告白
ベッドを囲んでいるカーテンをそれぞれ半分程開け、裕子は顔だけ未散の方を向いて、未散は枕元の照明を点けて、体操座りをした。
「……ほんの数時間前、私は透が真衣のマンションにいない事を信じてた……でもやっぱり……いたの」
「数時間前?」
「ずっと前にね、友達から目撃情報があったの。ふたりが一緒にいるとこ見たって……でも信じなかった……だけど……真衣の様子も透の態度も前と違ってて……」
「どんな風に?」
「就活の事とか相談しても、前は親身になって話を聞いてくれたのに……最近ちょっと上の空って感じで……前は仕事で残業がある日でも、時間作って会ってたのに……最近は会ってくれなかったり……」
「……そう……」
「真衣も何か変だったの。ランチに誘っても来なかったり……私を避けてる様な……」
「後ろめたかったのね、きっと」
「そうかも……」
未散、ゆっくりと落ちて行く点滴を見つめながら、小さく息を吐いた。
「……真衣とは特別仲がいいって訳じゃなくて……でも友達だと思ってたし……ああ、あの時の合コン誘うんじゃなかったな」
「合コン? ああ、合コンで知り合ったの?」
「そう……ドタキャンした子がいたから真衣を誘ったの……真衣はどちらかというと合コンとか行かない子で、無理やり私が連れてったの……でも……」
「何?」
「あの日、透は私とばっかり喋ってて、殆んど真衣とは喋ってなかった。だから何で二人が? いつの間に……」
「合コンとか苦手ですって顔して、あんまり話さない子って、意外と男って気になるものなのよ」
「えっ?」
「その真衣って子も合コンの時、田嶋さんのカレシ、狙ってたんだろうね」
「……やっぱり?」
「そういうズルい女っているのよ。うちの会社にもね。昨日、わざわざ高坂くんと一緒に来て……私、会いたくなかったのに……こんな姿、見られたくなかったのに……」
「何の話?」
「ああ、ごめんなさい」
「もしかして高坂くんって、澤村さんの好きな人?」
「好きな人っていうか、同期でね……よく飲みに行って、酔っ払って、お前がずっと嫁に行けなかったらオレが貰ってやるよ! なんて偉そうに言ってたのよ……」
「……で?」
「……付き合い始めたんだって……入社三年目、二十五歳の林綾香と! 昨日ご丁寧に報告に来たの、二人で」
「何かむかつく!」
「高坂くんにはお見舞いに来ないでねって言ってたの。治療で髪の毛抜けたり、痩せたりするの分かってたから」
「弱ってるとこ、見られたくないよね」
「でも高坂くん、俺とお前は男同士みたいなもんだから、恥ずかしがる事ないだろって笑ってた……」
「……デリカシーないな……」
「そうね。でも昔からそういう奴なの。いい意味でも悪い意味でも……」
「……好きだったんだね……」
「やだっ、好きじゃないって。嫌な仕事、気の小さい同期の子に任せたり、上司に媚びてばかりで、影で人の悪口ばっか言ってる女。でも要領よくて、男性社員には人気があるの。そんな女と結婚するような奴、好きじゃない……」
哀しいのか、怒っているのか? 一瞬祐子の表情は固まったまま遠くを見つめていた。
「あっ、ごめんね……何か自分の世界に入っちゃって……今日はホント最悪の日だったから……薬の副作用でダルイし、何も食べてないのに吐くし……思い出さなくてもいいのに、昨日の二人のことが頭に浮かんで……」
「……私も最悪の日だった。こんな事だったら親とグアム行けばよかった」
「グアム?」
「親戚の結婚式で今日から三泊四日。でも私、それどころじゃなくて、行かなかったの。今日は引越しの日だって分かってたから……」
「引越し? 誰の?」
「真衣の。一人暮らしするって……前から言ってたの。でも、グアムに行く日と引越しの日が重なってて……」
「ああ、それって偶然? 違うよね?」
「やっぱりそう思う? グアムの日、狙って引越したんだよね……」
「じゃないの?」
「……でもね、思い過ごしかもって……そう思って真衣のマンションに行ったの……」
「でも、カレシはいたのね」
「そう……ちっとも片付いてない荷物に囲まれてね……おまけにピザ注文してたの。しかもマヨが入ってるやつ! 透はあんまり好きじゃないはずだけど……でも真衣となら食べるんだ……へぇ……もうムカついて、気が付いたらピザを真衣に投げてた……」
未散の中で、真衣の部屋での出来事が一瞬一瞬浮かび、辛くなったのか、暫く黙ってしまう。
そんな未散を気にして、裕子はゆっくりと起き上がった。
「……透……めっちゃ怒って、私を突き飛ばしたの」
「それでその怪我?」
「違う……真衣のベッドに突き飛ばされたの……その時ね、ほんのり透の整髪料の匂いがしたの……ああ、多分ずっといちゃついてて荷物片づけてる場合じゃなかったんだろうな……って思ったら……」
未散の声は徐々に興奮して震え始めた。
「はっきり言われた……一緒にいたいのは……真衣だって」
静かな病室の中、祐子に話しながら未散の悲しみは蘇り、鼻水を啜り泣き始めた。
「そ、その時、もうたまらなくなって……もうその場から消えたいって思って……」
「消えたい……か……何か分かる気がする……」
祐子は未散と同じ体操座りをして未散を見つめた。
「6階のベランダから飛び降りようとしたの……でも透に引っ張られて、頭打って気絶して、いまここにいて……間抜けな話でしょ?」
「……6階か……怖くなかった?」
「怖いとかより、何か頭にカーッと血が上っちゃって……訳が分かんなくなってたから……」
「本気で飛び降りようと思った?」
「……自分でもよく分かんない……」
涙を指で拭いながら、未散は祐子に遠慮がちに質問した。
「あの……聞いていいかな……」
「何?」
「澤村さんの病気って……」
「……ガンよ。何となく分かるでしょ?」
「……あ、私のおばさんもガンで入院してた時、そんな感じだったから……」
「入院して……そろそろ三ヶ月になるの。手術して……抗がん剤の治療……あと二回やらなくちゃいけないのよ……でもあくまでも予定だから……あと二回じゃ済まないかもしれないし……どうだろ……」
大変なことのはずなのに、淡々と答える祐子に未散は後ろめたさを感じてしまい……。
「……ムカつくでしょ? 病気の人から見たら……恋愛沙汰で自殺騒ぎ起こした私なんて……」
「そうね! 病気で苦しんでる人がいるのに、命を粗末にするなんて、許さない!」
と鋭く睨んだので、未散はビクリとした。
「なーんてね! やだ、冗談冗談!」
ケロッと祐子は笑い出す。
「で、どうなったの? 田嶋さんのおばさん」
「……あっ……えっと…」
「……亡くなったのね……」
「……あ……で、でも、ガンの宣告を受けてから治療して、お医者さんが一年の命だって言ってたのに五年以上頑張って生きたんです……すごく前向きな人で……だから……」
「私にも前向きに頑張って下さいとか言うつもり?」
「えっ?」
祐子の表情が急に険しくなり、未散を冷たく見つめた。
「みーんな言うの、友達も高坂くんも親も……主治医も……。もう聞きたくない」
「澤村さん……」
「私、いっそのことすぐに死んじゃいたい……」
「えっ?」
「一緒に死のうか?」
祐子の何のためらいも迷いもない瞳から目を逸らす事ができず、固まる未散。




