第220話 銀翼を背負う騎士 一
ヴィルとの交戦、仲間からの説得を経て、復讐を捨てて仲間との未来を取ったジャック。
きっと彼自身完全に諦め切れた訳では無いのだろう、その程度で忘れられるような思いなら、ヴィルと渡り合う事など出来なかっただろう。
それでも復讐を捨てたのは、単に説得したエレナやネスターやノーラ、義賊の仲間達とアドリアーノを掛けた天秤を、ずっと見て見ぬふりをしていた天秤をようやく正視したからだ。
そしてそれは、ヴィルの説得だけでは為し得なかった。
結局の所、ヴィルはジャックにとってただのクラスメイトでしかなく、人生を左右する選択に決定的な影響を及ぼす事など出来なかったのだ。
だからこそヴィルは戦争の可能性などを挙げて義賊達の不安を煽り、ジャックを説得するよう仕向けた。
自己嫌悪程度で平和が買えるなら安いものだと言い聞かせて。
「そういう訳だから、私達はアドリアーノ・フォン・ウィンスタントから手を引くわ。ジャックの為に戦ってくれて、ありがとう」
「クラスメイトとしてジャックの事は気掛かりだったからね、何とかなってよかったよ。……君達はこれからどうするんだい?ウィンスタント子爵を害するという目的が失われた以上、もうこの街に固執する理由も無くなった訳だけど……」
「俺達は義賊だ。困ってる人がいるのに放っておけない。ひとまず街で暴れてるやつらをどうにかしないとな」
「騎士団が戦ってる筈だし、バレないように加勢しよう!」
ネスターが口端を上げるように笑い、ノーラも両手を握り締めて答える。
二人に応えるようにエレナを始めとした義賊の面々が闘志を漲らせ、やる気たっぷりに戦場へ向かう準備を始めていく。
「なら俺も……」
「ジャックは駄目!身体はボロボロで安静にしなきゃいけないし、第一魔力も残ってないでしょ。これ以上の無理は厳禁!分かった?」
「分かったよ…………」
頭が上がらないとは正にこの事か、どうやらジャックはエレナに弱いらしい。
これまでは戦闘面をジャックに頼っていた後ろめたさや、自身の内に燻る復讐心からアドリアーノへの復讐を強く止められなかったエレナだったが、今回の件ですっかり吹っ切れていた。
繰り上げて一歳年上の優位を生かし、完全に舵を握っている。
結局義賊達は騎士団への加勢に向かい、この場にはヴィルとジャックの二人だけが残された。
「…………俺は、お前を信じた訳じゃない」
「うん、分かってるよ」
ややあってジャックの口が開き、視線がヴィルを捉える。
その目は未だ刺々しさを内包しつつも、先までの濃密な闇の如き殺意は鳴りを潜めていた。
「お前がどれだけの善人だろうが、二面性の否定は出来ない。『影の木』は絶対だ。何かがある以上、心から信用なんて出来ない」
「うん」
「それでも、止めてくれた事だけは感謝してる。お陰で本当に大切なものを失わずに済んだ。責任は、もっと生産的な方向で果たしていく事にする」
「そうだね、それが良い。復讐心を抑え込んで、仲間の為に矛を収めた君を尊敬するよ」
「お世辞なんていらないって。ほら、そんな余裕があるんだったらお前も行けよ。俺は標的が帝国人っぽかったから見逃したけど、お前は誰も見捨てないんだろ?腹の中で何考えてるかは知らないけど、それだけは分かる。俺は少ししてからエレナ達の加勢に行くから」
そっぽを向きつつも多少は認める気になったのか、余計な言葉を添えつつヴィルを気遣うジャック。
これでジャックとの致命的な決裂は避ける事が出来、クラスの不安の種も大方片付いた。
――だが、これで終わりでは少々後味が悪い。
「ウィンスタント子爵の件は申し訳なく思ってる」
「…………あのさぁ、わざわざこっちが話題に出さないようにしてたのに、なんだってお前の口から蒸し返すんだよ」
呆れ顔を顰めて、ジャックは露骨に溜息を吐いた。
だがヴィルは視線を逸らさない、その目はどこまでも真っすぐにジャックの感情と向き合う。
「だってまだ諦め切れないんだろう?手を引くと言ったって、それで全て割り切れる筈が無い」
「当たり前だろ。0か100かなんて決められるかよ。今だって殺してやりたい気持ちを必死に抑えてるんだ。それに、あいつはクズなんだ。バレないように、また悪事を繰り返す。それを止められないのが歯痒くて、力不足が悔しい」
ジャックの選択の結果、エレナ達の未来は守られた、だがそれは現状維持であって解決ではない。
例え新たな問題が発生したとしても、解決しようとしていた所をヴィルが割って入った事で頓挫したのは事実。
であるならば、ヴィルにも責任がある。
「――ウィンスタント子爵については、僕の方で何とかしてみる」
「何とかって、お前な……」
呆れ顔を顰めて、ジャックは露骨に溜息を吐いた。
だがヴィルは視線を逸らさない、その目はどこまでも真っすぐに本心を語っていた。
「俺が言うのもなんだけど、平民の俺達じゃ限界がある。俺もお前も、殺すだけなら簡単だ。けど貴族殺しの大罪人が出たとなれば騎士団が黙ってない。すぐに特定されて、捕まって、最後は断頭台の上だ。それを分かってたから俺を止めたんじゃないのかよ」
「そうだね、当然殺せばそうなる。なら、殺さず捕らえれば良い、違うかい?」
「捕まえるっつったって、真っ先に試したけど騎士団は動かなかったぞ」
「正騎士団は良くも悪くも組織として大きすぎる。貴族のしがらみや派閥によって行動に大きな制限が掛かってしまっている。けどねジャック、罪を犯した貴族を取り締まるのは、何も正騎士団だけの特権じゃない」
「それって……」
「伝手があるんだ、そう何度も使える手じゃないけど、勝算はある。首を突っ込んで機会を台無しにしてはいさようなら、って訳にはいかないしね」
他人の人生を自分の存在を原因に曲げたのなら、その責任を果たすべきだ。
それが意図したものでなかったとしても、ましてや意図したものであれば尚更。
「それじゃあ僕は行くよ。これ以上、この街で好き勝手はさせない」
そう言い残し、ヴィルが駆けて行く。
ジャックとの激戦の疲労を感じさせない足取りで、あっという間に視界の外へ。
取り残されたジャックの脳裏には、一つの憶測が焼き付いていた。
―――――
「アイリーン」
「レイドヴィル様!ご友人の件はもう終わったんです?」
「全部という訳じゃないけど、ひとまずはね。後で皆の力も借りる事になるけど、今は吸血鬼の方だ」
銀翼騎士団の臨時拠点へとやって来たレイドヴィルは、地図の前で騎士達と話すアイリーンと合流を果たした。
ここへ来た理由は銀翼騎士団の展開を見て、手薄となっている所に向かう為だったのだが、まだアイリーンとその部下達は出発していなかったらしい。
聞けば近隣の避難誘導に協力していたようで、レイドヴィルは丁度良いと彼女に質問を投げ掛けた。
「アイリーン達はこれからどこへ?」
「西に展開した正騎士団が苦戦してるみたいだからそっちに。ダリオンさんは殿下とか来賓の警護に行ったみたい」
ダリオン率いる第二翼は元々要人警護に秀でた部隊であり、こうした非常事態で真っ先に王族の下へ向かうのは当然の判断だ。
一方アイリーン率いる第四翼は魔獣討伐に秀でた部隊で、避難誘導や警護も出来ない事は無いが専門外の分野、しかし今回の相手が吸血鬼とあって、彼女達以上の適任は銀翼騎士団には居ないだろう。
「出来る限り手薄な場所を教えて貰えるかな?西は大丈夫として、他はどうなってる?」
「えー、貴族街で第二翼、北の大通りで第一翼、東の港で第三翼が交戦中。市街地で第五翼が避難誘導をしてて、街全体に第六翼が分散して怪我人の治療に当たってるって感じかな」
「なるほど。そこにアイリーンが加わるなら僕は南だね。そうと決まれば急いで現場に向かおう」
吸血鬼達の目的は帝国人を殺害し、それを王国の仕業に見せかける事。
王国民を積極的に害するような事は少ないと考えてはいるが、戦いが長引けばそれも分からなくなってくる。
故にレイドヴィルは解散を促し、すぐにでも正騎士団に加勢しようとしたのだが――
「――お待ち下さいな、レイドヴィル様」
そこでレイドヴィルを引き留める声。
声の発生源に視線を向けてみれば、そこには車椅子に乗って近付いてくる一人の女性の姿があった。
機能性だけを追求した車椅子を使用し、機密情報であるレイドヴィルの名を知る人物はただ一人だけ。
「クレジーナ博士?いつこちらにいらっしゃっていたんですか?」
「つい昨日です。この街で何やら怪しげな企てをしている者がいると耳にしまして、この好機は逃せないと思い混ぜて頂きに参ったのです」
ぱんと手を合わせ微笑むクレジーナ・マリーンは銀翼騎士団と関わりの深い研究者であり、レイドヴィルを中心に様々な技術提供を行っている研究所の所長も務めている人物だ。
性格に多少の、多少の問題こそあるものの極めて有能な人材であるクレジーナは、普段は研究に没頭し外出する事も稀なのだが、逆に言えばそんな彼女をして足を運ぶ用があるという事。
そしてそれは、この緊急事態にレイドヴィルを引き留めるだけの価値がある用件。
アイリーン達第四翼が出発した拠点で、レイドヴィルはクレジーナに問い掛ける。
「それでは早速ですがご用件を伺いましょうか」
「あら、早い男は嫌われますわよ?うふふ、そう睨まないで下さい、火照ってしまいます」
「……もう行っても?」
「うふふ。冗談はこのくらいにして、本題に入りましょうか。――これよりレイドヴィル様にはわたしが持ってきた装備を使い、現時点の全力で以て敵勢力との戦闘を行って頂きます」
「全力、という事は……遂に出番が来ましたか」
「ええ。まだ最終調整の段階ではありますけれど、実戦データも取りたいので。この大きな舞台で活躍すれば名前を売るのと同時に疑念も晴らせて一石二鳥。この機会を逃す手はないでしょう?」
クレジーナはにこやかに言いながら、背後に控えていた研究員に合図を送った。
そうして次々に運び込まれてきたのは、ただ一人の騎士の為に製作された魔術具達。
幅広の四振りの剣、特殊金属を用いた軽装鎧、世界で一人しか扱えない魔道拳銃。
その他にも装備するものはあるが、この三つの魔術具を纏めた呼称こそ、
「――『銀聖三星』、ここに完成してございます」
「結局名称はそのままになったんですね」
「当然です。こんなに素晴らしい名前に変える必要性が?」
「……いえ。それより、以前よりも色々と変わっているようですね」
「ええ。勿論説明は致しますが、実践で、確かめて頂ければ!」
少女のような期待を双眸に宿すクレジーナに、不安の種は一切存在しない。
自分の作品に自信があるのは当然の事として、ぶっつけ本番でもレイドヴィルなら失敗しない、そんな絶対の信頼があるからだ。
剣を周りに置き、鎧を身に着け、拳銃を右腰に下げ、準備を進めていく。
「それから……これと、これを」
「ありがとうございます」
愛剣を受け取り、左腰に下げ、最後に仮面を受け取る。
白い仮面、少し前まで黒い仮面の事で頭を悩ませていたレイドヴィルは、口元が緩むのを抑えられなかった。
「どうかされましたか?」
「いえ、何でも。それでは、行ってきます」
「はい。後程使った感想をお聞かせ下さいね」
座ったまま頭を下げ、レイドヴィルを見送るクレジーナ。
仮面を着けた青年のマントには、銀色をした翼の生えた剣、その紋章が刻まれていた。
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