旅は道連れ
荒野の宿場町での大立ち回りから数日後。旅を続けるジークの耳に、血沸き肉躍るような噂が飛び込んできた。
遥か東の果てにある島国――そこに突如として『魔王』なる存在が誕生し、『魔法』という未知の力が確認されたというのだ。それに呼応するように、凶悪なモンスターがうごめく「ダンジョン」や「魔の森」なる危険地帯まで生まれたらしい。
「ほう! 魔王にモンスター、それに魔法か。実に興味深いな」
酒場のカウンターでエールを嗜みながら、ジークは楽しげに喉を鳴らした。
辺境伯家当主という重責を弟に譲り、ただ己の武の頂きを求めて旅に出た彼にとって、これ以上ない胸躍る知らせである。
「未知の魔物たちに、魔王と呼ばれる強者……。私の槍を振るうに足る相手がいるというのなら、是非ともお目にかかりたいものだ」
かくして、新たな強敵との戦いを求め、ジークははるか東の島国へと歩を進めることになった。
――その道中のことである。
街道を外れた岩場で、数人のならず者たちが一人のうら若き少女を取り囲んでいた。
「ヒィィッ! 誰か、誰か助けてぇっ!」
「へへへ、大人しく身ぐるみ置いていきなァ!」
怯えて尻餅をつく少女。
「やれやれ。いくら治安の悪い荒野とはいえ、女性を多人数で囲むのは騎士道に反するな」
ジークは大地を蹴って高く跳躍すると、ならず者たちのど真ん中へ重い着地を決めた。ズドォォォン!! という凄まじい地響きと衝撃波が周囲を吹き飛ばし、盗賊たちは一瞬にして白目を剥いて気絶してしまった。
「怪我はないかな、お嬢さん? ひどく怯えているようだが」
ジークは優雅に片膝をつき、倒れ込んだ少女へスッと大きな手を差し伸べた。
「あ、ありがとうございます……! 屈強なお方!」
少女は涙目でジークを見上げ、その手を取った。チャチャと名乗ったその少女は、命を救ってくれたお礼にと、近くにある自分の粗末な小屋へジークを招待した。
「野宿が続いていたところだ。貴女のような可愛らしい淑女の厚意、ありがたく受け取らせてもらおう」
出された温かいスープに舌鼓を打ち、ジークは久しぶりのベッドで、静かな寝息を立てて熟睡しはじめた。
深夜。
静寂に包まれた小屋の中で、一つの影が音もなくジークの枕元へと忍び寄る。
チャチャだ。そして小屋の外には、昼間ジークが気絶させたはずの盗賊たちの姿があった。
(ヒヒッ、身なりはええけど、ただの世間知らずな貴族サマやで。いくら腕っぷしが強かろうと、寝込みを襲えばこっちのモンや。あのクソ高そうな黒鋼の槍も、路銀も、全部ウチらがいただいたるわ!)
チャチャがニタアと邪悪な笑みを浮かべ、ジークの懐にある財布へ手を伸ばした、その瞬間。
ガシッ!!
「……いっっっっっっっっっっっつ!?!?!?」
万力のような、それでいて骨が折れない絶妙な力加減で、チャチャの手首がホールドされた。
見れば、ジークは目を閉じたまま、規則正しい寝息を立てながら、正確に彼女の手首を掴んでいるではないか。
「い、痛い痛い痛い痛い! 折れる! 腕折れるってこのゴリラァ!!」
「……おっと、すまない。それにしても、女性が夜更けに男の寝所を漁るのは、あまり感心しないな」
ジークがパチリと目を開け、穏やかに微笑む。歴戦の武人である彼にとって、熟睡と警戒は完全に両立する。わずかな気配の変化すら逃しはしない。
見ぐるみを剥がそうとした計画が完全にバレたことを悟り、チャチャの態度は一変した。
先ほどの可憐な少女の面影は完全に消え去り、人を小馬鹿にしたような顔つきになる。
「チッ! なんやねんこの脳筋ゴリラ! ぐっすり寝とるフリして警戒ビンビンやんけ! キモッ! ざぁこ、ざぁこ! 痛いからさっさと手ぇ離せやこのド変態!!」
口の端を歪め、キャンキャンと罵声を浴びせてくるチャチャ。昼間の襲撃は、強そうな旅人を油断させて家に招き入れるための自作自演だったのだ。
「ふははは! 脳筋ゴリラとは手厳しい。見事な豹変ぶりだが、我が義妹の暗殺術と比べると、君の気配は少々騒がしすぎたようだ」
ジークは怒るどころか愉快そうに笑い、あっさりとその手を離した。
「だが、その若さで生き抜くための強かさは見事なものだ。……さて、私は先を急ぐのでね。温かいスープの礼は言っておこう。良い夜を、チャチャ嬢」
ジークは身だしなみを整え、大槍を背負い直すと、恨み言一つ言わずに早々に小屋を出て東への旅を再開しようとした。
「あっ、ちょ、ちょっと待たんかい!!」
背後から、チャチャが慌てて追いかけてくる。
「どうした? まだ俺に何か用かな?」
「ちゃうわ! ……ウチ、あんたについて行くことにしたわ!」
「ほう?」
チャチャはジークの圧倒的な強さと、自分たちのような小悪党の騙し討ちをあっさりと許す底知れぬ器の大きさを目の当たりにし、悪知恵をフル回転させていた。
(この規格外の強さ……コイツに引っ付いとった方が、その辺のケチな旅人から小銭巻き上げるより儲かるんちゃうか……!?)
「あんた、極東の島国に行く気やろ? 魔王やらダンジョンやらがあるっていう。あんたアホみたいな方向音痴の顔しとるし、ウチを連れて行った方が絶対得やで! この先の道案内として雇ってや!」
「君を雇う、か。ははは、なるほど! 確かに俺は東の地理には不案内だ。優秀なガイドがいてくれるなら心強い」
ジークは屈託なく笑い、大きな手をチャチャに差し出した。
「よろしく頼むよ、ガイド殿。共に極東の『魔』とやらを見に行こうじゃないか」
底知れぬ武力と品格を併せ持つ元・辺境伯長男と、守銭奴のしたたかな案内人。
奇妙な凸凹コンビは連れ立ち、未知のモンスターと魔王が待ち受ける極東の島国へと向けて、新たな冒険の一歩を踏み出した。
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