第九話 ネクシアエンターテイメント
大変、お待たせしました!
目の前のビルを見上げて、思わず溜息が漏れた。
「すげぇ……」
芸能事務所。いずれ私も歌手として所属したいと考えていた。とはいえ、まだ実物を見たことがある訳じゃなかった。何となくのイメージはあったが、いざ目の前に立つと想像以上だ。
「お待たせいたしました、エミリさん。それでは行きましょう。それと、これを首から提げておいてくださいね」
「ああ、分かった」
私よりも身長が高いレイカさんが、上から軽々と入館証をかけてくれた。そこはかとなく子ども扱いされた気がしないでもない。だが、今はそれよりも本物の芸能事務所に来てしまった興奮の方が勝っていた――
あの後、私達はダンジョンの外に出た。
そんな私達を待ち受けていたのは、レイカさんのマネージャーだった。配信の間、外の送迎車で配信を見ながらずっと待機していたらしい。
レイカさんが出てくるなり、もの凄い勢いで駆けよって来て安否確認や傷の有無を確かめたり。それから何度も「生きてて良かった……!」と、逆にレイカさんを困らせていたほど。
それから私もレイカさんの命の恩人ってことで、随分と感謝された。
そんな感じだから、昼飯を一緒に食べることや、事務所のシャワーを貸し出すことにはすんなり納得してくれた。別に命の恩人だとかは思ってないけど、そこら辺は良かった。
そのまま私も車に乗せて貰って、今さっきここ『ネクシアエンターテイメント』の事務所、オフィス?に到着したのである。
一先ずシャワールームに案内してもらって、そこで血と汗を流す。
レイカさんも一緒だったけど……やっぱすげぇよ、あの人。
横に並ぶのが恥ずかしくなるぐらいの格差だった。
何がとは言わないけど。
そんなことにショックを受けつつシャワーを終える。しかしここまで着てきた服は洗濯中。着替えを持ってき忘れたと思ったけど、事務所の備品で良ければと貸してくれた。
貸してくれた、んだけど……
「こ、これ。ちょっと変じゃないか?」
「いいえ! 変だなんてトンデモない。エミリさんに良くお似合いですよ! ねっ、明智さん!」
「ええ。やはりエミリさんにはそういったキュート系の服が似合うと思ったんです。エミリさんは些か小柄ですから。それに何というんでしょう。普段は気が強い女の子が、可愛らしい服を着させられて涙目になるというシチュが私的にたまらなっ――っと、失礼。やはり私の目に狂いはありませんでしたね!」
「ひっ……」
貸し出したのはレイカさんのマネージャー、明智さんなんだが……なんか、怖い。なんかこっち見ながら息遣いがはぁはぁしてる。
ちなみに服は、上にも下にもリボンがついてるし、スカートなんかはふりふりというかひらひらしてる系。言ってた通り可愛い系の服だ。
普段、Tシャツとパンツで適当に済ませる私には、全く未知の世界だった。
「エミリさんも歌手を目指すなら、ビジュアルにも気を遣いませんとっ。服を変えるだけで人の持つ雰囲気なんてがらりと変わるんですから」
「そ、それはそうだけど。というかこんな服どこにあったんだよ!?」
「以前ウチに所属するタレントが撮影に使った衣装です。それぐらいなら差し上げますので、ぜひ甲本さんが着てあげてください。ウチにあっても死蔵するだけですから」
「……」
どうやら、変わりの服が出てくるというルートは無さそうだ。
仕方が無いから着てきた服が乾くまでの間、これで我慢することにした。仕方が無いから。本当に仕方が無いからだっ。
それから昼食は出前を取ることになった。近くにファミレスとかあるんだし、そこに行けばいいんじゃ?と思って聞いてみると――
――外食は色々と注意が必要ですから……
そう、どこか寂しそうな顔でレイカさんは言った。
そうだ。親し気だから忘れそうになるけど、この人は歴としたアイドル。それも超が付くほどの人気アイドルグループの一員だ。下手に外食でもしようものなら、大変なことになるのは火を見るより明らか。
芸能人として有名になると、こんなところも制限される。そんな負の側面を思わぬところで見せられることになった。
だからといって、別に歌手になるのを止めるとかは無いっ。ただ、今は自由に出来ていることを、これまで以上に楽しんでみるのもアリかな?と思ったぐらい。
「あ、これ美味い。こっちのローストビーフも美味いし、サイコー!」
「喜んでいただけたようで何よりです」
好き嫌いを気にしてか、色々な料理が用意されていた。サラダ系とか肉系とか魚系とか、他にも甘い物も諸々。
「ハグッ――というか本当に驕りでいいのか? それにさっきのゴブリンの魔石を売ったお金だって」
「あれはエミリさん倒したものです。私は見ていただけですから、それを受け取る資格はありません」
「んぐっ――でもさ。上手くいったのはレイカさんのお陰でもあるだろ? それに壊れた装備の修理とかもあるだろうし。やっぱり半分にしようぜ?」
「うーん。それでしたら私から、助けられたお礼だと思って受け取ってください。やはりボイストレーニングの先生を紹介するだけでは足りないと思っていたんです。ぜひ、エミリさんのお役に立ててください」
「……分かったよ。じゃあ遠慮なく受け取っておくけど、後で返してってのは無しだからなっ!」
「はいっ」
中々手強い。今回は私の負けだが、次は私が勝つ。何に勝つのかは分からないけど。
そんな感じで昼飯を食べ終え、デザートタイムを楽しんでいる時だった。
「レイカッ! 無事かっ!?」
応接室の扉をバンッと勢いよく開き、部屋の中に女性が入って来た。
「ここにいたのか。怪我の調子は? まったくあんな心臓に悪い配信をして。私がどれだけ心配したことか……」
「っ! 申し訳ありません、リーダー。今回は私の油断が招いたことです。新しいプロジェクトにも泥を塗るような形になってしまって――」
「そんなことはどうでもいいっ! お前が無事なら、それ以上の朗報は無いさ。ともかく、五体満足で帰って来てくれて、本当に良かった」
「……ありがとうございます」
一言で表すなら、姉御肌というべきだろうか。佇まいが、どことなく頼れる年上の雰囲気を感じさせる。それに身長もレイカさんよりも高く、見ているとまるで二人は姉妹のようだった。
レイカさんの言葉に満足したのか、今度はその視線が私に向けられた。
「君が甲本エミリくんだね? 私はクラルテのリーダー『近藤桜花』、配信でも見させてもらった。私達のレイカを救ってくれて本当にありがとう。君には感謝してもしきれないほどの恩が出来てしまったね」
「あぁ。そのやり取りはもうやったんで。お礼もこうして貰ってるんで、あまり気にしないでください」
「そうはいかないさ。メンバーは家族も同然。家族を助けられたんだから、お礼してし過ぎるなんてことはない。何かあれば私に言いなさい。必ず力になると約束しよう――といっても、私に出来る範囲でだが、ね?」
「あ、ありがとうございます」
何というか、素でカッコいい人だ。
隣でそれを聞いているレイカさんも。恥ずかしそうにしつつ、でもどこか嬉しそうにしている。それだけでメンバーを大事にし、そして大事にされているのが分かる。
「それにもう身内のようなものだ。何も遠慮することはないぞ!」
「は? 身内ってどういうことっすか?」
「ん? だって君、ウチの事務所に所属するんだろう?」
「え?……はぁあ!?」
いきなり何を言い出すんだこの人は……というか何という強引さだよ。
「配信で聞いた君の歌――アレは素晴らしかった。まさに磨けば光る、宝石の原石さ。あれだけの才能、野に眠らせておくなんてもっての他。だからウチの事務所に来たんじゃないのか?」
「ご、誤解っすよ。私は――」
私はあくまで、シャワーを借りるのと昼飯を一緒に食べるために来ただけ。それをリーダーさんに説明した。すると「うむ。なるほどな」などと、本当に分かっているんだか分かってないんだか微妙な答えが返って来た。
でも……事務所、か。
私もいずれは、どこかの事務所に所属するものだと思っていた。トレーニングをして実力を上げながら、色々なオーディションを受ける。暫くは生活になるだろうな、と。
とはいえ、まだどの事務所がいいのか?なんて殆ど調べていない。
半ば勢いで地元を飛び出してきたようなもの。そこら辺はこっちに着いてから調べればいいと思っていたのだ。
「だが、ウチは君のような人材ならいつでも歓迎だ。そうだろう、明智さん」
「そうですね。特にエミリさんのような才能の原石は、是非とも欲しいところです」
「エミリさん、私の後輩になるんですかっ!」
「い、いや。だから――」
結局その日は、何とか話を逸らして逃げ切ることが出来た。いくら大手の事務所とはいえ、そう簡単に事務所に入るなんて言えない。今後の活動に、いや人生を大きく左右することだからな。
そうして思わぬ歓待を受けた後、私はネクシアエンタの事務所を後にした。
ボイストレーニングの先生に関しては、先方に確認でき次第、私にも連絡をくれるそうだ。
果たしてどんな先生に出会えるのか。今からドキドキして仕方がない。
いかがでしたか?
今回は二人も新キャラが登場する回でした。ボイトレの先生は次回以降ですが、歌手をする上で重要な事務所という問題がエミリにも降りかかる。エミリはどういう選択をするのか。このまま本当にレイカたちと同じ事務所に所属するのか。そこも見所です!
という感じで、今日はここまで。次回の更新は明日を予定しています! お楽しみに~!
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