第十二話 傷つき、倒れ。そして、気付く――
お待たせいたしました!
植物の集合体。根っこの化け物……
そう表現するしかないようなモンスターだった。
下膨れの形をしており、膨らんだ球根のような部分に大きな口がある。球根から太い根が一本上に伸びて、その一本から沢山の側根が伸びている。まるで木のようだが、葉は一枚もついていない。その代わりに、天辺に生えているのが、私が赤く染めてしまった元白い花々だった。
「――っっ!?」
大きな口が開いたかと思えば、悲鳴のような、金切り声のような異音を辺りに響かせる。
頭を揺らすような音に、思わず耳を塞いだ。
開いた口の中には、まるで肉食動物のような鋭い歯が見えた。植物なのに歯があるなんてあり得ない――が、モンスターである以上、普通なんて存在しない。捕まった時のことを考えると、背筋がぞっとした。
――こいつは、ヤバい……
そのモンスターを見た瞬間、逃げるべきだ!と頭が訴えてきた。
「……っ!!」
だから私は、即座にその場から逃走した。
何度も言うが、私には戦闘力なんてもんは備わってない。皆無といってもいい。何せモンスターと戦う為じゃ無くて、ここに住むために資格を取ったぐらいだからな。自慢じゃないが、このダンジョンでまだ一度も、武器を抜いたことすらない。
あんな恐ろし気なモンスターとなんて、戦えるかってんだ!
逃げるが勝ちっ!
起こしちまったのは謝るから、ここは見逃してくれっ!!
だがしかし。
相手は完全に、標的を私に定めたようだった。逃げる私を追いかけてくる。あの身体でどうやって走っているのかと思えば、球根の下に生えた根っこを高速で動かしているらしい。土埃を巻き上げながら「ドドドドドッッッ」と地響きを鳴らしている。
「はぁ、はぁ――くそ!! こっちは走るの苦手なんだぞっ!!?」
そういえば三脚もスマホも置いてきちまったし!
壊れてたら弁償してくれるんだろうな、チクショウ!
「――? ――!」
「――?」
「――! ――!!」
逃げていると、進む先から人の話し声が聞こえた。
「っ!――ちっ」
だから、慌てて進行方向を変える。
レイカさんが言っていた。他の冒険者がいる場所にモンスターを引き連れたまま突撃するのは、マナー違反だと。たしかモンスタートレインといったか。先日の事件があったのに、私がそれを破る訳にはいかない。
そうして人の気配を感じる度に、右へ左へ進路を変えて――逃げ続けた果てに私は、地面に大穴が空いた場所。元の花畑があった場所に戻って来てしまった。
「はぁ。ホント、しつこ過ぎんだろ……。はぁ、はぁ……どんだけ怒ってんだよ、アイツ……!」
考えてみれば、私はアイツの頭の上で歌ってた訳だ。しかも頭の上に血の雨を降らせるってオマケ付きで。
確かに私だったら、ブチ切れるかもな……
寝ていたところに血をぶっかけられるとか、最悪のドッキリ過ぎる。
「でもさあ。こんだけ追いかけ回したんだから……そろそろ許してくれてもいいんじゃねえか?」
「キャィイイイイイイ!!!」
「……駄目かよ」
どうやら、相手の怒りはまだ収まっていないようだ。
さてどうするか?、と辺りを見回すと、さっき落としていったスマホと三脚が目に入った。
「……やっぱり私には、歌しかねえかっ――」
怒れるモンスターを歌で鎮めるなんて。まるで漫画とかの巫女さんみたいでいいじゃねえか。まあ、私の場合は鎮めるじゃなくて、沈めるだけどな。
流すのはさっきと同じ曲でいいだろう。
私はモンスターと睨み合いながら、後ろ手で音楽端末を操作する。
すると、辺りに音楽が鳴り響き始めた。
「キィイイイイイイ!!!」
「うわっと!?」
それが気に入らないのか、根っこの一本を鞭の様に伸ばして私目掛けて叩きつけてきた。転がるようにそれを避けて、曲の入りを逃す。「くそっ」と悪態を吐きつつ、立ち上がりながら少し遅れて歌を始めた。
「――……それがっ、お前の気持ちなのか」
歌い始めるが、まだ変化は見られなかった。
変わらず繰り出される攻撃を何とか避けて。それでも歌を止めることなく、ヤツにスキルの効果が出始めるのを待つ。
だがしかし――
「――不安だったら この歌を聞けっ!!」
「キャィイイ!!!!」
「――ッッ!?」
一番を歌い終えても……
ヤツからの攻撃は、止むことがなかった。
――どうなってやがる!?
これまでのモンスターなら、もうとっくに陶酔効果が現れてるはずだろっ。なのに何でコイツは普通に動いて攻撃してくるんだよ!? まるで止まる様子がないじゃねえか!!
そうなのだ。目の前のモンスターは、何故か私の歌が通用しなかった。
攻撃を避けながら歌うのは、非常に体力を使う。ここに戻って来るまでもかなり走らされた。それに今日はレッスンを受けてきた後でもある。
正直言って。体力的にはもう、限界が近かった。
――まさか……植物だから、歌が通じないとでも言うのか?
これまでに歌を使って倒したモンスターは、そのどれもが獣型か人型だった。植物の特徴を持つモンスターとは、これが初めての遭遇だ。だから知る由も無かった。
私のスキルに、こんな欠点があるなんて……
「あきらめたら負けさ、いつだって――がはっ!?!?」
そして、ついに恐れていた瞬間が訪れた。
鞭のように振るわれる根を避けようとして、足をもつれさせた。その結果、私は直撃を受けてしまった。咄嗟に腕で受けたが、その程度で威力を殺せる訳もない。
私の身体は弾かれたように吹き飛ばされ、地面を何度もバウンドし、転がって。
それから少しして、止まった。
「ぁ……」
全身が痛い。特に右腕は焼けるように痛かった。攻撃を受け止めた方の腕だ。どうなっているのか、想像すらしたくない。
辛うじて意識は保っているが、目の前の景色がチカチカしていた。
今、自分がどんな状態なのか分からない。
けれど。このまま立ち上がらなければ、あのモンスターに殺されるのだけは分かる。
だから――
「ぐ、ぎっ……ふっ!」
何とか身体を起こした。
こんだけイジメたんだから向こうも満足だろうと思った。だけど、そうはいかないらしい。吹き飛ばされた私の方へ、ヤツが向かってくるのが見えた。根っこは縦横無尽に荒ぶっている。
次に攻撃を受けたら、間違いなくお陀仏だろうな……
まったく。調子に乗って三階層まで来たのが間違いだったか。しっかり身の程弁えて、二階層ぐらいで止めときゃよかった。ていうか、まさかスキルが通じないモンスターがいるとは思わなかったよなあ。感覚的には、アイツの身体に熱が蓄積してると思ったんだけど――
そこまで考えて、私は自分の思考の違和感に気付いた。
熱が蓄積してた……?
こんな感覚は初めてだ。アイツに蓄積してる熱が、何となくだけど、分かる。多分、この感覚はスキル由来のもののはずだ。なら間違いとも思えない。この感覚を信じるなら――
――ヤツの身体には、しっかりと熱が蓄積している。
スキルは通用しないんじゃなかったのか?
熱は溜まるのに、陶酔だけ効果がない?
どういうことだ?
痛みの所為で、碌に回らない頭で考える。
……だからだったのだろう。
私は、後から考えれば脳筋過ぎる考えに思い至った。
――あぁ……足らねえんだな
「なる、ほどな……」
そうか。効果が無い訳じゃねえんだ。ただアイツにはいつもの歌い方じゃ足りなかっただけの話だ。
なら、歌ってやろうじゃねえか。
アイツ一人だけの為に。
今日のステージは私と、そしてアイツだけの特別ステージ。
確かに、何千人に声を聞かせるよりも。たった一人の感情を震わせる方が、難しいのかもしれない。さっきまではただ漠然と、広い対象に聞かせてやろうと思って歌っていた。だけど今はその必要は無い。
アイツだ。アイツだけでいいんだ。
アイツの魂を震わせて。それでもって、私の歌で落としてやる。
「ハッ。分かりゃあ……簡単なことじゃねえか――なあ。そんなに、慌てないで……もう一曲ぐらい、聞いていけよ。損はさせねえからさ」
「キャィイイイイイ!!!!!」
「いいね……温まってる、じゃん」
だがしかし。
さっき吹き飛ばされたときの衝撃で、音楽端末が壊れてしまっていた。どうりで音楽が止まっていたはずだ。
すると、近くに私のスマホが転がっているのが見えた。三脚の下の部分はどこかに吹き飛んでしまったのか、無くなっていた。拾い上げてみると、スマホの電源はまだ生きていた。それどころか――
「おい。まだ録画してたのかよ」
思い返せば、歌が終わった直後にあのモンスターが出現した。それからすぐに逃げ出して、録画を切る暇も無かったはずだ。
こっちのスマホでも、録画を切れば曲を流すことは勿論できる。
だが――
「あー、まあいっか」
どうせ歌はアカペラでも歌える。むしろ今は、今の私の歌がどうなっているのか知りたい。何だか、これまでに無かった何かが掴めそうな気がするんだ。これを記録に残さないなんて、そっちの方が勿体ない。
それからスマホに向かって「ちゃんと見とけよっ」と誰に向けるでもなく笑いかけ、そっと地面に置いた。転がって来た土の塊に立てかけ、私の姿がよく映るようにして。
「すぅー……行くぞっ」
三度目の正直。やるのはさっきも歌ったあの歌。
こいつで今度こそ、アイツに私の歌を喰らわせてやるっっ!!!!
いかがでしたか?
念のため補足しておくと、エミリは端末を二台使っています。音楽専用の端末と録画・録音用のスマホですね。
まあそれはいいとして、この一章もいよいよクライマックス。たった一人のために歌うことを思いついたエミリ。果たしてその考えは、強敵に通用するのか!? 無事にモンスターを爆散させることが出来るのか!? 続きは次回!
次の更新は明日を予定しています! ぜひお楽しみに~!
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