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隣人

「あの……悪いけど、窓を閉めてくれないかしら?」


 窓? どこにあるのか知らないし……このカーテン開けたらどっかにあるんだろうけど、「看護師さんに頼めばよくない?」と未散は呟いて無視を決め込んだ。


「ごめんなさいね。今日調子わるくて、看護師さんに何回もコールしちゃったから、何か悪くて……」


 聞こえていた? どうしようか……。

 未散は面倒臭そうにベッドから起き、点滴棒を引っ張りながら少し歩きカーテンを開けた。

ここは二人部屋のようで、隣を見るとカーテンは半分ほど開いていて、未散の気配を感じたのか枕元の灯りがパッと点いた。

「すみません……左端の窓、少し開いてますよね……」

 確かに閉められたカーテンがふわりと浮いている。

 未散は点滴棒を引っ張りながら、窓をサッと閉めて自分のベッドに戻ろうとした。

「あの……ちょっとこっちに来てほしいんだけど……」

 無視して自分のベッドへ戻ろうとしたが、「待って……」と隣人は未散を引き止めた。


「悪いけど、今夜は誰とも話したくないの! もう話し掛けないで下さい!」


 イライラしていたせいか、点滴棒が上手く前に進まない。隣人は懲りずに「ごめんなさい……もう一つだけお願いしたいんだけど……」と申し訳なさそうに言うので、仕方なく未散は隣人のベッドの方を覗き込んだ。

「そこのカーテン……閉めてほしいの……ごめんなさいね……」

 未散が面倒くさそうに半分開いているカーテンを閉めようとしたら、隣人は上体だけ起こし、「ありがとう」と頭を下げた。

 その時、灯りに照らされた隣人の姿が見えた。

 頭に巻いたバンダナからは数本の髪の毛がはみ出ていて、点滴で繋がれている腕はとても細い。

「……あっ、良かったらここに入ってるプリンやゼリー、好きなの持っていって……」

 隣人は未散に手招きし、ベッド横のテレビ台の下の冷蔵庫を指差して、

「お見舞いでもらったの……でも気持ち悪くて食べれなくて……」

「い、いいです……」

「あ……でもね、賞味期限がそろそろなのよ……もったいないし……」

 その姿は、五年ほど前に亡くなった伯母に似ていた。

 顔が似ているわけじゃなく、隣人はその病になった人の姿をしていたので、カーテンを閉める未散の手が一瞬止まる。

「隣のベッド、一ヶ月空いてたの。久しぶりにお隣さんができて嬉しいわ。私、澤村祐子です。よろしくね」

「あ……田嶋未散です。でも明日もう退院なんで」

「あら、そうなの……残念……あら、不謹慎な事言っちゃった」

「それじゃ……」

 とそのままカーテンを閉めると、未散は隣の自分のベッドに戻った。

横になって目を閉じるが、すぐには眠る事が出来ず……。


「……ねぇ、もう眠った? もう一ついいかな?」


 マジで? どんだけ「もう一つ」を使うつもりなんだ……と思い、未散は寝たふりをして返事をしない。


「今夜はちょっと眠れないから、少し話し相手になって欲しいんだけど……でも誰とも話したくないんだものね……なら、哀れな病人のひとりごとだと思ってね」

(えっ? 勝手に話すつもり?)

「私ね、十年以上勤めた会社、辞めたの。このまま行くと、治療まだかかりそうだし、退院してもこんな頭と身体で……何だかんだいって一年以上は会社に行けないでしょ?」

(……そうなんだ……)

「今まで住んでたアパートも引き払って、実家に帰っておいでって親は言ってくれたけど、あんまり帰りたくないのよ」

(どうして?)

「兄一家と去年から同居してんの。兄の子が三人いるから、私が戻ると八人家族よ」

(げっ! そりゃ帰りたくないか……)

「居場所がないっていったら、死んだおばあちゃんの使ってた離れがあるって……離れなんて聞こえはいいけど、疫病患者を隔離してるような、庭の隅にある小屋みたいな……」

(へぇ……でも離れがあるなんて、敷地は広いのかな……)

「おまけに、兄の奥さん苦手なの。子煩悩で料理上手でいい奥さんって感じ。うちの親ともうまくやってて、結構可愛いし、私より五つも年下! それに、インスタやっててね、得意の手芸……編み物とか刺繍? 人気があってフォロワー数、3万人だって! ああ……彼女見てると、何だろ……物凄くコンプレックス感じるのよね……それに……」


「……何かそういう人っていますよね。見てて、コンプレックス感じちゃう人……」

 未散は思わず反応してしまった。


「見かけは地味で、メガネとかかけてて……でもきっとメガネを外して、化粧とかしたら、私なんかよりすっごく可愛くて、実は胸とか大きくて、それに将来の目標とかもしっかりと持ってて……」

「誰の事……言ってるの?」

「……私のカレシを……取った女の事……」

「取った?」


 気が付いたらカーテン越しに、未散は祐子と話し始めていた。


「彼とは十ヶ月も付き合ってたのに……」

「十ヶ月も……っていうことは、田嶋さんにとっては長いのね」

「た、田嶋さんって」

「田嶋さんでしょ?」

「何か苗字で呼ばれるのって殆んどないから……変な感じ」

「そう? 私は逆にここ何年も下の名前で呼ばれる事がないわ。親と兄くらいしか」

「友達とかは?」

「学生時代の友達は、さわちゃんって呼ぶから」

「さわちゃん? ああ苗字が澤村だから?」

「そう」

「あっ、カレシは名前で呼ぶでしょ?」

「もう何年もいないし……」

「あっ、ごめんなさい」

「謝らなくてもいいわよ、別に。……あっ、さっきの話、カレシ取られたって……」

「聞きたいですか?」

「あ……ごめんなさい……話したくないなら……いいわよ……」

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