのは、陶芸男か……」

「バカみたいでしょ? 私の人生って後悔ばっかりなのよ……ああ……田嶋さんみたいに、はっきりとさせるべきだったのかな……私、きっと待っちゃったんだよね……心のどこかで……」

「私は何でも白黒つけなきゃ気が済まないから……だからいつも痛い目に合うの……もうさぁ、いっそのこと二人で行こうよ!」

「どこへ?」

「あの花瓶持って陶芸男んとこに行くの! どういうつもりでこんなもん送ってきたのよ! 私の事がまだ好きなら会いにくればよかったじゃない! って言うの!」

「そんなこと言えないわよ……」

「……あれ?」

 未散は部屋の隅っこに転がっている元カレが送ってきた花瓶を見つける。

「マジで? まさか……」

 散乱している本を掻き分けながら花瓶を手に取ると、未散は祐子に向かって……。

「割れてない……噓でしょ……まさかこれプラスチック?」

 花瓶はヒビすら入っていない。

「えっ! プラスチックだったのかな? 私が気付かなかっただけ?」

 そう言うと二人で笑った。


「不死身の花瓶だ……縁起いいかも……」

 未散が花瓶を渡すと、祐子はそれを膝の上に優しく置いた。

 未散は再びアルバムを開く。

 それ程たくさんの写真があるわけではないが、友だちとの温泉旅行、親戚の結婚式、職場で同僚たちと……いつも祐子は穏やかに微笑んでいた。

「澤村さんって綺麗だね。特に社会人になってからの澤村さん」

「何言ってんのよ、やだ、恥ずかしい」

「モテたでしょ?」

 未散、照れて少し赤くなった祐子の痩せた横顔を見つめる。

「綺麗なんだから……また恋ができるよ」

「……どうだろ」

「仕事だって見つかるよ。キャリアがあるでしょ?」

「キャリアっつったってただのOLよ」

「病気だってきっと治るよ」

「ちょっと待って、私がもう死ぬの思いとどまったと思ってる?」

「えっ?」

「私、また死にたくなるかもしれない」

「……」

「今、こんな怖い思いをしても……また同じ気持ちになるのかも……」

  大きくため息をつく祐子。

「……そんな気持ちになるのって辛いね」

「……ねぇ、さっき本気だった?」

「えっ?」

「さっき、一緒に来るって言ったでしょ。どうせ途中で説得できると思ってた?」

「説得なんて出来ないよ。私にそんな力なんてないもん。でも……」

「?」

「澤村さんの気が変わるのを願ってた」

「……変わらなかったら?」

「……なら仕方ない」

「仕方ないって?」

「それが私の運命」

「……」

「なーんてね、途中で逃げたよ、きっと……」

 そう言って笑うが、未散自身も分からなかった。もしついて行ったら? どうなってたのか……想像すらできないが、そんな事を考えていたら、お腹がグーっと鳴った。

「やだ、お腹すいた。病院戻って冷蔵庫のプリンとゼリー食べちゃおうかな」

「どうぞ」

「じゃあ、帰ろう」

 と立ち上がる未散。

 続いて祐子も立とうとするが、ふらっとよろめく。

「澤村さん!」

「久しぶりに外出したから……疲れたみたいね」

「救急車呼ぶ?」

「いい……何か気持ちいいから……このままここにいたい……」

 目を閉じて、そのまま眠ろうとしていた。

「ダメだよ……起きて! 戻らないと……」

 キッチンの窓が少し明るくなって来ていた。


 見知らぬ住宅街の道を、未散は祐子をおぶって歩いている。

 まだ薄暗い中、犬の散歩をしている中年女性やジョギングをしている若い男性とすれ違う。


「ふぅ……私、なにやってんだろ……」


 そう呟く未散の背中で眠る祐子はどこか安心しているようだった。

 大通りに出ればタクシーが見つかるだろうか……。

 来た道をゆっくりと歩きながら、未散の瞳からポロポロと涙が溢れて落ちた。

「もう……どうしてこんなに軽いの……」

 止まらない涙を拭う事もできず、未散はひたすら歩いた。

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