第214話 災いの中で 二
「食事は美味しい、市場もどれも目を惹くものばかり。観光としてはこれ以上無い娯楽ではあるのですが……」
「これで余計な業務が無ければもっと楽しかったのでしょうけれど」
「業務は流石に非道くないか?折角のイケメンとのデートなんだ、もっと楽しそうな顔しようぜ!」
貿易都市ドラウゼンの大市場で、二人の少女と一人の青年が観光を楽しんでいた。
実にややこしい字面だが、この場合特段楽しんでいない二人の少女と、この上なく楽しんでいる一人の青年と言うのが正しいか。
青年の名はフェロー、少女二人の名はエリオネットとマルセリアと言う。
楽しそうなフェローに反して、エリオネットとマルセリアが渋々ながらも彼に付いているのには、とある理由があった。
「別に全く楽しくないとは言っていないではありませんか。フェロー様の見た目が特別優れているというのも決して否定しません」
「けれど毒を盛った手前、罪悪感を利用して連れ回されているという現状が不快だというだけですわ」
「それどこからどう見てもそっちの過失だよな!?俺まだクラスメイトから見たら帝国との交流戦前日に悪酔いして二日酔いになった阿呆なんだから、埋め合わせは要るだろ!」
信じられないという顔で訴えかけるフェローに、二人は揃って嘆息する。
フェローに毒を盛ったのはあくまでアステローゼの指示に従ったからで、二人にフェローに対する悪意があった訳では無い。
しかしだからと言って主人を売るような安い忠誠心は持ち合わせていない為、こうしてフェローに付き合っているのだ。
案内自体は助かるし(住人でもないフェローがどこまでこの街を理解しているのかは疑問だが)、話術は達者だし、何より顔が良いので歩いていて気分が良い。
口ではなんだかんだ言いつつ、ドラウゼン観光を満喫していた、その時だった。
「危ねえ!!」
フェローが剣を抜き、疾風が走る。
マルセリアが乱れる髪が落ち着いてから見てみれば、自身に斬り掛かってきた相手に応戦するフェローの姿があった。
ぎりぎりと金属音を立てる鍔迫り合い、これを制したのはフェロー。
纏う空気で相手の体勢を崩す『凩』を発動し、生じた隙に刺突が滑り込み、男の腹を刺し貫いた。
突然の刃傷沙汰に人々は逃げ惑い、マルセリアも思考が追い付かない。
だがその背後からは別の脅威が迫っていて――
「はああああ!!」
気迫のこもった声と共にエリオネットが突進し、マルセリアを害そうと刃を振るう刺客を吹き飛ばす。
相手も女とはいえ軽々数メートルの距離を吹き飛ばしたのは、エリオネットが大量の土塊を纏っていたからだ。
交流戦でも見せた魔術『金剛身』、咄嗟の事とは言え地面から汲み上げた質量は尋常では無く、そんな突進をまともに喰らえば生存すら危ぶまれる程。
それでもエリオネットは、マルセリアと刺客の命を天秤に掛ける事すらせず選択した。
「油断ですよ、マルセリア」
「助かりましたわ、エリオネット。それからフェロー様も」
「おう!なんかついでっぽいが感謝は素直に受け取っておくぜ」
「マルセリア、それよりも私とフェロー様に支援魔術を。『金剛身』はマルセリアの支援無しには重すぎます。それに相手はまだ死んでいませんよ」
未だ警戒と厳しい表情を解かないエリオネットに、マルセリアの表情も硬く強張る。
フェローの刺突とエリオネットの突進、どちらも致命傷になるには十分過ぎる一撃だったが、結果は順当にとはいかなかった。
刺された男と同様吹き飛ばされた女も何事も無かったかのように立ち上がり、再び武器を構えている。
「……手応えはあったんだけどな」
「私も確かに。治癒魔術……じゃ、ないわよね」
石畳の隙間に吸われた大量の血も、折れる感触のあった骨も確かにあった現実だ。
防御されていないのは確実、何かが起こったとすれば後だが、治癒魔術が使われた気配は無かった。
異様な光景に三人の足が止まる中、男がニヤリと口を歪める。
「初手の奇襲で殺ったと思ったんだがなぁ……良い反応だ。まだやれるな、テュリン」
「……当たり前でしょ。あー痛い。あの岩女だけはあたしが殺す」
闘争心と殺意を剥き出しに、闖入者が武器を構える。
受けた傷は、映像が逆再生されたかのように塞がっていた。
―――――
「ウ、ラアアアアッ!!」
『ふんッ!!』
劫火を纏う剣と魔力渦巻く拳が打ち合わされ、熱風が吹き荒れた。
直視しているだけで目の水分を持っていかれそうな衝撃はもう何十回と繰り返された応酬の副産物、それを間近で浴びているヴァルフォイルとレオノーラは余波だけでも相当な体力を消耗している。
実力が拮抗していればいるだけ交戦時間も伸び、それだけ傷は積み重なっていく。
故に、天秤が傾いてから決着までは一瞬だった。
――先に膝をついたのは、レオノーラの方だった。
「勝負あり、だ……」
勝利宣言をするヴァルフォイルは身体中に打撲痕を作りながらも、その両足で確かに立っている。
対するレオノーラは両手におびただしい火傷を負っており、勝敗は歴然だった。
「そこまでよ。勝者ヴァルフォイル。今保護術式を解くから動かないで」
審判を務めていたバレンシアが試合結果の判断を伝え、保護術式を操作する魔術具に触れる。
しばらくあってヴァルフォイルとレオノーラの輪郭が曖昧にぼやけ、戦闘開始前の位置へと戻った。
直前まであった打撲痕や火傷は綺麗さっぱり消えて無くなり、消費した体力や魔力も元通りだ。
『此度も負けたか。同じ土俵で一度負けたのだ、剣を握ればさぞと思ってはいたがこれ程とは』
「シア、何て言ってんだ?」
「今回も負けた。一度負けているのだから剣を持てばより強くなるとは思っていたけれど、これ程とは思っていなかった。だそうよ」
「そうか。十回やりあって十回勝てる戦いじゃなかった、次も負けねぇって伝えてくれ」
「……だそうよ」
『ふ、そうか。いつになるかは分からないが、次も勝つ。そう伝えてもらえるか』
「…………だそうよ」
「そうかそうか!なら……」
『ねえ、見ているあなた達も手伝ってもらっていいかしら?私、別に通訳をする為に付いてきた訳ではないのだけれど』
『は、はい!』
慌てて駆け寄って来るローゼン・クレーネの生徒達を見てバレンシアが嘆息する。
本来であれば、ヴァルフォイルの模擬戦で審判を務める予定など無かったのだ。
ニアがヴィル達を誘って市場を見て回るというから付いて来てみれば、ヴィルはアステローゼに誘われてどこかに出掛けており、その他の生徒もそれぞれ出掛けた様子。
珍しい事もあるものだが二人でもいいかと屋敷を出ようとした所でヴァルフォイルに捕まり、現在に至るという訳だ。
観戦するのも嫌いでは無いし、別に退屈もしないが、交流戦という一大イベントの次の日にまでというのは何か間違えている気もする。
そんな複雑な心境のバレンシアだったが、状況は一変する。
「きゃああああああああ!!」
魔術が使われた気配が発生し、遅れて女生徒の悲鳴が上がった。
その方角を見てみれば、ローゼン・クレーネの生徒達を襲う男女入り混じる集団の姿があった。
既に血だまりに伏せている者も居て、バレンシアの意識が瞬時に切り替わる。
「離れなさい!」
鋭い踏み込みと共に距離を詰めて一閃、止めを刺そうとしていた女の腕を斬り飛ばす。
動揺すら見せず反撃、その反応速度には驚かされたがその程度の動揺を長引かせるバレンシアではない。
間髪入れずの蹴脚、しなるつま先が腹に突き刺さり、余す所なく伝わった衝撃が女を吹き飛ばした。
その結果を見届けず、バレンシアは次へ移ろうとして――
「っしゃオラァ!!」
『吹き飛べ下種が!』
爆発音と破砕音が立て続けに鳴り響き、冗談のように人が宙を舞う。
肉が地面に叩きつけられる嫌な音がしたかと思えば、次の瞬間には火柱が立って敵を焼き焦がす。
一般人であれば過剰防衛確実な暴挙に出たのは当然、
「クッソ最後の一人取られたァ!ちと時間かけすぎたかぁ?」
『ここは何とか勝ち越したか。しかしこの賊、妙な手応えだな……』
競い合うように敵を倒していったヴァルフォイルとレオノーラだ。
地団駄を踏んで悔しさを露わにするヴァルフォイルは相変わらず何も考えていなさそうだが、レオノーラの方は敵の違和感に気付いたらしい。
腕を落とし蹴り飛ばしたバレンシアも、その手応えが普通の人間と異なる事を察知していた。
その違和感はただの勘違いではなく……
『……まだ立つか』
「腕の再生も異常ね。治癒と言うよりクォントに近いのかしら」
斬られ、殴られ、燃やされた敵が次々と立ち上がってくる。
肉が盛り上がって傷跡を覆い隠し、血が腕をくっつける過程を目撃した生徒の一部からは嗚咽の声が聞こえた。
更には身体の半分近くが炭化した者まで動きを見せており、その常軌を逸した光景にどよめきが起こる。
正視に堪えない異常事態、だが、
「ハッ!再生すんならそれを上回る火力で焼くだけだ!そうだろシア!レオノーラ!」
灰の山を踏み潰し、勢い良く啖呵を切るヴァルフォイル。
その表情には一欠片の恐れも無く、ただ純粋な戦意のみがあった。
これには思わずバレンシア達も呆気に取られ、
『ふ。言語は違えど言いたい事は分かるぞ。ではここは一つ勝負といこうか。どちらがより多く賊を屠れるか』
「絶対ぇ負けねぇ……!」
「やっぱりあなた達通訳要らないわよね?」
言語を超越して通じる戦意に呆れつつ、バレンシアも遅れまいと剣を構える。
三者三様に己の武器を構え、一斉に駆け出す。
仲間内で競うような戦闘は狩る側と狩られる側の立場を入れ替え、人外達を呑み込んでいった。
―――――
平和だった貿易都市の各地で戦闘が勃発していた。
交流会の影響もあってつい数時間前まで普段以上の賑わいを見せていた市場も、今は悲鳴と怒号が混じり合う混沌が渦巻いている。
金属と金属がぶつかって奏でる硬質音、生活の基盤を破壊する爆発音、怯懦を吹き飛ばす雄叫び。
騎士団も事態の収束に動いてはいるものの、相手が吸血鬼とあっては苦戦を免れない。
既に街全体に広がった戦禍だが、意外な事に命を奪われたという意味での犠牲者はゼロだ。
その原因として挙げられるのは、敵の狙いがあくまで王国側の自作自演であると印象付ける点にある為帝国の人間しか攻撃していない事、そして生徒達の抵抗が想定されていたよりも激しかった事だろう。
交流戦を通して得た絆は、交流会が終わった後も変わらなかった。
王国と帝国、アルケミアとローゼン・クレーネ両校の抵抗を受ける吸血鬼達は、思うように任務を達成出来ないでいた。
しかし想定外の事態、これがもたらしたのは決して利益だけではない。
騒乱によって生じた警備の隙、混乱に乗じて暗躍する者達の姿があった。
―――――
「……なあボス。本当に騎士団の加勢に行かなくていいのか?あの爆発音からして市民に被害が出てる可能性もあるんじゃないのか?」
「帝国の自作自演に付き合って捕まるリスクを冒す必要は無い。俺達の標的はアドリアーノ・フォン・ウィンスタントただ一人だ。奴はこれまでの貴族と違って常に王国中を動き回って足取りを掴みにくい。この好機を逃せば次は五日分からないんだ、他に構う事は無い」
「けどよ……」
「……行きたいなら行けばいい。ただし介入はし過ぎない方が良い。吸血鬼騒動が収まれば次は俺達だ。俺は……一人でもやる」
「ジャック……」
覚悟を滲ませる重い言葉に、エレナは思わず名前を呼んでしまう。
黒い仮面の義賊と呼ばれる義賊達の先頭、背を向けるボスが一体どのような表情をしているのか、誰にも覗く事は出来ない。
仮面の有無は最早関係無い、例え仮面を着けていなかったとしても、その考えを推し量る事は出来なかっただろう。
アドリアーノは構成員にとっては知る人ぞ知る腐敗した貴族の一人でしかなく、殺す事に抵抗を覚える者も多い。
だがボスことジャックは当然としてノーラ、ネスター、エレナにとって今回のそれは善行ではなく復讐だった。
エレナにも怒りはある、憎しみはある、それは被害者として当然の権利で、罪を償わせたいと行動に移す事自体を間違いだとは思わない。
けれど復讐によって友人が道を踏み外すのであれば看過出来ないと思うのだ。
悪党に人生を棒に振ってまで何かをする価値は無いと、少なくともエレナはそう考えている。
仮にノーラやネスターが道を踏み外そうとしていたなら、エレナは何の躊躇も無くその手を掴み引き留めただろう。
だがジャックは、ジャックだけは止められない。
だって分かってしまう、怒りも憎しみも無力感も同じものを持っているのに、そこに更に責任まで背負ってしまっている。
その重さだけが上辺だけ想像出来ても、本当の意味で理解してあげられない。
だからエレナに、いや、誰にもジャックの手を掴む権利は無い。
誰か、誰でも良い、事情を知らず、権利も持たず、ただ純粋な力で以て理不尽にジャックの足を止めてくれる、そんな存在が居たのなら――
「――結局そっちを選んだんだね、残念だ」
声がした方角、家の屋根から一人の人影が飛び降りてくる。
演劇の一幕を切り取ったような登場の仕方さえ様になる、制服に身を包んだ銀髪の青年。
正義の味方を体現したような風貌を前にすれば、黒い仮面と装束を纏った義賊達はさながら悪役、そう思わせるだけの差があった。
「君は僕が止める。同じ寮の隣人のよしみだ、全力で行くよ、ジャック」
銀の刃が鞘から抜き放たれ、剣気が場を覆い尽くす。
圧倒的な気迫に呑まれ、誰も反抗する気など起きないとばかりにただ見ているだけ。
悪人とは言え人を殺める事に躊躇いがあった者は言わずもがな、覚悟を決めた者もたった一度の敗北の記憶が心を折る。
ただ一人、ジャックを除いては。
「…………」
無言の抜刀、それが開戦の合図だった。
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