映画
病院の玄関を出ると、見慣れた青いミニバンが止まっている。
運転席から透が出て来ると、未散に手を振った。
気付かない振りをしてそのまま一人で帰りたかったが……避けては通れない。
「未散……地震、大丈夫だったか?」
透はいつもと変わらない?
昨日の夜の事なんてなかったような?
悪い夢だったのかも?
ああ……そんな訳ないか……と未散は覚悟を決めた。
乗り慣れた透の車の助手席が、未散にとって今はとても居心地が悪い。
免許を取ったら運転させてね……なんて言っていたのに……。
「頭、大丈夫か? まだ痛む?」
「……こんなのは痛くない……痛いのは他の場所だよ……」
そんな事は言いたくないが、勝手に出てしまう恨み節を未散は止められない。
透は困った顔をして髪をかき上げた。その時、額に青あざが見えたので、未散はじっと透の額を見つめた。
「ああ、昨日の地震で、棚に飾ってあったフィギアが落ちてきてさ……」
「……真衣の部屋に泊まらなかったんだ……」
「泊まらないって言ったろ? あんな事あった後なのに……」
「あんな事がなかったら泊まるつもりだったんでしょ?」
「……」
「……真衣とはいつから?」
「……三ヶ月くらい前から……』
「……何で?」
「……行きつけの店でばったり会って……それで時々会うようになって……」
「行きつけって……』
「プロレスショップだよ」
透は格闘技が好きだった。子供の頃からプロレスが好きで、好きな選手のフィギュアやTシャツ等を集めている。未散は興味がない為、透のその類の買い物には付いて行かなかった。
「そっか……真衣がそんな趣味があったとは……」
「……違うよ。真衣は弟について来てただけで……最初は弟と意気投合して……」
「どうして話してくれなかったの? 真衣の弟と仲良くなったんだ……とかさぁ……」
きっとその頃にはもう真衣の事を意識してたんだ……違うか……あの合コンの時から気になっていたんだ……と未散は祐子が言っていた事を思い出していた。
「未散……ごめん、オレ……」
「車止めて!」
「何?」
「一人で帰るから」
「でも……」
「いいから!」
透は暫く走り、止められそうな場所で車を寄せた。
「……オレ……謝るしかなくて……」
「……透はさぁ、死にたいって思った事ってある?」
「えっ……何だよ急に。まさか、そんな事ある訳ないだろ。だいたい簡単に死ぬなんて……」
「簡単なんかじゃないよ。苦しんで苦しんで……そんな気持ちになっちゃう時ってあるよ……自分でも止められないくらい……すっごく辛いの……それはきっと、その人にしか分からない苦しみ……」
「……未散」
「私ね……あの時……一瞬、このまま消えちゃいたいって思ったけど……その一瞬って…何だったんだろ……そう考えるとなんか怖いよ……」
「未散……もうあんな事……」
透は不安そうに未散の横顔を見つめた。
「…………たぶん、本気じゃなかったんだよ……ムカついたから、二人に嫌な思いをさせたかっただけで……あんな所から飛び降りる訳ないでしょ……」
そう言いながら、やっぱりあの一瞬の気持ちは自分でも分からなかった。
「でも……私、最悪な事した……」
「……最悪なのは俺だよ……」
「……そりゃそうだけど!」
フッと笑うと、未散は車を降りた。
「未散、ごめん……オレ……」
「……じゃね、バイバイ!」
と車を降りて、何か吹っ切れたように未散はズンズンと歩き出した。
バックミラーに写る未散の姿があっという間に小さくなっていく。
その日からあっという間に月日は流れ、色々なことが変わっていった。
真衣はあれから大学を辞めた。それは未散と透の事が原因ではない。前から他の大学への編入が決まっていたようだ。透は転勤になって、海外へ行ってしまった。二人が遠距離恋愛をするのかどうか? 未散にとってそんなことはどうでもいい事になっていた。
なぜなら、就活がうまくいっていなかったからだ。周りの友達は内定をもらい、卒業旅行の計画を立てている中、未散は焦っていた。
就活の為に顎のラインまで切ったボブヘアも似合っていないようで気に入らないし、最近太ったせいか、リクルートスーツのスカートがパンパンになってしまった事にもイライラしていた。
辛い時、未散はなぜか祐子の事を思い出してしまう。あの日、一日も一緒にいなかったのに……。一夜だけ……あの地震の夜に……死のうとした夜のこと。
勿論、辛い時だけじゃない。プリンやゼリーを食べた時、あの朝に食べた味を思い出す。
気になって、あの夜に過ごした『グランドパレス楓』をそっと見に行った事がある。祐子の部屋であろうベランダを遠くから眺めたが、もうそこは空き家になっていて、誰も住んでいないようだった。実家で暮らすような事を言っていたので、きっとそこに引っ越したのだろうか……。
ある日、すっかり元気をなくした未散に、友だちのアヤが映画でも観ようと誘ってくれたが待ち合わせの場所に現れず……。ふとスマホを見ると、一時間前にラインが入っていたのを未散は気付いていなかった。
「マジで? そっちが誘っといて……」
アヤは急なバイトが入って来れないとの事だった。映画館の前で未散は、帰ろうか一人で観ようか? 迷っていた。
話題になっていたアクション映画を観る予定だったが、『ブラボー花園家! THE MOVIE』がまだ上映されていた。未散は初日に観に行ったが、ドラマに比べて映画はイマイチだった。でも、このままアクション映画を一人で観て帰る気になれず……。
『ブラボー花園家! THE MOVIE』の館内はそれほど観客がおらず、ガラガラだった。内容はイマイチでも人気ドラマだったこともあり、ヒットはしていた。でも平日の昼間にそれほど人は入っていない。
どうせなら、ど真ん中に座って観ようとしたら、既に金髪の女性が座っていた。
なぜかその金髪が気になって、その後ろ姿をじっと未散は見つめていた。その女性は隣の男性と楽しそうに話している。男性はサラサラした綺麗な髪をしていた。
金髪の女性が横を向いた時、未散は前のめりになった。
「えっ?」
その未散の視線に気が付いたのか、その女性がゆっくりと振り返った。
「……やっぱり!」
金髪のショートヘアに、前よりも少しふっくらとした頬……綺麗にメイクをして……祐子は未散の方を見て、驚いた顔をしていた。
「澤村さん!」
お互いに駆け出して、未散と祐子は通路で向かい合った。
今にも泣き出しそうに震える未散の唇。
祐子は目に涙を浮かべて微笑んでいた。
その時、上映時間になり、パッと館内は暗転した。
「う、うそ! 何でこのタイミング? 感動の再会だったのに!」
「ま、いいじゃない。積もる話は映画が終わったあとで……」
積もる話?
そう、まず体の調子はどう?
で、隣の男の人って……?
私の就活の話……
それで……それで……
そんな事を心の中で呟きながら、未散は映画が終わるのが待ち遠しくて堪らなかった。
この作品は、かなり前にシナリオで書いた作品を小説で表現したものです。
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。




