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第219話 荷を降ろす

 

 目下、影の中では壮絶な戦いが繰り広げられていた。

 深淵の中身は外から直接見る事は叶わない、それでも漏れ出る殺気や闘気といった見えない迫力のぶつかり合いが、戦いの激しさを物語っていた。

 エレナ達義賊に、ヴィルとジャックの戦いに介在する権限は無い。

 ジャックの『潜翠』は、基本的に他人を拒むように出来ている。

 これは彼が人間不信である事に起因しているのだが、影の中に入るにはジャックに触れているという条件を満たしていなければならないのだ。

 故にジャックを抱えたまま地面に叩きつけようとしたヴィルは影の中に沈み、既にジャックが影に入った以上援護する事も出来ない。


「どうなってんだ……ボスが勝ってるんだよな?」


「見えねぇから分かんねぇよ。けどあの影の中でボスに勝てる奴なんていねぇ。……いねぇよな?」


「どのみち信じるしかねえよ。俺達じゃボスの……ジャックの枷にしかならないんだから」


「お兄ちゃん……」


「ネスター……」


 強く握る拳には爪が食い込み、無表情の内にどれだけの悔恨が渦巻いているのか、ノーラやエレナには痛いほどよく分かる。

 だって同じ悔恨を、同じ無力感を持っているのはネスターだけではない。

 ノーラもエレナも、黒の仮面を被る者は皆同じ感情を共有していた。

 ジャックの個人行動は今に始まった事では無い。

 戦闘では誰よりも前に立ち、逃げる時は殿を務め、誰よりも危険と隣り合わせの道を歩いてきた。

 そしてそこに、隣に立つ者は誰も居ない。


「私達はジャックに託し過ぎたのよ。任せろなんて言葉に甘えて、重荷を背負わせてしまった。その結果、ジャックはアドリアーノを殺す選択を取った。自分を犠牲にしてでもって」


「「「………………」」」


 エレナの言葉に、義賊達が苦い表情を見せる。

 もどかしい気持ちを抱くのは今に始まった事では無い、ジャックは一人で背負い込む癖があった。

 ただしそれはジャックが悪いという話ではなく、エレナ達にもジャックに任せれば何とかなるという、信頼という名の怠惰があった。


「確かに、俺らボスに頼り過ぎてたよな。まだ子供だってのに」


「これまで殺すまではやって来なかった。その一線を超えさせちまったんだ」


「ようやく俺達の提案聞いて学園にも入ってくれたのに、これじゃ何の意味もねぇ」


「――なら、今度はあたしたちが支える番なんじゃないかな?」


 流れを変える一声を上げたのはノーラだった。

 その声は震えを帯びながらも、確かな意思が宿っていた。


「ジャックは一人で戦うことを選んだ。けどそれはあたしたちがなにもしちゃいけないってことじゃないよね?ジャックが選んだように、あたしたちだってジャックを一人にしない選択をすればいいんだよ!」


 ノーラはジャックと同い年であるネスターの妹であり、この中では最年少の義賊だ。

 年端もいかない少女が危険な戦いに身を投じる事については、これまでにも多くの者が再考を提案してきたのだが、その境遇から参加を認められてきた。

 故郷を失い、母を奪われた経験は人生を大きく変えたが、しかしノーラから子供らしさを奪うまでには至らなかった。

 ただ復讐や怒りのみで刃を振るうのではなく、同じ境遇の人達を救う為、同じ境遇の人達を減らす為に進み続ける彼女の姿は、義賊達にとってジャックと並ぶ心の支えだった。

 そのノーラが気丈にも一歩を踏み出し、ジャックを助けると言ったのだ。

 これで奮起しない者など、この中には居なかった。


「戦いましょう。ジャックと、私達のボスと一緒に」


 首を縦に振る動きが連続し、エレナ達の方針は決まった。


「けどどうやって影の中に入れば……」


「確かにな。ジャックが中にいる以上外から入る手段が無い」


「案外こうやってノックしたら開けてくれたりして……」


 ジャックに加勢する方策を練るエレナとネスター、その中で冗談交じりに提案したノーラ。

 コンコンと、入室の許可を取る時のように地面の影を叩いた瞬間、ぴしりと影全体がひび割れる。

 凍結する幻聴すら響く静寂、その中でゆっくりとノーラへ視線が集まっていき……


「あたしじゃないよ!?」


「もう、分かってるわよ!けど影が割れるのなんて初めて見た。何がどうなって……」


 これまでに見た事もない現象に、義賊達の間で戸惑いの声が上がる。

 初見の光景より何より恐ろしいのは、ジャックの魔力を引き裂くようにして噴出する膨大な魔力だ。

 影の中に居る人間は二人、自ずとその正体にも思い至る。


「今がチャンスかもしれねえ」


「ネスター?」


 何か思いついたように真剣な表情を見せるネスターに、エレナが疑問を覚えつつも期待の籠った眼差しを向ける。


「戦いの影響で影が内側から破られそうになってるなら、外側からも衝撃を与えれば中に入れるんじゃないか?」


「さすがお兄ちゃん!」


「ちょっと待って?もしそれでジャックの『潜翠』が壊れたら折角の……」


「――エレナ。俺達じゃヴィルには勝てねえよ」


「っ…………!」


 諭すような表情と言い方にエレナは咄嗟に反論しようとして、開いた口から言葉が出る事は無かった。

 ジャックとヴィルとの戦いは、これまでジャックの劣勢だった。

 ダンスパーティーの夜は初見殺しの側面が強いジャックとも互角に戦い、二度目の今日は完全にジャックの上を行っている。

 皆分かっていた、十数人で加勢したとしてもヴィル・マクラーレンには勝てない、それ程までに実力の差があるのだと。

 だがそれでも、


「それでも俺達はジャックを助ける。例えそれで目的が果たせなくなったとしても、ジャックの命より重要な目的なんかないだろ?」


「……うん。そうね!皆でジャックを止めに行きましょう」


「「「おう!」」」


 義賊達の意思はここに統一された。

 各々が武器を構え、魔力を高めて影と向き合う。

 その意思を曲げてでも、ボスを生き長らえさせる為に。


 ―――――


 闇が晴れ、光が遠のいた果て、ジャックは落ちていた。


「ッッ!?」


『潜翠』内部に居る状態で魔術を解除した事は一度も無いが、影が消失した事により地上に勢いよく弾き出された結果こうなったのだろう、と自分の冷静な部分が思考する。

 再びジャックに牙を剥く重力。

 一度は『潜翠』で逃れたが二度目はそうはいかない、消費魔力的に破壊された影を丸々再構築するには不足しすぎている。

 先はヴィルに邪魔されたが、この程度の高さであれば着地に支障は無い。

 着地場所の選定をしようと辺りを見回して、ふと視界に入る見覚えのある人物。


「エレナ!?なんでここにいるんだ!?」


「ひいいいいいいいいいい!?高いいいいいいいい!!」


 涙目で悲鳴を上げるエレナの姿に、ジャックが思わず目を剥く。

 いくつもの何故を瞬時に繰り返して解決、影が破られる直前、エレナもまた影の中に入り込んでいたのだ。

 如何なる手段を使ってかは分からない、ただ確かなのはこのままではエレナが地面に叩きつけられてしまうという事だ。


「掴まれ!」


「~~~~~~~~!!」


 手を伸ばし、掴まれ、抱え、魔力を爆発させる。

 影が開けない以上無効化は不可能、であれば軽減しか道は無い。

 身体強化を全力発動し、衝撃に備え――落下。

 土埃が舞い、エレナを抱えたままもんどり打って倒れる。

 二人は小さな擦り傷こそ負ったものの、重傷だけは避ける事が出来ていた。

 ほっと安堵の溜息を吐き、ジャックは立ち上がろうと顔を上げて……


「ここまでだ、ジャック。勝負はついた」


 そこには見下ろすヴィルと、突き付けられる銀の刀身があった。

 心配し駆け寄ろうとしていた義賊達もその足を止め、遠巻きから見守る事しか出来ない。

 不安げな表情を覗かせるエレナに服の裾を掴まれながら、ジャックは重い口を開く。


「……まだ、終わってない」


「いいや、終わりだ。妨害の魔術、影の破壊、そして今の着地。既に君の魔力は底を突いた。ここから逆転する手段はおろか、ウィンスタント邸の警備を潜り抜けて目標を害する余力はどこにもない。ここまでだ」


「ッッ…………!」


 淡々と述べるヴィルを睨むジャックに覇気が無いのは、ヴィルの言葉がどれだけ冷たくとも真実だからだ。

 元々さして多くも無いジャックの魔力は、ここまでの戦いでもう残っていない。

 完全に戦えないという事は無いだろうが、『潜翠』を使えない以上侵入経路と逃走経路の確保は不可能。

 詰みの二文字が、ジャックの頭の中でその存在を主張していた。

 諦め切れない復讐心と現実に挟まれ、ジャックの中を感情が荒れ狂う。


「っ~~~~~~~~!!……き、今日は、あき……らめて、やる。けど、お前の要求はあくまで帝国人の滞在中に問題を起こさないって事だよな。なら当然、今日と無関係の日にアドリアーノが死のうが関係ない筈だろ」


「僕は最初からそう提案していたつもりなんだけどね、ようやく理解してもらえたようで何よりだよ。復讐がしたいならそうするといい。止める権利は無い、僕にはね」


 ヴィルは復讐という行為そのものを否定しない。

 やらないに越した事は無いという普遍的な倫理観を持ちつつも、理性ではどうしようもない感情がある事を理解しているからだ。

 ただ、一つだけ願うのであれば。

 選択の果てに、少しでも多くの幸福に恵まれる結果があれば良い。


「ねえ、もうやめましょう……?」


「エレナ……?」


 静止の声は、ジャックの思いもよらない人物から上がった。

 エレナはジャックの服を掴む指先に力を込めたまま、震える声で続ける。


「復習したいジャックの気持ちは痛いほどよく分かる。私だって憎いし、殺してやりたいって気持ちはジャックにだって負けてない」


「なら何でだ?アドリアーノは滅多に人前に姿を現さない上に、足取りも追えない。今日までどれだけ苦労して、徒労に終わってきたか。学園に入ったのだって情報を集めるため、全部あいつを殺すためにやってきた事だ!今更やめられるわけないだろ!?」


「けどねジャック。私は憎む気持ち以上に、あなたのことを大事に思ってるの」


 エレナは不安を抱えた弱気な表情を真剣なものへ、ともすれば怒ってすらいる表情へと変えてジャックの目を見る。

 ジャックの瞳は、何かに怯えるように揺れていた。


「憎悪する感情も、復讐したい気持ちも分かるよ。私も同じだし、きっとネスターもノーラも同じ。……ううん、ジャックは、ジャックだけは違うんだよね?きっと憎しみだけじゃなくて、私達がこうなった責任なんてものも抱えてるんじゃないの?」


「それを分かってるなら、尚更やめられるわけないのは理解出来るだろ?母さんは間違えた。悪気がなかったとしても、間違えて犠牲者を出した以上責任がある。母さんに出来なかった以上、息子の俺が責任を果たさなきゃならないんだよ……!」


 ――強迫観念、きっとジャックをここまで歩かせてきたモノの正体はそれだ。

 エレナも、ネスターもノーラも、ジャックをボスと仰ぐ義賊達も、皆一様に過去に囚われている。

 それはアドリアーノを発端とする過去であり、別の貴族に虐げられた過去であり、魔獣に襲われた過去である。

 皆原点こそ違えど無念と後悔を抱えて集い、二度と誰にも同じ思いをさせたくない一心でここまで歩いてきた。

 励まし合いながら、支え合いながら、助け合いながら、ここまで。

 ではジャックはどうか。

 暗闇を歩く人々の指標となり、常に先頭を歩き、誰にも頼らず、寄せられる期待に応え続けてきた。

 彼が寄り掛かれる者は居たか、彼を本当の意味で支える者は居たか、彼の理解者は居たのか――答えは否だ。

 ジャックは義賊の集団においてボスを務め人に囲まれながらも、自身に馴れ合う資格無しと心を許さなかったのだから。

 しかしこれがジャックに責任があるとは一概に言えない、現状に甘んじて事態を放置してきた責任は自分達にある、少なくともエレナはそう考えていた。

 だからこそ、ジャックが引き返せなくなる前にその手を取らなければらないのだ。


「…………確かに、ジャックのお母さんは間違えたのかもしれない。けど、信じたのは私達のお母さんだし、お母さんだって何も考えずに信じた訳じゃない。ジャックのお母さんが咄嗟の場面で信頼される人だったからよ。今でもありがたく思う事はあっても、恨みや責任なんてあるはずない。それにね、()()()()()()今のジャックの方が大事」


 はっきりと、何でもないような表情で言い切ったエレナに、ジャックの開いた口が塞がらない。

 怠慢によって故郷を滅ぼし、卑劣にも証拠隠滅の為に家族を殺した男への復讐などどうでもいいと、それよりも自分の方が大事だと言われたのだ、その驚きようも当然と言える。

 ジャックの驚きはそれだけではない、エレナの言葉に否やを唱える気配の無い仲間達にも向けられていた。


「別にアドリアーノを許した訳じゃないわよ?あれは人を不幸にする人種だし、対処は必要だと思う。けど私は復讐なんてしなくてもいい、ただ皆で無理なく手の届く範囲で、少しでも多くの人を助けられればそれでいいの。ああいう巨悪は本来取り締まるべき騎士団とか国に任せておけばいいのよ。元々私達がやってた事だって国の連中の尻拭いみたいなもんなんだし、やめたって元の管轄に戻るだけなんだから」


 果たして唖然とするジャックの視界の端、ヴィルが何とも言い難い表情をしているのには気が付いただろうか。

 もしこの時に気が付いていたなら、物語は少し違う道程を歩んでいたかもしれない。


「俺の、ことなんてどうでもいいだろ。全部奪われたじゃないか。俺達の手で、報いを受けさせないと……」


「そうやって自分が傷つくのも顧みずに、今の道を進むの?……あくまで頑固に意思を貫くって言うなら、私も意地悪に言うわね――アドリアーノを殺したとして、私達はその後どうなるの?」


「それ、は…………」


 返答に詰まるジャック。

 正直な所、ジャックは後の事など考えていなかった。

 ただ責任を果たし、復讐を果たし、区切りをつけたかっただけ。


「仮面の義賊の名前はもう随分売れてる。今はまだ取り締まりも緩いけど、貴族を殺したとなればそれも本格化する。もうこれまでみたいには動けなくなるわ。それどころか、捕まって死罪になるかもしれない。ジャックなら逃げられるだろうけど……」


「ま、待て待て!俺は一人で逃げたりなんかしない!」


「分かってる。でも、いつかきっと追い付かれる日が来る、全員は逃げ切れない。それでも続けるの?」


「俺は…………………………!」


 涙すら流し、ぐるぐると視界を回しながら思い悩むジャック。

 それはヴィルから見ても苦渋の選択だった。

 半生を捧げた復讐を諦め仲間の絶対の安全を取るか、それともこのまま地獄の果てまで追い詰めて復讐を遂げ、仲間と共に茨の道を進むか。

 仲間は言うまでも無く大事だが、それで半ば生きる意味と化した復讐を簡単に諦める事など出来る筈が無い。

 その葛藤も、苦悩も、狂気も、絶望も、もうお馴染みのものだ。

 だが、幼馴染の眼にはそうは映らなかったらしい。


「もう!相変わらず優柔不断ね!仲間とアドリアーノ、どっちが大事なの!?」


「そりゃ、仲間だけど…………」


「じゃあ仲間と復讐、どっちが大事なの!?」


「待ってくれ!流石にもうちょっと考えさせ」


「まだ復讐するの!?」


「…………しません」


「それでよし!」


 肩と視線を落として押し切られたジャックを見て、エレナが満足げに胸を張る。

 それは始まりからは想像も出来なかった終わり、日常にありふれたごく平凡な仲直りのような結末。

 だがどんな終わりだろうと間違いなど無い、劇的な開幕が劇的な終幕に繋がるとは限らないのだから。

 ヴィルが剣を降ろしたのを見て、義賊達がボスの下へ駆け寄って来る。

 泣かれ、叱られ、様々な言葉を掛けられるジャック、その表情は憑き物が落ちたように晴れやかだった。

 かくして義賊の物語は一旦の決着を見、ドラウゼンは平穏の半分を取り戻した。

 残る半分の平穏は、未だ吸血鬼が握ったまま。


お読み頂き誠にありがとうございます

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感想等ありましたら顔文字絵文字、何でも構いませんので是非是非('ω')

誤字脱字等発見されましたらご一報下さい

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