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第212話 アステローゼの告白

 

 王国と帝国、二国の緊張状態解消を目的に催された学生親善交流会、その目玉である親善交流戦は王立アルケミア学園の勝利に終わり、翌日の閉会式も滞り無く終了した。

 閉会式の最後には開会式同様、二国の代表生徒が軽い演説を行う機会があったのだが、アステローゼが話す際には全力を尽くして戦った姿を見たからか開会式のような非歓迎の空気は無く、交流会の目的は達成したと言えるだろう。


「それにしても先日の交流戦最後に見せたあの技、実に見事でした。参考までにどのような技だったのか解説をお願いしても?」


 そうして交流会を成功に終えた最終日、明日には帝国の来賓も帰国するという事で、生徒達は思い思いの時間を過ごしていた。

 ドラウゼンの市場を観光する者、その案内を買って出る者、交流戦では飽き足らず模擬戦をする者、目的無く都市を彷徨う者。

 多様な時間が流れる中、ヴィルはアステローゼに誘われてとあるカフェの二階へとやって来ていた。


「勿論ですとも。『鏡雷(かがみいかづち)』は居合斬りに似ていますが、納刀はしません。腰溜めに構えた剣をすれ違いざまに高速で一撃目を振り抜き、剣の勢いを活かして身を捻りながら二撃目。対象の背後を取る二段構えの技なのです」


 優雅な所作でカップを傾けるアステローゼとそれに倣うヴィル、この二人以外に客の姿は無く、都市一番の高級店故に店員もよく教育されているのか、呼ぶまで姿を見せないのでどこか物寂しい雰囲気が漂っている。


「そういう理屈ですの。正直言って、最後のヴィル様の動きは完全には見切れませんでした。或いは正面から剣ごと斬られたのかとも考えましたが、なるほど背後とは。お見事です」


 アステローゼ程の身分になれば、他国の店であっても貸切るのは当然と言えるが、護衛の一人も居ないのは一体どういう了見だろうか。

 警戒していないのならば迂闊であるし、信用したにしてはやはり迂闊だ。

 そんな事をヴィルが考えていると、音を立てずカップを置いたアステローゼが口を開く。


「そう警戒しないで下さいな。もう毒を盛るつもりもありませんし、今の手持ちでヴィル様を仕留められるとも思っていませんわ」


「手札が揃っていればやるとも取れそうな発言ですが、聞かなかった事にしておきましょう。ですが私が警戒しているのは私が狙われる可能性ではなく、アステローゼ様が狙われる可能性なのです。警戒し過ぎて損をするという事も無いでしょう」


「おや?(わたくし)が狙われていると?」


「あくまで可能性のお話です。王国と帝国の不和を狙う者が居るとすれば、最も確実な手段はアステローゼ様を害する事ですからね。刺客が例え王国の手の者であれ、帝国の手の者であれ、ね」


「そうですか。ですがもし襲われたとしてもヴィル様が守って下さるのでしょう?でしたら何も心配は要りませんわね」


「……ご期待に沿えるよう、最大限努力はしましょう」


 薄く唇を引き延ばすように笑うアステローゼは交流戦の意趣返しか、ヴィルをからかって遊んでいるらしい。

 端的に言ってしまえば面倒の一言だが無下にする事はヴィルには出来ず、と言うよりも彼女の言葉を無下に出来る人物の方が稀有と言うべきか。

 そうして雑談に付き合いながらも、ヴィルはアステローゼが狙われている事実については伏せた。

 余計な情報を与えて王国が損害を被らないようにと、アステローゼが好奇心から行動するのを避ける為である。

 ともあれもう三十分は続くお茶会、紅茶も茶菓子も一通り楽しんだという所で、紅茶を殆ど一人で飲み切ってしまったアステローゼが鈴を鳴らし、代わりを持って来させる。

 店員が湯気の立つポットを持って来て一礼、退出すると自らの手でカップに紅茶を淹れるアステローゼ。


「紅茶がお好きなのですか?食事会でもかなりお飲みになっていたと記憶しているのですが」


「いえ、普段はそこまで。ですが王国の紅茶は少し気に入りまして。最後の機会ですし可能な限り楽しみたいのです」


「なるほど。ここドラウゼンには王国全土から最上級の品が集まりますからね、気に言って頂けたようで何よりですよ。最後の機会とは仰いましたが、今回の交流で二国間の商人の行き来も活発になるでしょうし、帝国での入手も容易になるかと思います。その時にでも是非」


「……そうですね。機会があればそうするとしましょう」


「…………?」


 どこか含みのある返しに疑問を覚えつつ、それを口に出す事はしない。

 しかしやはり妙だ、これまでアステローゼが一人で居る所を見た覚えはヴィルには無く、護衛そのものではないが似た役割を持つと推測されるエリオネットやマルセリアも呼んでいないのは不自然以外の何物でもない。

 更に妙なのは、先程から度々アステローゼのヴィルを見詰める眼だ。

 試すような眼、測るような眼、そしてどこか期待するような、縋るような眼だ。

 泰然自若たるアステローゼにはそぐわないそれらの目はしかし露骨では無く、注目していなければ気付けず、気のせいかもしれない違和感程度のもの。

 だがその違和感を、ヴィルはやはり見逃せない。

 そう判断を下したヴィルは、驚くべき行動に出る。


「――失礼します、アステローゼ様」


 椅子から立ち上がったヴィルは、なんと今まさに口を付けようとしていたカップをアステローゼから奪い取ったばかりか、そのまま一息に飲み干してしまったではないか。

 見ている者がまともであれば不敬罪以前に人として正気を疑う行動に目を白黒させ、帝国の人間であればその場でヴィルを斬り捨てたであろう行為。

 だがカフェ内に人の目は無く、最も強く憤慨し糾弾して然るべき立場のアステローゼはそうしないばかりか、不快感を表情に出す素振りすら見せていない。

 寧ろ常識外れの行動に出たヴィルに安堵したような、観念したような笑みを見せる始末。

 空になったカップをソーサーに置いたヴィルは、首を軽く回す仕草をしながら最後の一滴を嚥下し、アステローゼを見下ろしながら言う。


「――これは毒ですね。それもアステローゼ様が自分で呷る為の。どういう事か、説明して頂けますね?」


 目を細めながら真意を問うヴィルに対し、アステローゼは浮かべた諦観を深くしながら――


「――私の真意を察した褒美です。真実をお話ししますわ」


 ―――――


「それにしても見事です。期待こそしていましたがまさか、といった所ですか。よくぞ企みを見破りましたわ、ヴィル様。さあどうぞ腰掛けて。まさか立ったまま聞く訳ではありませんよね?頭が高いですわよ」


「……全く、アステローゼ様はブレませんね」


 短く嘆息し、言われた通り元の椅子に座るヴィル。

 ここまで来た以上投げ出すという選択肢は無い。


「それでは話して頂きましょうか。あれは私やフェローに盛られたお遊びとは違う、人一人を容易に殺す毒です。それだけであればアステローゼ様はただの被害者でしたが、貴女の瞳には覚悟があった。死に対する覚悟です。アステローゼ様がここドラウゼンな害されたとなればどうなるか、知らないとは言わせません」


 表情険しく非難するヴィルの視線を受け止めて、アステローゼは瞼を閉じる。

 もし帝国皇族が他国の領土内で命を落とせば、その責任の所在は王国に求められる事となるだろう。

 そうなれば帝国に宣戦布告の大義名分を与えるのみならず、これ幸いと聖法国は王国を非難、帝国に助力するような事も考えられる。

 多くの人にとっては与り知らぬ事ではあるが、ここで帝国との戦争になれば世界は疲弊し、いずれ来る魔王との戦争に耐えられず人類は滅亡への道を歩む事になる。

 アステローゼの死は帝国にとっては悲劇の象徴となり、王国にとっては厄災の種となり、世界にとっては致命傷となる、歓迎出来ない未来だ。

 流石に指摘されたばかりの毒に手は付けないのか、紅茶に触れる事無く、アステローゼが伏せた視線をヴィルへと向ける。


「ヴィル様は、帝国がどのような意図で今回の交流会を王国に提案したか、ご存じですか?」


「表向きは先の戦争によって損なわれた国交回復の為とされていますが、私はあまり信じていませんでした。帝国は未だに王国の肥沃な大地を諦め切れていないというのが大方の予想でしたから」


「そうですね。その考えは半分正しく、半分間違っていますわ」


 アステローゼはヴィルの意見に頷きつつ、全てを肯定はしなかった。


「王国への侵攻を諦めていない勢力は確かに存在します。ですがそれは今や少数派、帝国内では今の王国と事を構えるべきではないという、所謂穏健派の声が大きいのが現状ですの。――王国の英雄たるアルシリーナ並びにヴェイク擁する銀翼騎士団(シルバーナイツ)、王国最強の剣士とも名高い正騎士団長ウィリアム、次代も育ちつつある裁定四紅(さいていよんこう)、世界最強の魔術師グラシエル……帝国にも強者は居ますが、贔屓目に見ても王国には劣るでしょう。聖法国はともかくとして、共和国は高確率で王国に付くでしょうし、そうなれば苦戦は免れませんわ」


 月女神ゼレスを主神とするゼレス教において、最も神に愛される国と唄うシーリア聖法国は、宗教的観点の相違から王国を目の敵にしており、帝国と王国が戦争状態に突入した場合、どういった立場になるかは想像に難くない。

 実際数年前の戦争では軍を送りこそしなかったものの、帝国に対して支援物資などの援助を行っていた事が後になって判明している。

 アルムタイル共和国は中立国ではあるが傭兵を数多く抱える国でもあり、日頃から貿易が活発に行われている王国の有事の際には、一定数貸し出された実績がある。

 これらの情報を前提にすれば穏健派の台頭も頷ける、ここまでアステローゼの話は間違っていない。

 ただし、


「――ただしそれは穏健派の意見であり、強硬派の者達の考えは違いますの」


 ヴィルの思考を引き取るように、アステローゼは静かに言葉を紡いだ。


「強硬派にとって大事なのは勝率ではなく有利な状態で戦争を始める為の口実。戦いが始まってしまえばどうにでもなる、というが彼らの主張のようです。単純で単調な主張ですが、一概に愚かだとは言い切れませんわ。聖法国の助力を最大限受けつつ共和国の傭兵派遣を躊躇わせるだけの大義名分。これがあれば数人の強者から生まれる戦力差は効果を損ないますものね」


 元々富国強兵を掲げる帝国の軍隊は強力であり、兵士の質としては帝国に軍配が挙がるだろう。

 突出した個人の存在はアステローゼの言葉通り王国が秀でているが、幾ら個人が優れていると言っても戦争ともなれば限界がある。

 一つの戦場で勝利を収めても、それが全体の勝利に直結するとは限らないのだ。

 そこに加えて王国に非があったから帝国が攻めたという構図があれば、共和国も表立って傭兵を派遣する事は無くなるだろう。


「つまりアステローゼ様、貴女は……」


「私は『起爆剤』ですわ。両国の講和を阻止し、戦争を起こす為の火種。筋書きはこうです。交流戦に勝利した帝国を良く思わなかった一部王国生徒が私に毒を盛り殺害。皇族を害された帝国はその報復に宣戦布告を行う。もっとも、この筋書きはローゼン・クレーネが勝てなかった時点で既に半分破綻しているのですがね」


「……色々と聞きたい事はありますが、まず一つ。何故アステローゼ様ともあろうお方が強硬派の為に命を使うのですか。そこまでする理由がおありなのですか?」


 アステローゼの性格からすれば、大人しく強硬派の走狗に収まるとは考えづらい。

 そうした圧力を跳ね除けるだけの強さを持っているのが彼女だと、誰もがそう考えるのではないだろうか。

 だからこそ意外であり腑に落ちない。


「おや?意外ですね。ヴィル様がこの程度の事も分からないとは。理由は単純、人質ですわ」


「人質、ですか……」


「ふふ。もしや私が人質に行動を左右されるような血の通った人間である事が意外だったのですか?流石に傷付きますわよ?」


「いえ、決してそのような事は」


 口元を手で隠しつつ、視線で揶揄うように笑うアステローゼに、ヴィルは真剣な表情を崩さず否定を返す。

 表舞台に立った経験こそ無いがヴィルも貴族の端くれ、本心を言い当てられた程度でポーカーフェイスを崩すような可愛い精神はしていないのだ。

 動揺の欠片すら見せないヴィルに面白くなさそうな顔をしつつ、アステローゼは話を続ける。


「強すぎる魔術の才が災いし親兄弟……特に兄や姉などからはとんと疎まれていた私ですが、中には慕ってくれる者も居ましてね。まだ十歳にもなっていない末の妹は特に懐かれていまして、私も悪い気はしなかったものですから珍しく可愛がっていましたの。ですがそれがいつの間にやら私の弱点と捉えられてしまったようで。帝位継承権第三十七位と政治的な利用価値が欠片も無いあの子は、皮肉にも慕ってやまない私の人質として価値を示してしまった……という訳ですわ」


 淡々と現在に至る経緯を話すアステローゼは、一見人質の存在を軽視しているようにも見え、文面だけ見れば話の内容が果たして事実なのかどうか疑いたくなる気持ちもある。

 だが末の妹の話をするアステローゼの表情はどこまでも穏やかで、心の底から大切に思っている事が伝わってくる。

 その点は最早疑いようも無いが、今度は別の疑問が浮かんでくる。


「ではそこまで大事に思っていらっしゃるのならば、どうして目的を明かすような真似をされたのです。ただ私達の仕業に見せかけるだけならば、すぐにでも毒を飲めた筈。敢えて気付かれるような思わせぶりな態度を見せたのは、貴女の人質を思う気持ちと矛盾しています」


 真に妹の事を思うのであれば、王国に情けを掛けるべきではない。

 まさか覚悟が揺らいだとは考えにくく、そもアステローゼは一度決めた事を簡単にひっくり返すような人ではない、だからこその謎だった。

 どのような答えが返って来るのか見つめるヴィルの目の前には、悩む素振りを見せるアステローゼの姿があった。


「一見簡単なようで答えるには少々難しい質問ですわね。それらしい理由ならばすぐに挙げられるのです。交流戦でアルケミア学園と戦い、王国の次代の強さを知り、真に帝国に利益をもたらす選択は敵対の道ではないと理解したから。ですがこれはあくまで建前。私の本心は私自身にも……」


 とそこまで続けて、アステローゼがハッとした表情を浮かべた。

 それは気付きを得た表情、問われて初めて理解した己の本心。

 アステローゼはそれから小さく表情を変え――


「――どこかの誰かさんに、指揮者ではなく演者になってみるのも良いのでは?などと唆されたせいでしょうか」


 そう言って、アステローゼは年相応に笑って見せたのだった。


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