第十話 ボイトレは強烈なセンセイと共に
お待たせしました!
その日、私は朝からそわそわが止まらなかった。
何せ今日は――初のボイトレの日だからっ!
レイカさんの事務所を訪問してから早五日。先生の予定が確保できたと連絡があったのが二日前。そして、今日。先生との顔合わせ兼待ちに待ったボイストレーニングの初日なのだ。
「ふんふん~♪」
テントの中で身支度を整えて、いざ出陣。
と言っても、やることはいつもと変わらないが。ちょっと髪型に気を使ったりしたぐらいだ。持ち物も鞄に入れたし、準備は万全だ。
「うっし。行くかっ」
呼び出された場所は、ネクシアエンタの事務所近くのビル。そこの三階にあるスタジオだ。話によると普段はレイカさんたちも、よく練習で使用しているらしい。
あのクラルテが練習しているスタジオで、私も特訓をする。
なんだかそれだけで、プロにでもなった気分だ。
もちろんそんな勘違いはしない。私はまだまともなレッスンすら受けてない素人中の素人。プロを教える先生を紹介して貰えたからって、上手くなった気になるのは百年早い。
そうして向かった先。目的のビルに到着し、エレベーターで三階に昇る。そうして靴から内履きに履き替え、指定されたスタジオに入ると――
「何でレイカさんがいるんだ?」
「休暇を貰ったからです!」
スタジオの中には、男が一人と、それから何故かレイカさんがいた。
休暇というのは、先日のことがあったからだろう。事務所も気を遣って、レイカさんの活動を止めているに違いない。
「なら休むべきなんじゃ?」
「休み、とはいえ。身体はもうとっくに元気ですから。少しでも鈍ったりしないよう、今日はエミリさんと一緒にレッスンを受けさせていただこうと思いまして。もしかして、お嫌でしたか?」
「いや、そんなことはないけど」
休暇と言われた日にまで、トレーニングを希望するなんて。さすがプロの現役アイドル。ストイックさが違う。こんな人が一緒に練習してくれるなら、私も猶更気を引き締めないといけない。
一度深呼吸して、浮ついた心を静めてから先生に挨拶をする。
「甲本エミリです。今日はよろしくお願いします」
「ふーん。アンタがエミリちゃんね……」
エミリ、ちゃん!?
やっぱりこの人――
「素材はそこそこ。でも味付けが最悪。アンタそれでも女?」
「レ、レイカさん。コイツ何なの?」
初対面から失礼な態度に、目元がピクピクする。自分でも口元が引き攣ってるのが分かる。この男、いや女? どっちでもいいけど、まさかコイツが私の先生だなんて言わないだろうな。
しかしレイカさんから返って来たのは、無慈悲な返答だった。
「この方は『MEGUMI』さん。私達クラルテのボイストレーニングを担当してくれている方で――今日からエミリさんに指導をしてくれる方になります」
「そういう訳だから。ヨロシク、エミリちゃん」
「ま、マジか……」
こうして私はMEGUMIさんの指導を受けることになった。
レイカさん曰く、これでも凄腕のトレーナーらしい。クラルテもそうだし、ネクシアエンタの歌手・アイドルを始め、他事務所の有名歌手なんかも指導した実績があるんだとか。
そんな凄い人に指導してもらえるのは、嬉しい。非常に嬉しいんだけど……ちょいムカつく。
「さて。早速だけどアンタの声、聞かせてもらうわよ。適当に……そうね。この曲は分かる?」
そう言ってMEGUMIさんが弾き始めたのは、クラルテの曲『透明な太陽』だった。最新曲じゃないけど、クラルテの代名詞といっても過言じゃないぐらい有名な曲。
「それなら知ってます」
「じゃあこれで行くわよ。ピアノに合わせて歌ってみなさい」
「分かりましたっ!」
一つ深呼吸をした。
するとMEGUMIさんのピアノ前奏が始まる。テンポは決して速くない。歌い込んでる曲ではないが、音程も取りやすいからイケるはず。アイドルの曲だから?なのか、ファンが歌いやすいよう作られているのかもしれない。
「――暗い森の中で 自分から踏み入ったはずなのに」
この曲はクラルテらしい、ファンを元気にするような。明るく照らすようなそんな曲だ。優しく照らせるかどうかな微妙だけど、誰かを元気にする歌なら得意だぜっ。
そうして、歌い終える。
「……それじゃあ次。アカペラで好きな曲を歌ってみなさい。タイミングは任せるわ」
「え? あ、はいっ!」
課題曲と自由曲みたいなもんか?
だったら私が一番得意な曲にすべきだ。私が得意な曲……よし、アレだな。
「――散らばった夢を追いかけて 冒険の道はどこまでも」
この前も歌って動画にもした、『ザ・ワン・ロード』の主題歌。やっぱりこの曲はテンションも上がるし、歌いやすい。何より音のキーがこの曲だと出しやすいのだ。
「ワンロードッッッ!!!――っと。こんな感じです」
歌いきることは出来た。ここ最近は何度か聞き直したり、歌い直したりしてたこともあり、出来はまずまずといったところか。少なくとも、音程などは前回の録音時より上がっているはず。
「なるほどね……」
「ど、どうでしょうか」
「――悪くはないわね」
「本当っすか!?」
最初のイメージから、何となくボロクソに言われることも覚悟していたのに……
「音の取り方、技術など。まだまだ足りないところはあるけど、声がいい。音の良し悪しじゃなくて、心に届く声って言ったらいいのかしらね。声に説得力がある――でも」
「っ……」
「その技術面が大問題よ! まず使うべき場所が分かってないっ。必要な場所に無く、不必要な場所にくるアクセント。揺らし方に妙な癖のあるビブラート。抑揚はあるけど、勢いで歌ってる感が拭えないわっ!」
「ぐっ……はい」
ごもっとも過ぎる指摘に、最早ぐうの音も出ない。褒められたと思ったら、やっぱりボロクソに言われた。
まあ、そりゃそうだ。レイカさんや他のアイドルを教えてる凄い先生に、手放しで褒められるなんて夢もいいところ。自分がまだまだなことは、自分自身が一番分かっている。
しっかり受け止めなければならない。
「ああ、それと」
「ま、まだあるんすか……?」
「これが一番の問題よ。アンタの歌には感情が乗ってる。魂が籠ってる。だけど――ぼやけてるのよ」
「ぼやけてる、ですか?」
「そう。他のどれをレベルアップさせても、そこが変わらないと何の意味もないわね」
「あの、それってどういうことっすか? もっと具体的に――」
「――ハイっ! それじゃあまずは基礎練から始めるわよ。ここからはレイカも参加しなさいっ!」
「はいっ!」
「え、ちょっ!?」
それからは普通にボイトレというか。発声練習だとか、活舌の練習とか、言葉通り基礎練習を行った。みっちり一時間の基礎練の後、今度は歌の練習。主には技術中心に行った。
その中で思ったのは、やはりレイカさんは上手い、ということだ。
現役プロでもあるし、私より先に指導を受けていたのだから当然だが。隣で聞いていても、出される課題を難なくこなしていく姿にはさすがと言わざるを得なかった。
そして――
「それじゃあ今日はここまでよっ。次のレッスンは三日後。それまで今日の内容をよく復習しておきなさい! 以上!」
「お疲れ様でした!」
「……お疲れさまでした」
結局、私は自分の歌が「ぼやけている」理由について聞くことは出来なかった。というより、聞いても答えてくれなかったというべきか。聞いても自分で考えなさい、と言われるだけ。
何でも他人に頼るな、てことかよ……
でも、確かにそうだ。
先生に何でもかんでも頼ってたら、自分で考える力を無くす。つまりこれは課題、宿題ってことだな。
「お疲れ様でした、エミリさん。初日のレッスンはいかがでしたか?」
「そうだなあ。何というか改めて自分の無力さに気付かされたというか。やっぱりまだまだだな~っていうか」
「凄いでしょう、MEGUMIさん。良い所も悪い所も、はっきりと言ってくれるので課題も持ち味も分かり易いんです」
「それは、まあ。確かに」
褒めるばかりでもなく。かといって貶すばかりでもなく。いわゆるアメとムチを綺麗に使い分けている指導だった。自分の課題も見えやすく、今すぐにでも復習をしたい。
「レイカさん。このスタジオって、まだ使ってていいんだっけ?」
「そうですね。レッスンが長引いた場合も考えて、あと一時間は余分に取ってあります。それが何か?」
「悪いんだけどさ、さっきの復習、今ここでやっちゃってもいいか? 忘れないうちに定着させておきたいんだ」
「もちろんです! では折角なので、私もご一緒させていただきますね!」
「オッケー!」
そして残った一時間の間。私とレイカさんは、その日の指導の復習を行った。今日だけで自分のレベルが上がった様な気がした。指導の密度が高い、と言えばいいのだろうか。
逆に上手くなったと感じたからこそ、まだ下手な部分が目立ってきたというか。
しかし……
結局のところ。その日、私はMEGUMIさんから言われた「ぼやける」について答えを見つけることは出来なかった。
いかがでしたか?
今回は強烈なキャラが登場しましたね~。やっぱり先生というか芸術家肌の人って、癖強に書きたくなりません? そんな感じのノリで書いちゃいました! エミリは残された課題をどうやって解決していくのでしょうか!? 次回の更新をお楽しみに!
次の更新はまた明日を予定しています! よろしくお願いします!
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