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第213話 災いの中で 一

 

「という訳で、もう(わたくし)に役割に殉ずる気はありませんわ。妹に関しては……難しいですが手が無いではありません。元より私が死んだとして命が保障される訳でも無し、賭けに出てみる事にしましたの」


 カフェの店内、二人だけの空間でアステローゼが淡々と返答を締め括った。

 毒の入ったポットの中身はとうに冷め、既に湯気は立っていない。

 口寂しさを誤魔化すように茶菓子も食べきってしまい、テーブルの上は随分と寂しくなっていた。

 だがそれと反比例するようにアステローゼの纏う気配は明るく気楽なものへと変わっており、大きな荷を降ろせた様子だった。


「賭け、ですか」


「ええ。皇族相手に表立って拘束するような真似は出来ないでしょうから、多少の猶予はある筈です。検閲に掛からない手紙で手勢を動かせればといった所ですが、これはここで話す事ではありませんね」


「そのご決断に感謝を。月並みな事しか申せませんが、アステローゼ様と妹君が無事帝国で再開出来ることを祈っております」


「ありがとうございます、ヴィル様」


 会話自体はどこか儀礼的だが、その内側には本気で相手を慮る心が込められていた。

 アステローゼは笑みを深くするでもなく、しかし柔らかい眼差しでカップを指先で弾く。


「とは言え課題はまだ山積みですわよ。差し当たっては……」


「交流戦以前からアステローゼ様の命を狙う賊への対処、ですね」


「はて……?」


 ここから前向きな対処法の話をすると思い込んでいたヴィルに返って来たのは、間の抜けた疑問だった。

 突如時間が止まったかのように静寂が流れる。

 ややあって、双方の思考が解凍され再び時は動き出す。


「交流戦前から、というのは少々心当たりがありませんね。先程の私が狙われているというのは、私が『起爆剤』としての役割を持っている事を察しての牽制ではなかったのですか?」


「確かにそうですが。私はてっきり王国の仕業に見せかける為の刺客なのかと……」


「いえ、それでは辻褄が合いませんわ。筋書きはあくまで交流戦で勝利した帝国を疎ましく思ったアルケミア学園生徒によって害されるというもの。もしこれに外れる形で事態が動いているのならば、それは別の思惑が動いているという事……」


 ヴィルとアステローゼの表情が険しくなり、空気が重苦しく沈む。

 と、そこでアステローゼが広い二階唯一の出入り口に視線を向けた。

 それと同時にヴィルが立ち上がり、腰に下げていた剣の柄に手を掛ける。


「ヴィル様」


「ええ。理解しております」


「――来ますよ」


 瞬間扉が蹴破られ、五人の刺客が姿を現す。

 全員が女性、というよりも少女、ヴィルと同年代に見える容姿は、交流会の開会式で見覚えがあった。


「まさかアステローゼ様のクラスメイトが命を狙いに来るとは」


「そう驚く事でも無いでしょう。貴族は派閥社会、クラスに集まる貴族の子女全員が同じ思想の親を持つなどあり得ませんもの。彼女達は倒してしまって構いませんが、一つだけ」


「心得ております。殺しはしませんよ」


 敵、もとい帝国強硬派の狙いは戦争の大義名分を得る事であって、アステローゼを害するのは手段の一つに過ぎない。

 アステローゼ殺害の罪を王国生徒に擦り付ける方法をこの場の最善とするならば、自分達帝国貴族が王国生徒に害される方法は次善策、これも阻止しなければならない。

 ヴィルは剣の柄から手を離し疾走、無手で相手を無力化する方針を固めた。

 五人の少女は散開しアステローゼを狙う構え、ヴィルの実力の程は交流戦で嫌と言う程知っているだろうし、当然の判断と言える。

 だが分散した程度でどうにかなると考えているのならば、それはヴィル・マクラーレンと言う人物を測り切れていない証左だ。

 まずは正面、自身の足止めを目的としているであろう少女とヴィルは相対する。

 相手が選択したのは大上段からの一閃、ただしその手は震え、視線には怯えが見える。

 ならば決着は一瞬だ。

 振り下ろされる剣を横殴りに弾き、懐に入ったヴィルの拳撃が鳩尾に突き刺さる。

 内部に浸透する衝撃は内臓を撹拌し、一撃で少女の意識を奪った。

 続けて横を抜けようとする少女に足を掛け、浮いた身体に横薙ぎの蹴脚、入口からここまで十数メートルを駆け抜けてきた少女は扉まで逆戻りさせられる。

 もっとも、激しく地面を跳ねた少女が意識を取り戻すのは数時間後の事だったが。

 それを見届ける事無くヴィルは振り返って駆け出し、既に後方へ抜けていた少女の首を掴み、超振動波を送り込む。

 脳震盪を起こした少女を放置し次へ、残る二人はまだアステローゼまで届いていない。

 当のアステローゼは優雅に腰掛けたまま、自分が動く気はないらしい。

 その事に溜息を吐く暇すら惜しんで、近い一人に追い縋るヴィル。

 背後に張り付かれた事を尋常ならざる気配で察した少女は咄嗟に後方へ剣を振るうが、ヴィルは既にそこに居ない。

 少女の頭上、跳び越えるヴィルは少女の背後に着地し、その背に掌底を当て発勁。

 背中から肺を突き抜ける痛打を貰った少女は白目を剥き、受け身も取れずその場で倒れた。

 最後の一人はヴィルには目もくれず、ただアステローゼ目掛けて直進を続けていた――だがそれでも尚ヴィルの方が速い。

 並走するヴィルは少女を背後から襲い、その首を締め上げる。

 頸動脈を圧迫され藻掻く少女だが、その手には既に剣は無い。

 程なくして抵抗する力が失われ、ヴィルの腕の中で少女は脱力した。

 失神した少女をそっと床に横たえ、立ち上がったヴィルはどうにか守り抜けた事に安堵の溜息を吐きつつアステローゼを見るが、返ってきたのはどこか批難するような目つき。


「女性相手に随分と乱暴な真似をしますね。これは私も評価を改める必要があるやも知れませんわ」


「そう仰るのであればご自分でも戦って頂きたい所でしたがね。ともあれご要望通り誰一人として殺してはいませんよ」


「そのようですね。ひとまずの脅威は退けられましたか」


 倒れた少女達を縛って無力化しながら、ヴィルは現状を整理する。

 今の刺客は十中八九、アステローゼが毒による自害を行わなかった為に襲い掛かってきた保険の一つと考えられる。

 だがあの程度で保険として機能すると考えるような頭であれば、ここまでおおそれた事は考えられないだろう。

 或いはだからこそという可能性もあるが、今回は除外して良い。

 そして何より……


「ですが本命はまだですね。僕が戦った吸血鬼の姿が見えませんでした」


「吸血鬼?それが見間違いでないのであれば、敵は恐らく帝国人魔混合特務部隊の六番、鮮血部隊ですわね」


「鮮血部隊ですか?公表されていない部隊ですね」


「ええ。私も直接知る訳ではありませんが、純粋な人間ではなく、魔獣や魔族との混ざりものを運用する部隊の中でも、とりわけ吸血鬼に特化した部隊のようですね。一体どこからそのように珍しい者を徴用してきているのか……察するのは難しくありませんが、気持ちの良いやり方ではありませんわね」


 ヴィルが戦った女吸血鬼は強敵だった、考えたくは無いがあの時周りに居た敵が女吸血鬼を下回っているという保証は無い。

 仮に同程度の力を持つ吸血鬼が十名以上居る場合、どう配置するのが効果的か――


「すぐにクラスメイトと合流しましょう。ここからなら闘技場を借りて模擬戦をしているヴァルフォイルとレオノーラ嬢達が近いと思います。ちなみにですがアステローゼ様、レオノーラ嬢が裏切っている可能性はありますか?」


「ありえませんわね。レオノーラはあのように戦闘狂そのものな性格をしていますが、強硬派のように戦争がしたい訳ではありませんの。戦いはあくまで腕試し、命まで取ってしまっては戦う機会が一つ減ってしまう、というのが彼女の主張のようですね」


「なるほど。であればやはり闘技場に避難するのが最適かと。強硬派の狙いが王国に非を作る事ならば民を狙うとは考えにくいですし、可能な限り生徒で集まって襲撃に備えるべきかと」


「ではそのように。私が動向を把握している生徒の居所をお教えしましょう。『反音響界』があればある程度の精度で……と、これは……」


 何かを感じたアステローゼが眉を顰めた、次の瞬間だった。

 遠く、爆発音と共に煙が上がり、街が騒然とした空気に包まれる。

 何事かと音のした方角に視線を向ける者、先んじて避難を始める者、事態の収束に動く者。

 眼下、二階から覗く景色は直前から一変していた。


「どうやら当校の生徒も標的になっているようです。ドラウゼン各地で戦闘が勃発、幸いにも犠牲者は出ていないようですが、怪我人は複数いますわね。流石に軍人相手では生徒の勝利に期待は出来ませんわね」


「急ぎ救援を向かわせましょう。アステローゼ様、お手数ですが音魔術で可能な限り集団で中央の闘技場まで向かうようお知らせ頂けますか?」


「受けましょう。ただし帝国の情報については多少伏せさせてもらいますわよ。王国と帝国の戦争は回避したい所ですが、その為に必要以上の不利を背負う気はありませんので。――それからもう一つ。吸血鬼らしき音はしませんが、貴族街付近で武装した集団が何やら企んでいるようですわね」


「…………そうですか」


「誰かは言わずとも知っているようですわね。対処はヴィル様にお任せします。これで貸し借りは無し、という事で」


 得意げに微笑むアステローゼに苦笑しつつ、ヴィルは内心で嘆息する。

 警告はした、それでも尚進むというのであれば、実力で止める他に手段は無い。

 それにしても、この混乱の最中において自分の都合を優先する姿勢が、ヴィルには意外だった。

 いつも控えめで、自己主張を押し通すのが苦手で、誰かと衝突するより流される事を選ぶ、そんな人間だと思っていたからだ。

 実力を隠している事は分かっていたがその振れ幅、何より心の内に燃え盛る炎の色までは見切れなかった。

 理由を知らなければならない、平穏を乱して尚目的を果たそうとする動機を。

 吸血鬼の相手を出来なくなるのは惜しいが、ここでクラスメイトが道を踏み外すのを黙って見ている事など出来ない。


「――君の目的は一体何だ。ジャック」


 災いの中で起きようとする災いに、ヴィルは一人問い掛けたのだった。


お読み頂き誠にありがとうございます

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