港町の海竜
ジークとチャチャの奇妙な旅が始まってから、さらに数日が経過した。
「ほらジーク、見えてきたで! あれが大陸最東端の港町、ポート・ノヴァや!」
「おお、潮の香りが心地よいな。よく案内してくれた、チャチャ嬢」
荒野を抜け、二人が辿り着いたのは活気に満ちた大きな港町だった。ここから船に乗り、海を越えれば、いよいよ魔王や魔法が存在するという未知の極東の島国である。
ジークは背中の大槍を揺らしながら、初めて見る広大な海に目を輝かせていた。
しかし、港の中心にある船着き場は、どうにも重苦しい空気に包まれていた。
多くの屈強な船乗りたちが腕を組み、停泊したままの船の前で顔をしかめている。
「どうしたんやろ? 活気がないなぁ」
「ふむ。少し話を聞いてみよう」
チャチャを連れて近づいたジークは、一番身なりの良い初老の船長らしき男に声をかけた。
「失礼する。極東の島国へ向かいたいのだが、船は出ているだろうか?」
「……なんだアンタら。モグリか?」
船長はジークの巨体と背負った大槍に一瞬目を丸くしたが、すぐに深くため息をついた。
「悪いことは言わねえ、諦めな。極東に『魔王』が現れてから、海の様子もおかしくなっちまったんだ。この港の沖合に、凶悪な『海竜』が住み着きやがってな。口から高圧の水流を吐き出す、魔法みたいな力を持った化け物だ。軍艦でも連れてこねえ限り、船なんて出せやしねえよ」
「海竜……魔法のような力、か!」
絶望的な顔をする船長とは裏腹に、ジークの顔にパッと歓喜の光が灯った。
「なるほど、それは実に運が良い。私がその海竜とやらを退治すれば、船を出してくれないだろうか?」
「はぁ!? バカ言ってんじゃねえ! アンタがどれだけ腕に自信があるかは知らねえが、相手は魔法を使う巨大なモンスターだぞ! ただの槍一本で敵うわけが……」
ザバーーーーーンッ!!!
船長の言葉を遮るように、港の沖合で巨大な水柱が上がった。
「出、出たぁぁっ! 海竜だ!!」
船乗りたちが悲鳴を上げて逃げ惑う。青黒い鱗に覆われた、見上げるほど巨大な海蛇のモンスターが、海面から鎌首をもたげていた。その口元には、異常な圧力を持った水の球体が魔法の光と共に圧縮されつつある。
「ヒィィッ! あ、あんなん絶対ムリや! 逃げるでジーク!」
チャチャが真っ青になってジークの外套を引っ張るが、彼は微動だにしない。
「ふははは! 素晴らしい! これが未知の魔物か!」
ジークは楽しげに笑い、背負っていた黒鋼の大槍をゆっくりと構えた。
「魔法だか何だか知らないが……我がレオンハルトの槍に、貫けぬものなどない!」
直後、海竜の口から一筋の極太の水流ブレスが、港に向かって放たれた。直撃すれば船ごと木端微塵になるであろう破壊の一撃。
しかしジークは一歩も退かず、極限まで練り上げた武の力で、大槍を真っ向から振り抜いた。
「シィィッ!!」
鋭い呼気と共に放たれた一閃。
ただの一振り。しかし、人外の筋力と完璧な身体操作から生み出された『大槍の風圧』が、目に見えるほどの不可視の刃となって海を切り裂いた。
ドゴォォォォンッ!!!
魔法の水流ブレスが、真っ二つに割れて海面へと散る。
それどころか、斬撃の余波はそのまま真っ直ぐに海竜の巨体を捉え――その青黒い鱗ごと、胴体をあっさりと両断してしまった。
「ギャァァァァ……ッ!?」
断末魔を上げる間もなく、海竜は真っ二つになって海へ沈み、後には静かな波の音だけが残された。
「「「…………」」」
船長も、逃げ惑っていた船乗りたちも、そして隣にいたチャチャも。
港にいた全員が、口をポカンと開けて石像のように固まっていた。
「うむ、少し力みすぎたか。だが、悪くない手応えだ」
ジークは満足そうに頷き、大槍を背中に戻すと、腰を抜かしている船長にニッコリと微笑みかけた。
「さて、船長殿。海の安全は確保した。我々を極東の島国へ乗せていってくれるかな?」
「あ、あ、あああああっ、アンタ一体何者なんだ!? すぐに出航の準備をする!!」
大慌てで動き出す船乗りたちを見ながら、チャチャは震える手でジークを見上げた。
(こいつ……ただの世間知らずの筋肉貴族やない。マジモンのバケモノや……! でも、これなら極東でも絶対死なん! ウチの目に狂いはなかったわ!)
「ガイド殿、出航だ。船室の手配など、細々とした交渉は君に任せてもいいかな?」
「お、お安い御用や! ウチに任せとき!」
未知の魔法と魔物が跋扈する極東の島国へ。
最強の武人と小さなガイドを乗せた船が、今、静かに港を出発した。




