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第221話 銀翼を背負う騎士 二

ごめんなさい、ウキウキで書いてたらバカ長い回になってしまいました

その分筆はノリノリなので許してください

 

 レイドヴィルが銀翼騎士団(シルバーナイツ)の臨時拠点を出発する少し前、ドラウゼン北の大通りにて。

 王国からフェロー、帝国からエリオネットとマルセリアが吸血鬼と交戦していた。


「クソッ!キリがねぇ!」


 悪態を吐くフェローから風の斬撃が放たれ、男の左腕の肘から先を斬り飛ばした。

 だが男は腕を落とされた衝撃を覚える事も痛みに呻く事もなく、何事もなかったかのようにフェローへ突進する。

 刀身の厚い剣を握る右手が三度振るわれるがフェローはこれを何とか回避、寧ろ反撃の蹴りを腹部に直撃させた。

 吹き飛ぶ男が着地し、歓声を殺し切る頃には、既に斬り飛ばされた筈の左腕は元通りになっていた。

 交戦開始時からもう何度も繰り返された同じようなやり取り。

 当初は全力回避に動いていた男も、フェローの魔術への脅威度を改めたのか、最小限の負傷に留め攻撃を優先してきている。

 フェローと男の戦いは、じわじわとフェローの劣勢へと傾きつつあった。


「ぐっ……!く……!」


「エリオネット!」


 土製の鎧を纏ったエリオネットが衝撃によろめき、膝をつく。

 命の危機に何とか立ち上がろうと足掻くエリオネットだが、脚も手も頼りなく震えるばかりで力が入らない。

 そんな息粗く跪く彼女を冷たく見下ろすのは、男からテュリンと呼ばれていた女だ。

 右手には鉄の鞭、一見エリオネットの『金剛身』を突破できる程の威力は無さそうだが、結果は見ての通り。


「それ以上――」


「雑魚は黙ってろ」


「きゃぁあああっ!」


 援護に入ろうとしたマルセリアに音速を超える鉄鞭が直撃、身体が浮き、建物の壁へと叩きつけられた。

 魔力による武器の強化か、衝撃は増幅されるだけでなく浸透するような性質を有し、鎧の中までその威力を届かせる。

 意識を失い、瓦礫の上で無防備な姿を晒すマルセリア。

 だが女はそんな彼女には目もくれず、今も必死に立ち上がろうとするエリオネットに向かって歩いていく。

 まずは初手で手傷を負わされたエリオネットに止めを刺す、そう決めていた女は極めて執念深い人物だった。

 依然交戦中のフェローも間に合わない、鞭に溜めを作り、数瞬の間にエリオネットの首が跳ね飛ばされ――


「――そこまでだ」


「ッッ――――!」


 いつの間に背後へ迫ったか、男声が聞こえた直後、女の身体がくの字に折れ曲がって吹き飛んでいく。

 砕けた道路や建物の瓦礫を粉砕しながら、もんどり打って行き着いた先はフェローと戦っていた男。

 戦闘に夢中になっていた男は反応こそしたものの遅れを生じさせ、咄嗟に女の身体を受け止める事も出来ず、共に数メートルの距離を弾き飛ばされた。


「あぁん?何がどうなってんだ」


 視界の端、追い詰められる二人を捉えていたフェローは、逆転の急展開に思考が追い付かない。

 フェローと弾き飛ばされた男女、三人の視線の先には一人の騎士が立っていた。

 抜き身の長剣、陽光を返す軽い鎧、風に揺れる白銀の外套、鮮やかな金髪、温和な印象を受ける顔立ちの中で一際惹かれる瞳。

 その背後からは次々に同じような格好をした騎士達が現れ、ある者はマルセリアとエリオネットの手当てを行い、ある者は吸血鬼に剣を向ける。

 ここまで特徴的な格好をした騎士は、この国においてただ一団のみ。


「銀翼騎士団?それも第一翼、か」


 思わず思考が口から漏れ出たフェローは驚きから安堵への意識の切り替わりを自覚し、自分でも驚くほどに肩の力が抜けた。

 構えを解いて剣を降ろすフェローの周囲を騎士達が固め、獲物を奪われた男の舌打ちがやけに響いた。


「よくも水差しやがったな!」


「これは失礼をした。代わりと言っては何だが、銀翼騎士団副団長、ヴェイク・フォード・シルベスターが相手をさせてもらおう。二人同時でかかってくるといい」


 戦闘に割り入っての挑発行為に吸血鬼達の怒気が爆発し、再び大通りが戦場と化す。

 副団長ヴェイク率いる主力の第一翼、銀翼騎士団の最精鋭部隊が吸血鬼と衝突する。


 ―――――


 同時刻、ドラウゼン東の港にて。


「クロゥ!合わせて!」


「誰にものを言っている、半身!」


 薙ぎ払う光線が敵の魔術を打ち落とし、数が減り生まれた隙間を縫うように漆黒の少女が距離を詰める。

 駆けるクロゥの影が波打ち、そのまま鋭利な槍と化して飛び出し吸血鬼に襲い掛かる。


「アッハッハ!それはもう見た――」


「――闇に沈め。『幽玄黒葬』」


 横に跳んで回避した吸血鬼、しかし二度晒した技を見せ札に使ったクロゥが一枚上手だった。

 鞘に蓄積された闇属性魔術が抜刀と共に解放され、吸血鬼を消し飛ばし――


「――お見事ォ!」


「チッ」


 下半身の無い吸血鬼による一閃、舌打ちを置き去りに刀で受け、リリアの待つ遥か後方まで跳び退る。

 死に際の悪足掻きにしては凶悪な一撃だったが、これで本当に死んでくれればどれだけ楽か。

 二人の視線の先では、狂気的な笑みを浮かべる男の失われた下半身が完全に再生していた。

 来ていた服まで再生しているのは一体どういう原理か、無論露出した状態で再生されても困るのだが。


「こんなの、どうやって倒せばいいの……?」


 クロゥともう何度もぶつかっている吸血鬼は特に再生速度に秀でているのか、斬ったそばから元通りできりがない。

 周囲ではローゼン・クレーネの生徒達も複数の吸血鬼と戦闘を繰り広げており、辛うじて拮抗している状態だ。

 ここで目の前の吸血鬼を自由にしてしまえば、その時点で凄惨な光景を目の当たりにする事になるだろう。

 絶対に、持ちこたえなければならない。


「無限に再生する吸血鬼とは素晴らしい。吸血鬼殺しの称号、我が貰い受ける!」


 そんな普通の感性を持つリリアが怯える一方で、クロゥは目を輝かせて好戦的な笑みを浮かべている。

 いつもなら呆れる場面でも、普段と変わらないその在り方が頼もしい。

 リリアは恐怖で震える脚を叱咤し、杖を握る手に力を込めて――


「――威勢良く啖呵を切っている所悪いが、大人しく下がっていてもらおうか」


 どこからともなく冷たい声が聞こえた直後、快晴の港に雷鳴が轟いた。

 都合三度の落雷が吸血鬼を炭塊へと変え、戦況が一気に動く。


「は?」


 つい先程まで狂気的な笑みを浮かべていた吸血鬼は、炭化した半身をじわじわと再生させながら呆然としている。

 仲間が一瞬にして壊滅したのだから無理もないが、その隙は高い代償の支払いを吸血鬼に強いた。


「鈍い」


 吸血鬼の背後から突き刺さる剣が心臓を貫き、そこへ視界を焼く雷光が轟音と共に降り注ぐ。

 そうして光が収まった跡には、宙に刺さったままの剣だけが残されていた。

 不死とされる吸血鬼の肉体を灰へと変え、その灰すら焼き尽くした後に残った剣を握る者は誰も居ない。

 にも拘らず空中で静止しているのは、術者が剣を投げたのではなく、宙に浮く剣を操って突き刺したからだ。

 浮遊する剣は役目を全うした事で持ち主の下へ、一瞬にして十人以上の吸血鬼を一人で葬った主の下へと戻っていく。

 倉庫群から姿を現したその男は、リリアの第一印象では冷たい人物だった。

 その評価は間違っていない、男は平民の出でありながら精強集う銀翼騎士団において、感情に左右されない確かな指揮力を評価され、第三翼の隊長の座に実力で座るに至った。

 白銀の外套に銀翼の紋章を背負い、度の強く入った眼鏡の奥に氷柱の如き冷たく鋭い瞳を持つ人物。


「穢れた魔人風情が。王国の地に土足で踏み入った代償は高くつくぞ」


 名をカイル・エレナート、私情を排し冷酷に組織の利益に貢献する、合理の男である。


 ―――――


 ドラウゼン西の市場にて。


「うわああああああああ!!」


「何が何でも抑え込め!絶対に市民に被害を出すな!!」


 王国正騎士団と吸血鬼の戦闘は、お世辞にも正騎士団優位に運んでいるとは言えない状況だった。

 正騎士団はその規模から数的有利を確保こそしているものの、膂力に優れ、軽傷であれば一瞬の内に快癒してしまう吸血鬼相手では厳しい戦いだった。

 正騎士団の不利を生み出す要因である個の強さ、とりわけ厄介なのが筋肉の鎧に覆われた屈強な肉体と二メートルを超える長身の吸血鬼だった。


「雑魚雑魚雑魚雑魚!ここには歯ごたえのない雑魚しかないないのか!?お前達では相手にならん!強者を呼べ強者を!」


 大口を開けて吠える男は、自らの役割に退屈していた。

 与えられた役割は陽動、派手に暴れ回り、衛兵や騎士の注意を引いて仲間の負担を減らす事。

 男は陽動の役割を望んで引き受けたが、その目的は仲間の為などではない。

 男は死に場所を探していた、実験体として歪な生を受け、毎日生きているという実感に欠けた人生。

 始まりが欠けていたのなら、せめて終わりだけは充足したものでありたい、そう願って。

 他者の祈りを踏み躙って抱き続けた男の願いは、今日この場で叶えられる。


「――魔術隊、構え!……撃て!」


 鎧を着込んだ騎士が出した号令からのズレも少なく、大量の火属性魔術が飛来する。

 均等で漏れの無いよく訓練された魔術掃射に、多くの吸血鬼が炎上していく。

 吸血鬼が日光に弱いというのが俗説に過ぎない話は有名だが、多くの生物にとって炎というのは共通の弱点である。

 それは吸血鬼も例外では無く、火属性の攻撃が再生を妨げているのか、或いは不死とされる命をも焼き尽くしているのか、吸血鬼達の攻勢が明らかに鈍っていた。

 戦況を変えた要因は、紛れもなく銀翼騎士団の介入だった。


「来たか!」


 降り注ぐ炎を剛腕で振り払った男は、その特徴的な銀装束を見て歓喜の声を上げた。

 精強と謳われる銀翼騎士団の名は、国内のみならず諸外国でも広く知られている。

 その一方で銀翼騎士団は国外での活動をほぼ行っておらず、帝国人である男はその活動を目撃した事が無い。

 確かめなければならない、果たして銀翼騎士団が己の人生を終わらせるに相応しい相手であるか否かを。


「第二射、撃て!」


「んなちんけな火の粉が効くかよォ!」


 先の絨毯爆撃とは打って変わって、ただ一人を狙い撃つ集中攻撃。

 大型の魔獣でも苦鳴を上げる魔術隊の攻撃を、男は言葉の通り火の粉でも払うかのように打ち壊し、瞬く間に距離を詰めていった。

 振りかぶる拳、中遠距離からの攻撃を想定した魔術隊の装備は杖と外套、それから最低限の防具くらいのもので、吸血鬼の中でも特に身体能力に秀でた男の攻撃を受ければひとたまりもない。

 だが、第三翼は対魔獣に特化した部隊、守りの手は当然用意されている。


「鉄壁隊、構え!」


 魔術隊と入れ替わるように重装甲の全身鎧、大盾を持ち剣を持たない騎士達が前に立ち、一斉に盾を構える。

 男は牙を剥き出しに、思い切りに拳を叩きつけた。

 轟音、地響き、粉塵が凄まじい風圧に乗って通りを駆け抜けていく。

 まともに喰らえば挽肉になるような威力の拳撃、そんな攻撃を鉄壁隊と呼ばれた騎士達は見事に止めて見せた。


「クハハハハ!いいぜいいぜ!数やら連携だって立派な力だからなぁ。テメェが指揮官か?」


「違う」


「あぁん?今テメェが指示出してただろうが。嘘ついてもいいことねぇぞ?」


「自分はあくまで代理に過ぎん。本当は隊長にやって頂きたいのだがな……」


 舞台に指令を出していた騎士が当然一番強いものと思っていた男は、訝し気に眉を顰めた。

 するとそこへ、地を削るような音を立てながら、慌てた様子で一人の騎士が現れた。


「ごめんルード!途中民間人の保護してたら遅れちゃって!」


 長いブロンドの髪をなびかせ、カチャカチャと鎧を鳴らす女騎士。

 さる貴族の三女として生まれながら若くして銀翼騎士団に入隊し、ある一件から頭角を現し、七翼(シルリール)が一席を担うに至った最年少の隊長。

 名をアイリーン、家名を捨てた元貴族にして、第三翼を担う騎士。

 そして――


「なんだ……その剣は…………」


「それ初めて会う人みんなに言われるから飽きちゃった。もっとこう、新鮮で面白い反応とかない?」


 唇を尖らせるアイリーンの背後には、およそ人間が振るうとは思えない、身の丈の二倍はあろうかという巨剣が引き摺られていた。


 ―――――


「『地焦』!」


「あら危ない」


 地を這う炎を跳んで躱すでもなく、中央から割って歩いてくるフランチェスカ。

 その手には剣の柄、本来刃が付いている部分には今は赤黒い鞭のようなものが生えていた。

 炎の海を割ったのも、音速で振るわれた鞭が熱量を割いたのだ。


「お返しね」


 踏み込みと共に鞭が柄の長い槍への変化し、バレンシアに突き出される。

 圧倒的なリーチ差、本隊への攻撃は届かない。

 ならばとバレンシアは突きを避け、柄の部分を勢いよく払おうとして、その手応えの無さに眉を顰める。

 見れば槍は中程で斬れて穂先がくるくると宙を舞い、残された部分が長剣へと変化し、振るわれる。

 舌打ちを一つ、無理な体勢から無理を通して横跳びに回避し、意識の無いローゼン・クレーネの生徒を背負うアステローゼの近くへと立ち位置を戻した。

 バレンシアがアステローゼと合流したのは、偶然ではなかった。

 負傷し脚を引き摺りながら逃げる生徒を庇い、移動しながらフランチェスカと剣を交えていたバレンシアだったが、守りながらの戦いには限度があった。

 戦闘の余波で気絶した生徒を守り切れず苦戦していた所に、魔術で戦況を把握していたアステローゼが闘技場へ向かうついでに来たという訳だ。

 だが味方も巻き込んでしまう音魔術での援護は期待出来ない、あくまで意識の無い人間を守りながら戦うという状況を変えただけだ。


(これで少しは楽になったけれど……あの武器、本当に厄介ね)


 形状、材質、硬度、粘度は自由自在、剣と呼ぶのが正確かは知らないが、剣戟の最中に血のようなそれらが変化するやりにくさといったらない。

 更に厄介なのが、


「優しい子。見ず知らずの異国の人間を庇うだなんて、そう出来る事じゃないでしょうに。けど一応聞いておこうかしら。そこの王女様を見なかった事にして、立ち去るなら見逃してあげる。どう?」


 視線は油断なくバレンシアに向けられつつも、フランチェスカの殺気がアステローゼを捉え続けているという点だ。

 優先順位の違いか、最早フランチェスカの注意は意識の無い女子生徒には向けられていない。

 仮に戦闘中であっても、少しでも隙を晒せばアステローゼの命を奪う事を優先する、そんな確信に似た予感があった。


「お断りよ。貴女達がどこの国の所属かなんて知らないし興味もないけれど、目の前で命が奪われようとしているのに見過ごす程、私は薄情じゃないのよ」


「あら残念。こっちの学生ってみんな正義感が強いのねえ。偶然かもしれないけど。まあいいわ。警告はしたわ、よ!」


 フランチェスカが滑るように距離を詰め、針のように細い刀身が刺突の形で打ち出される。

 残念そうな声色とは裏腹に、攻撃に込められた殺意は本物だった。

 闘技場でヴァルフォイルとレオノーラが戦っている所を見たバレンシアには分かる、目の前の女は強い。

 恐らくドラウゼンを襲っている集団の中でも一二を争う程に。

 故に。


「――出し惜しみはなしよ」


 直後、バレンシアから大量の魔力が放出され、フランチェスカとの間に炎の壁が出現する。

 鼻先が火傷するすんでの所で立ち止まるフランチェスカ、その頭上に影が差し、落ちるバレンシアの魔剣が炎を纏う。


「『落火』」


 火球にしては小さく、火花にしては大きな火種が大量に撒き散らされる。

 威力よりも範囲を優先した攻撃に対し、フランチェスカは刀身の形状を盾のように変化させ、降り注ぐ炎から身を守る。

 だが一度に操れる刀身の総量には限界があるのか、盾は傘のように薄い。


「『炎突』」


 落下しながらの刺突は薄い盾をあっさり食い破り、柄を握っていたフランチェスカの左手を串刺しにした。

 そして串刺しにしたバレンシアの剣は、炎を発する魔剣であった。


「くっ、ああっ!」


 苦鳴と悲鳴が混ざったような声を上げ、無理矢理に腕を振り払ったフランチェスカが一気に距離を取る。

 脂汗を額に浮かべながら庇う左腕は、魔剣の刀身が抜けた後も尚じりじりと傷跡を焼き続けていた。


「やって、くれたわね……」


「これで終わりじゃないわよ――」


 命を惜しんで退いてくれるかもしれない、そんな淡い期待をバレンシアは即座に捨てる。

 踏み込む一歩は追撃の構え、惜しみなく放出する魔力が身体能力を強化し、彼我の距離を一瞬でゼロにした。

 ドラウゼンを襲う賊は、どういう訳か吸血鬼のような再生能力を有している。

 程度の差はあるようだが、いずれにせよ長期戦はバレンシアにとって不利以外の何物でもない。

 故の短期決戦、魔力と炎で押し切って勝つ。


「はああああ!!」


「くっ……!この子は本当に……!」


 焦った表情を浮かべるフランチェスカにとって、バレンシアは二つの意味で厄介な存在だった。

 一つ目は王国の人間、それも貴族であるという点。

 目的が帝国人を王国人が殺めたという物語をでっちあげる事である以上、ただでさえ王国側に損害は出しづらいのだ。

 特に貴族の子女を殺めたなどと言う事になれば、フランチェスカ達の計画はたちまち破綻してしまう。

 二つ目はバレンシアが火属性魔術に高い適性を持っているという点。

 殆どの場合有利に働く吸血鬼の再生能力も、傷口を焼かれては効果が思うように発揮出来ない。

 フランチェスカにとってバレンシアは、天敵のような存在だった。


「大人しくしてなさい!」


「『紅蓮散開』!」


 柄から吹きだす大量の血液が、針山のように尖って襲い掛かる。

 一気に質量の増えたそれを前に、バレンシアは全身から炎を爆発させて血の攻撃を焼き尽くした。

 大技の迎撃には必然大量の魔力を消費し、もう二度目は無い。

 しかしその甲斐あって、はらはらと舞い散る煤が吹雪く中で、空気を焼く魔剣がフランチェスカの鳩尾を深く貫いた。


「あ、な……」


「終わりよ」


 劫火が一瞬にしてフランチェスカを燃やし、身体の内外を焼く炎が断末魔すらくべて燃え盛る。

 支えになっていた剣を引き抜かれた焼死体は、ぐらぐらと傾ぎ、仰向けに倒れ――ない。


「え……?」


「――あは」


 直後、炎上するフランチェスカの身体が弾け、文字通りに爆発四散した。

 死んだと確信するには十分過ぎる光景、だが響き渡る哄笑が現実を否定する。

 一片の肉片すら残らない突然の霧化に、しかしバレンシアは咄嗟の選択を行う。

 高温と風の簡単な魔術の組み合わせで、勢い良く迫りくる血霧を吹き飛ばそうとした。

 だが霧散したフランチェスカは想像以上に広範囲に広がっており、全方位からの攻撃全てには対処出来ない。


「しま――――」


 バレンシアの全身が赤い霧に包まれる。

 時間にして言えば三秒程度、渦巻く炎の螺旋でフランチェスカを振り払ったバレンシアは、たったそれだけの時間血霧に触れただけで戦闘不能の状態に追い込まれてしまっていた。


「バレンシア様!」


「はっ……!はっ……!はっ……!はっ……!」


 呼吸は浅く、手足は震え、血の気が失せたように顔が真っ青になってしまっている。

 剣を支えにしていなければ、今すぐにでも倒れてしまいそうな脱力感に苛まれていた。


「凄いと思わない?わたしの血を弄って作ったこの服はね、霧化しても元通りになるの。これ以外の服が着れないのは残念だけど、生まれたままの姿を晒すよりはずっといいものね」


 霧が集まり、血が再び元の女の姿を形作る。

 フランチェスカの言葉通り、霧から戻った身体は元着ていた服をそのまま纏っていた。

 落ちていた柄を拾い上げ、身体の感触を確かめるように三度の素振り、バレンシアに向き直ったフランチェスカは、元通りの嫣然とした微笑みを浮かべていた。


「形勢逆転ね。わたしの血は特別製で、普通の人間に対して毒性を発揮するの。浴びただけでも皮膚から吸収される。微量だと大した事にはならないけど……霧、結構吸ったでしょう?」


「はっ……!がっ……!く、ぐ……」


「あなたが悪いのよ?本当はわたしもこの切り札をこんな所で切る気はなかったんだから。けど、形勢逆転、ね?」


 横隔膜が引き攣ったように上手く呼吸が出来ない、返事の言葉が喉を上がってこない。

 毒が回ったのか震える体を動かせない、近付いてくるフランチェスカに、抵抗出来ない。


「ああ……ふふ、美味しそう。足りなくなった血、分けてもらうわね」


(動け、動け、動け、動け動け動け動け!)


 折れない意思とは裏腹に身体は動かず抱き締められ、フランチェスカの顔がバレンシアの首元へと近付いて来る。

 細剣を向けるアステローゼの脳裏に音魔術の三文字が浮かぶが、確実にバレンシアを巻き込んでしまうとあっては手出しも出来ない。

 鋭利な牙が白い首筋に突き立てられ、真っ赤な血液、命の源が吸い上げられる――その直前の事だった。


『――そこまでです』


 どこかから声が聞こえたと思えば、バレンシアとフランチェスカの頭上に大きな影が差した。

 頭上からの奇襲、咄嗟に反応したフランチェスカがバレンシアから離れて一気に距離を取る。

 支えを失ったバレンシアの身体が傾ぐが、いつの間にやら傍に着地していた腕に支えられ、優しく横たえられた。


「あな、た、は……」


 立ち上がった相手を見上げるバレンシアの視線の先、窮地に乱入したのは一人の騎士だった。

 白を基調に青の線が入ったどこか見覚えのある配色の鎧、銀翼の紋を背負う外套。

 ただ立っているだけで存在感を主張するのに、目を向ければ顔や体格など何一つとして具体的な情報が頭に入って来ない奇妙な希薄さ。

 何より特徴的なのは、目元を覆う白い仮面。


『――騎士シルバー。その罪と咎に、相応しい罰を与えに来ました』


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