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第210話 親善交流戦 音の支配者

 

(わたくし)の戦場に降伏はあり得ません。いずれかの陣営の最後の一人が倒れるまで、この戦いは終わりませんわ」


 頑として譲る気の無いアステローゼの態度を見て、ヴィルは説得の可能性を切り捨てた。

 普通、こうした保護術式を用いた試合において、説得による降伏というのは早々見られるものではない。

 負けても死ぬわけでは無いのだから、どうせならやぶれかぶれであっても挑戦してみたいと思うのが、期待を背負った人心というものではないだろうか。

 しかしそれも余程の戦力差が無い場合のみの事であって、今回のように親善試合で、更に人数にして十倍以上の戦力差がある場合、潔く降伏を宣言するような事態は寧ろ当然と言える。

 だがしない、ヴィルはそれをこの状況すらも覆しうる秘策があると解釈し即座に判断、号令を掛けて攻勢に出ようとした。


「であればこちらも引く事はしません。皆、一気に仕掛け――――」


「――――――――」


「――――――――」


「――――――――」


「――――――――」


「――――――――」


「――――――――」


「――――――――」


「――来ないのであれば私から」


 戦場から人の声、風の音、鳥の鳴き声が消え、ただアステローゼの声だけが静寂を破る事が出来た。

 ヴィルが、バレンシアが、ニアが、フェローが、クレアが、ザックが、ヴァルフォイルが、リリアが声を出そうとし、少なくとも口を開いていた。

 にも拘らず耳に届いたのはアステローゼの宣言のみという異常事態、唐突に言葉によるコミュニケーションを失い、アルケミアの生徒達に無言の混乱が広がる。

 ――『静冷』、一定範囲において自身の発する音以外全てを否定するこの魔術は、相手の行動や魔術を直接阻害するものではない故に、防御が困難な音魔術だ。

 一対一では無意味だが、こうした複数を相手にした状況では連携を阻害するどころか、本来有している個人の能力すら動揺で発揮させない。


「『鎌鼬(かまいたち)』」


 眼には見えない、飛翔する音の斬撃。

 同名の魔術が風属性にも存在し、効果も概ね同じだがその原理は異なる。

 風属性が魔力で成形した風の刃を放つのに対し、音魔術は超振動する魔力の刃を放つ。

 故に有効な防ぎ方も変わってくるのだが、それを伝えようにも手段が無い。

 レヴィアが結界を張り、無数に放たれる『鎌鼬』を防いでいく。

 サンゲルタン家の結界は『鎌鼬』程度の魔術を通さない堅牢な守りだが、これまでの連戦でレヴィアの余力は残り僅か。

 結界に頼り切っての耐久戦は不利と考え、ヴィルはニアへ視線を送る。

 ニアは最初からヴィルを見ており、意図を察してもらうのに必要な時間はゼロに等しかった。


「――――」


 口は開かず、ハンドサインを三回、それだけで瞬時にヴィルの指示はニアへと届けられた。


(接近、牽制、陽動――!)


 頷きを一つ、ニアがアステローゼに向かって駆け出して行く。

 結界の有効範囲を離れ向かってくるニアに、アステローゼは一瞬視線を動かし速やかに音の刃を飛ばす。

 しかしニアの行動も早い、視線を向けられた時点で距離を詰めるのを止め、旋回しながらアステローゼの視線を仲間から外そうと動く。

 それだけではなく、向けた掌から魔術を飛ばし、注意を引こうと試みる。

 放たれた魔術の防御にアステローゼが意識を向けた瞬間、ヴィルが一気に最高速で駆ける。

 丁度ニアと挟み込むようなタイミング、遅れてバレンシアやクラーラも追従し、一気に攻勢に出た。

 いずれも接近戦特化、又は比較的得意とする者、身体能力にものを言わせて強引に距離を詰め、それぞれが攻撃を仕掛けていく。


「――――」


「――――」


「――――」


「距離を詰めるのは実に合理的な判断です」


「――――」


 剣を振っても、雄叫びを上げても、運動で息が漏れてもアステローゼの声以外が聞こえないというのは、傍から見れば摩訶不思議な光景だ。

 自身に振るわれる複数の剣を、ひらりひらりと舞うようにして躱していくアステローゼ。

 しかしいくら回避能力に優れているとは言っても、距離を詰めたのはいずれも剣の達人、そう長く保つものではない。

 しかし……


「――――」


「――――」


 追い詰めきれない、後一手が足りない。

 ギリギリの所で迎撃され、反撃され、或いはミスをして逃している。

 その原因はアステローゼではなく、攻める側に問題があった。


(ヴァルフォイルの動きが精彩を欠いている?焦っているのか。いや、全員が精彩を欠いて……?)


 違和感を覚え、ヴィルが一歩引いた位置で戦場を俯瞰して気付いた事実。

 感情が表に出やすく実力に反映されやすいヴァルフォイルはともかく、精神的なブレの少ないバレンシアやクラーラもまた些細なミスを繰り返していたのだ。

 焦っているからかと一瞬考えたが、すぐにそれは逆だと思い直す。

 思った通りに上手くいかず、それ故に焦っているのだと。


「――――」


 焦りを隠さず、再度の突撃を敢行しようとするヴァルフォイルをヴィルが引き留め、振り返ったヴァルフォイルが視線で意図を問う。

 当然ながら口頭での意思の伝達は不可能、身振り手振りでヴァルフォイルに一旦落ち着くよう働きかけた。

 初めは焦燥から気が立っていた様子のヴァルフォイルだったが、ヴィルの言わんとする所を察したか、唇を浅く噛みながらも足を止めた。

 ただ自分が焦っていると思われたくはなかったのか、ヴァルフォイルは顔を顰めつつ自らの頭を指差し、それからバンバンと叩いて見せる。

 只の言い訳では無い、必死に何かを伝えようとしているという事実は伝わったが、残念ながらヴィルにその意図は理解出来ず……


(いや……)


 ヴィルはそこでヴァルフォイルから視線を外し、改めて戦場を俯瞰する。

 精彩を欠く学友達の動き、焦りが原因では無い汗、時折何かを堪えるように歪められる表情。

 それはヴィルにも非常に覚えのあるもので――


(――痛みか!)


 原因に思い当たり、思わず声を上げたヴィル。

『静冷』によって現実に音が届く事は無かったが、その事実にも彼は気が付いていない。

 仲間の不調の理由については理解した、だがその原因は未だ不明。


(アステローゼ様がやっている以上音に関する攻撃だとは思うけど……『第二視界領域(プライベート)』に音に関する反応は無い)


 ヴィルが視認している限り、アステローゼの主な攻撃手段は音の斬撃を飛ばす『鎌鼬』と細剣による直接攻撃のみ。

 だが負傷した部位を庇う様子は無く、頭部や関節などを手で押さえている生徒が多く見られる。

 後方に目を向けてみれば、同士討ちを避ける為に戦闘に参加していなかった生徒達も同じような不調を身振り手振りで伝え合っているようだった。

 最も高い治癒魔術適性を持つアンナは仲間の治療をしたそうにしているが、魔力の残りを考えれば全員の治療は望めない。

 余力のある者を優先的に治療するにしても限度があり、原因の特定が急がれる。


(考え方が間違っているのか?いや、ここで音以外の選択肢は無い筈だ。いくらなんでも音を消す魔術と戦闘の魔術を併用しながら別の広範囲魔術をなんて、同属性以外ありえない)


 魔術は属性の種類を増やせば増やす程に行使が困難になっていく。

 それを抜きにしてもこの威力では、ただでさえ魔術の並列運用すら難しいのだ、ヴィルの推測は正しかった。

 だがそれでも一つ疑問が残る。


(なぜ僕だけ被害に遭っていない?)


 仲間が感じている不調は、ただ一人ヴィルにだけは通じていなかった。

 大人数相手に範囲では無く個人指定の魔術を使うとは考えにくい、後は掛けなかったのか効かなかったのかという問題だが……


(わざわざ一人だけを除外する意味は無い。効いていないとするなら……けどこれだけの効果を持つ強力な音を感じられないなんて……いや、逆か?)


 それまで巡らせていた思考を一転、真逆の可能性に思い当たった。

 即ち強大な音を感じ取れないのではなく、極めて微弱な音によって強力な効果を引き出している可能性。

 瞬間、ヴィルは『第二視界領域(プライベート)』を敢えて切る判断をした。

 その結果として、ヴィルの推測は確信へと変わった。


(微弱な音波を複数照射して、肉体の内側で反響させる事で関節や脳にダメージを与えている)


第二視界領域(プライベート)』を切った今だからこそ分かる真実。

 ヴィルの『第二視界領域(プライベート)』は能動的異能であると同時に、受動的異能でもある。

 意志で以て防御を固める事も出来れば、無意識に防御している要素もある。

 その一例が音、例え耳元で大声で叫ばれようとも、一定以上の音量になった時点で自動的に軽減されるようになっている。

『聖円反心響』のような大きすぎるエネルギーはその限りでは無いが、今のように微細な音の合成の魔術には有効な防御策として機能する。


(それにしてもなんて技術だ。音の波を反響・合成させる魔術とは……)


 緻密な計算と確かな魔術の技量、そして音を消す『静冷』によって場を整える事で初めて成り立つ、超技巧派魔術。

 人数の不利をものともしないこの様子からして、ローゼン・クレーネが連携力で相手に余力を残させないよう立ち回ったのも計算の内だろう。

 確かにこの魔術があるならば、仲間の存在は巻き込みかねない上に雑音を発生させるノイズでしかない、一人で多数を相手した方が余程勝率は高くなるというものだ。

 序盤から終盤までよく考えられた戦略に、ヴィルは内心での賞賛を惜しまなかった、ともすれば声に出せない事を連携が取れない事よりも強く惜しんだかもしれない。

 しかしだからと言って、むざむざ相手の戦略に嵌り続けて勝利を譲る程ヴィルは無欲ではない。


(まずは音を消している魔術を打ち消す!)


 ヴィルは剣を収め、両掌を大きく音が鳴るよう激しく打ち合わせた。

 無論その程度ではアステローゼの『静冷』は破れず、隣で見ていたヴァルフォイルはヴィルの行動を訝し気な視線を向けている。

 それに構わず、再度掌を打ち合わせる、今度はエネルギー操作魔術で発生させる音量を増幅して、繰り返し、繰り返し。

 一見ただの拍手に見える行為に、可視化する程に膨大な魔力をつぎ込んだ音響爆弾。

 耳を澄ませなければ聞こえないような小さな拍手は次第に大きくなっていき、遂には静寂を破るまでになっていた。


「小細工を……」


「――――」


「――――」


 アステローゼもヴィルの行動は見えている、と言うよりも聞こえている。

『響演合奏』を用いた自身の戦略が初見では絶対に見破られる筈も無い、などといった慢心をアステローゼはしていない。

 代わりにもし見破られたとしても対処を許す前に押し切れる、そうした自負は持ち合わせていた。

 だが実際はどうだ、目の前に立ちはだかる壁を考え無しに殴るような、暴力的な音によって『静冷』が破られようとしているではないか。

 その暴挙を止めさせようにも、周囲に纏わりつくアルケミアの生徒達がヴィルへの手出しを許さない。

 内臓は撹拌され、脳も振動によって深刻な損傷を負っている、だというのにまるで倒れる気配はおろか、引く気配すらない。

 ふらふらの足で、頼りない剣筋で、残り少ない魔力で、それすら無ければ自分の身を挺して、尚も抗い続けている。

 このままでは負ける、それだけは避けなければならない。


「消えなさい」


 焦りを滲ませながら手を振りかざし、『響演合奏』の出力を一気に引き上げる。

 それはアステローゼにとって大きな賭けだったが、賭けなければ負けに繋がる分水嶺、彼女はそう判断した。

 照射される音の音量が増大し、アステローゼの近くに居たバレンシア達が血を吐いて倒れる。

 消費魔力量を増やした結果、だけではない。

 ここ周辺に建てられた土の建造物、これらは何も見栄えだけを意識して作らせたものではなかった。

 用途は特定の音波の増幅、今回の場合『響演合奏』の音波を体内のみならず体外でも繰り返し反響させる事で威力を底上げする、ローゼン・クレーネの切り札。

 欠点は建造物がアステローゼの音波に耐え切れず、十分と持たず崩れてしまう事だが、十分もあれば敵を滅ぼすのに不足は無い。

 だが――


「ウウウウゥゥゥゥラアアアアアアアア!!」


「繋げ繋げ!ヴィルさえ残ってりゃ後はどうにでもなる!ヴァルフォイルを見習え!突っ込めええええ!!」


『響演合奏』の威力に反比例して出力の下がった『静冷』を見て、ヴァルフォイルがそれまでの鬱憤を晴らすように唸り声を上げて突撃し、フェローがそれを煽るように号令を出す。

 二人共状況の全てを理解出来ている訳では無い、寧ろ分かっていない事の方が多いだろう。

 だがヴィルが音の無い世界を破ったという事実、それだけで自身の命を賭けるには十分過ぎる勝算だった。

 ヴァルフォイルが、カストールが、クラーラが、シュトナが、フェリシスが、ザックが、クレアが、その命を散らしながらも時間を稼ぐ。

 遅かれ早かれ『響演合奏』によって倒れる身、ならば一秒でも仲間の為に時間を残してみせるという意地の献身。


「――そのお陰でアステローゼ様の策を破れました」


「そのようですね。私としたことが戦力を見誤りましたか」


 嘆息するアステローゼは、誰の目から見ても明らかに疲弊していた。

 余裕があった表情には疲労が滲み、華美な制服は土に汚れ、所々に負傷が目立つ。

 アルケミアの生徒達が残した爪痕は、確かに痛打となって彼女へと届いていた。

 だがアステローゼは未だ健在、もう土の城は使えないとはいえ本人の余力は十分ある。

 アルケミア学園側も、多数の生徒を失ったとはいえヴィルを中心に、体勢を立て直せるアンナやバレンシアもいる。

 まだ勝負は分からない。


「勝つのは私ですわ」


「勝つのは私達ですよ、アステローゼ様」


 双方が剣を相手に突き付け、貪欲に勝利に手を伸ばす。

 鋭く研ぎ澄まされた空気は張り詰め、互いの息遣いさえも刃のように突き刺さる。

 親善交流戦、最後の戦いが幕を開けた。


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