過酷なハネムーンと敵対的買収の完了
帝都の機能が完全に停止したその時、皇居の奥深くから地響きのような轟音が轟いた。
石畳を粉砕し、もうもうたる黒煙を上げて姿を現したのは、覇王マオ・キンが密かに建造させていた最終兵器――全長五十メートルにも及ぶ『超巨大蒸気戦車』であった。
「ヒィーッヒッヒ! 見ろ、西の野蛮人ども! 経済が止まろうが知ったことか! この戦車には帝都を吹き飛ばすほどの爆薬が積んである! 貴様らごと、この都を平らにしてやるアル!」
装甲の奥、安全な操縦席からマオ・キンが狂気の発作と共に叫ぶ。
大砲と分厚い鋼鉄のキャタピラを備えた巨大な動く要塞。下手に物理攻撃で内部のボイラーや弾薬庫を引火させれば、帝都の百万人もの市民が巻き添えになる。まさに「人質」を盾に取った最悪の暴走だった。
「……なるほど。国家のトップ自らが自爆テロとは、いよいよ末期ですね」
クロードは冷徹に眼鏡を押し上げ、傍らに立つ二人の武人に視線を向けた。
「兄上、ミラ。絶対に引火させないよう、あの巨大な鉄屑の『機動力』と『武装』だけを削り落としてください」
「ガッハッハ! 任せろ、ミリ単位で削ってやる!」
「新婚旅行を邪魔する奴は鉄屑にしてあげるわ!」
ジークとミラが地を蹴った。
彼らは戦車の正面装甲には向かわず、凄まじい脚力で建物の壁を蹴り上がり、上空から巨大戦車の上へと降り立った。
「な、なんだと!? 振り落とせ! 砲塔を回せ!」
マオ・キンが叫ぶが、遅い。
「まずは足回りだァ!」
ジークの槍が、無限軌道を繋ぐ巨大な鋼鉄の関節部分だけを正確に突いて弾き飛ばす。ガガガッという不快な金属音と共に、戦車の右足が完全に分解され、車体が大きく傾く。
「次は大砲ね!」
ミラは自重と遠心力を利用し、大剣を車体の表面を這わせるように振り抜いた。
魔法ではない、極限の身体操作による「神業の解体」巨大な主砲の砲身だけが、まるでバターを切るように根本からスライスされ、ズシンと地面に落ちた。
わずか数分の間に、武装と足をすべて物理的に削り取られた超巨大戦車は、ただの「巨大な鉄の箱」となって完全に沈黙した。
「ば、馬鹿な……我が帝国の最高機密技術が、生身の人間に……っ!」
愕然とするマオ・キンの前に、クロードが分厚い書類の束を手にして歩み寄ってきた。
「覇王マオ・キン。この蒸気戦車の動力伝達に使われている『遊星歯車機構』ですが……我が姉、セリア・ヴァン・レオンハルトが数ヶ月前に王国で【特許】を取得済みの構造と完全に一致しています」
「と、とっきょ……!?」
「ええ。知的財産権の侵害です。よって、国際特許法および損害賠償請求に基づき、この戦車……ひいてはあなたの国家予算をすべて差し押さえさせていただきます」
超巨大兵器を前にしての、まさかの「特許侵害」による合法的な無力化。
マオ・キンは泡を吹き、戦車の緊急脱出ハッチから転がり出ると、皇居の奥深くへと無様な姿で逃げ出した。
「ヒィィィッ! くるな、悪魔どもォォ!」
マオ・キンが逃げ込んだのは、皇居の地下深くに建造された最終避難所――『絶対防衛金庫』だった。
厚さ数メートルにも及ぶ、特殊な合金で鋳造された巨大な鋼鉄の扉。大砲を至近距離で撃ち込んでも傷一つ付かない、物理防御の極致である。
ガコンッ! と分厚いロックが掛かる音が響いた。
「ハァ……ハァ……。ど、どうだ! ここには帝国の『玉璽』がある! これが奪われない限り、帝国は法的に降伏したことにはならない! 私はここから一歩も出ないぞ!」
分厚い扉の向こうから、マオ・キンのくぐもった声が響く。
地下室に追いついたミラとジークが、試しに大剣と槍で扉を叩くが、凄まじい反発力で手が痺れるだけだった。
「硬いわね……。流石にこの厚みじゃ、私の剣圧でも真っ二つとはいかないわ」
「ああ。物理的な限界だな。無理に叩けばこちらの武器が折れる」
万策尽きたかと思われたその時。
クロードが静かに扉の前に進み出た。
「武器が折れるほどの硬度……つまり、この合金は『柔軟性』を犠牲にして極限まで硬度を高めているということだ」
クロードは懐から、姉セリアから預かっていた特殊な化学冷却液の小瓶を取り出し、鋼鉄の扉の中心部にぶちまけた。
急激な温度低下により、扉の表面がパキパキと凍りつき、収縮していく。
「ミラ」
クロードは冷徹な頭脳をフル回転させ、扉の構造、金属の熱収縮率、そして共鳴の周波数を瞬時に脳内で弾き出した。
「扉の中心から右へ三十センチ、下へ十五センチ。……そこが、この金属が急激な温度変化に耐えきれず、最も内部応力が集中している『クリティカル・ポイント』だ」
クロードは、その一点を指差して、愛する妻へ微笑みかけた。
「君の最大の運動エネルギーを、ミリ単位の狂いもなくそこに叩き込んでくれ。……この借金まみれの帝国に、引導を渡すんだ」
「……ええ。任せて、クロード」
ミラは静かに息を吐き、大剣を上段に構えた。
頭の中を空にする。狙うのは、夫が指し示した針の穴のような一点のみ。
暗殺者の歩法で踏み込み、全身の筋肉、骨格、そして重力のすべてを刃に乗せる。
「穿てェェェェェェェッ!!!」
雷鳴のような裂帛の気合いと共に、ミラの剣尖が、クロードの指定した座標に完璧に直撃した。
キィィィィィンッ……!!
魔法ではない。熱収縮による金属疲労と、完璧な物理的衝撃の融合。
絶対に破れないはずの数メートルの特殊合金の扉に、ピキッ……と一本の亀裂が走ったかと思うと、次の瞬間。
轟音と共に、分厚い扉が粉々のガラスのように砕け散ったのである。
「な、なんだとォォォォ!?」
粉砕された扉の向こうで、マオ・キンが腰を抜かして震え上がっていた。
土煙の中を、クロードが優雅な足取りで歩み寄り、震える覇王の手から『玉璽』を静かに奪い取る。
「……いただきました。これでこの国の全債権、領土、そしてインフラは、すべて我が辺境伯家の……いや、私の愛する妻の所有物となります」
クロードは玉璽を高く掲げ、冷酷にして完璧な勝利宣言を下した。
マオ・キンは完全に白目を剥き、ついにその場で気を失った。
「終わったわね、クロード」
大剣を鞘に収め、汗を拭いながらミラが笑いかける。
「ああ。これで東の脅威は完全に排除された。……少し、過酷な新婚旅行になってしまったな」
クロードは苦笑しながら、ミラの煤けた頬を優しく撫でた。
「ううん、最高だったわ」
ミラは背伸びをして、クロードの唇に軽くキスをした。
「あなたの知略が道を切り拓き、私の剣がそれを現実にする。……私たちは、やっぱり最高のパートナーよ」
「……ああ。これからも、君の未来のすべてのリスクは、俺が引き受けよう」
大砲と鉄路という近代化の波を、法律と経済、そして極限の物理力で完全に粉砕した辺境伯一家。
彼らの過酷な戦記は、東の大陸を丸ごと買い取るという前代未聞の「敵対的買収」を持ってフィナーレを迎えたのであった。




