旅の始まり
新章に突入、『俺より強い奴に会いに行く』
照りつける太陽が、ひび割れた赤土の荒野を容赦なく焼き焦がしている。
見渡す限りの荒涼とした大地の中を、鼻歌交じりに歩く一つの巨大な影があった。
身の丈を優に超える、黒鋼の塊としか思えない無骨な大槍。それをまるで木の枝のように軽々と肩に担いでいる巨漢――彼こそが、ジーク・ヴァン・レオンハルトである。
「いやあ、空気が美味い! やっぱ書類の山より、土埃の匂いの方が俺には合ってるな!」
少し前まで、彼は世界を揺るがす大国同士の戦争の中心にいた。
東の超大国『中華国』が誇る蒸気機関と大砲の近代兵器群を、己の物理力と家族の極悪非道な経済戦術で木端微塵に粉砕したのだ。その後、平和になった領地の経営と辺境伯の座を、天才的な頭脳を持つ弟のクロードと、凄腕の義妹ミラに丸投げ――もとい、適材適所として託し、彼はお気に入りの大槍一本で未知の新天地へと旅立った。
ジークが求めているのは、政治や経済といった小難しい理屈抜きで闘える「強者」との出会いであった。
歩を進めていると、砂埃の向こうにバラック建ての小さな宿場町が見えてきた。
ちょうど喉も渇いていたジークは歓喜の声を上げようとしたが、ふと足を止める。
――ガキン! ドゴォォン!
「ヒィィッ! お、お助けを……!」
「ギャハハハハ! 泣き叫べ! 俺たち『蒸気牙』に逆らったことを後悔しながら死ね!」
町の中央広場から、悲鳴と下品な笑い声、そして「プシュウウウッ!」という不細工な高圧ガスが抜ける音が響いてきた。
ジークが野次馬の頭越しに覗き込むと、そこには中華国から横流しされたであろう粗悪な「蒸気圧アシスト外骨格」を身に纏った野盗の集団が、自警団らしき男たちを血祭りにあげているところだった。
背負った石炭ボイラーの圧力でシリンダーを動かし、常人の数倍の腕力を生み出すという、いかにも文明の利器といった代物だ。野盗の首領とおぼしき男は、蒸気圧で加速させる機構が付いた巨大なハンマーを嬉々として振り回している。
「おいおい、なんだあれは」
ジークの口角が、吊り上がった。
怒りではない。純粋な『歓喜』である。
「クロードがぶっ壊した装甲列車の残骸でもくっつけてんのか? まぁいい、あんな重そうなモンを振り回せるなら、少しは骨がありそうだな!」
「――おいそこ! ボサッとしてねぇで有り金全部出せ! さもなくばこの蒸気ハンマーで肉塊に変えてやるぞ!」
野盗の首領が、巨体を揺らして近づいてきたジークに目をつけ、威嚇するように蒸気バルブを開放した。シューッ! と高温の白煙が噴き出す。
「肉塊? お前が俺をか?」
ジークは肩に担いでいた大槍を、ズンッ! と無造作に地面へ下ろした。それだけで大地が揺れ、放射状に地割れが走る。
「なんだテメェ、そのふざけたデカい鉄屑は! 舐めてんのか! くらえェェェ!!」
首領が激昂し、蒸気圧を最大まで高めたハンマーをジークの頭上から全力で振り下ろした。
空気を引き裂く轟音。蒸気機関が生み出した、人間の限界を超えるはずの圧倒的な質量攻撃。町の人々は思わず目を覆った。
しかし。
「――遅い。それに、無駄な動きが多すぎる」
ジークは一歩も退かず、迎撃の体勢に入った。
極限まで鍛え抜かれた大腿四頭筋が爆発的に膨張し、分厚いブーツが広場の岩盤を粉々に砕いて踏み込む。腰の捻りから背筋、そして腕部へと完璧なタイミングで伝達される運動エネルギー。
それは、いかなる機械機構よりも洗練された『生体物理学の極致』であった。
「フンッ!!」
呼気と共に放たれた大槍による、下からのカチ上げ。
物理法則を無視しているかのような速度で振り抜かれた黒鋼の槍が、落下してくる蒸気ハンマーと正面から激突する。
カァァァァンッッ!!!
鼓膜が破れんばかりの金属音が荒野に響き渡った。
「なっ……!?」
首領の顔に驚愕が張り付く。蒸気機関の全開出力による一撃が、生身の人間が振るう槍に完全に押し負けたのだ。それどころか、大槍がもたらした桁違いの運動エネルギーはハンマーをへし折り、そのままの勢いで首領の蒸気装甲ごと上半身を空の彼方へとカチ上げた。
「「「……え?」」」
空を舞う首領の姿を見上げながら、残された野盗たちが間抜けな声を漏らす。
「脆い! 脆すぎるぞお前ら! 機械に頼って自分の筋肉をいじめてない証拠だな!」
ジークは豪快に笑い飛ばしながら、ぐるりと槍を回して構え直した。
彼の全身から、戦意という名の熱気が陽炎のように立ち上っている。
「さあ、次は誰だ!? そのシュッシュッって鳴る面白いオモチャで、俺をもっと楽しませてみろ!!」
野盗たちは、自分たちが手を出した相手がただの人間ではなく、災害級のバケモノであることを、この時になってようやく理解したのだった。
元・辺境伯長男の新たな冒険が、今ここに幕を開けた。
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