私たちの幸せな結婚
混迷を深める王都とは対照的に、
辺境伯領では長く厳しかった冬が終わり、柔らかな陽射しが降り注ぐ春が訪れた。
かつて「呪われた地」と呼ばれた最果ての領地は、今や活気に満ちた美しい土地へと姿を変えた。そんなある日、特別な祝祭の空気に包まれていた。
領主レオンハルトと、彼らを救った女神セレスティアの、正式な結婚式である。
書類上ではすでに夫婦となっていた2人であったが、公爵家と辺境伯家という大きな家が結びつくためにセレモニーとして結婚式を挙げる事は非常に重要であった。また、それ以上にこのカップルの結婚式は、領主を愛する領民にとって、何よりの楽しみとなっていた。
領都の中心にある大聖堂の控室。
鏡の前に立つセレスティアは、自身の姿を見つめて静かに息を吐いた。
「セレスティア様、本当にお美しいです……!」
侍女たちがうっとりと感嘆の声を漏らす。
彼女が身に纏っているのは、辺境特産の最高級の絹糸で織られた純白のウェディングドレスだった。無駄な装飾を削ぎ落とした洗練されたデザインながら、胸元や裾には領地で採れた希少な魔石が細かく散りばめられ、動くたびに朝露のようにキラキラと輝く。
王都のどんな豪奢なドレスよりも、この領地の恵みと愛が詰まったドレスだった。
コンコン、と扉がノックされ、巨躯の男が入ってきた。
正装に身を包んだ、父であるグランチェスター公爵だ。
「……セレスティア。準備はできたか」
「はい、お父様」
振り向いた娘の美しい花嫁姿を見た瞬間、歴戦の猛将であるはずの公爵の目が、ぶわりと赤く潤んだ。
「おお……なんという美しさだ。亡き妻にそっくりではないか……。あの馬鹿な王太子のせいで一時はどうなることかと思ったが、お前が自分の力で、最高の伴侶と幸せを掴み取ってくれて……ワシは、ワシは……っ」
「お父様、泣かないでくださいな。せっかくの晴れ舞台なのですから」
ハンカチで豪快に涙を拭う父の腕に、セレスティアはそっと手を添え、ふわりと微笑んだ。
大聖堂の豪奢な扉が開かれると、眩い光と共に荘厳なパイプオルガンの調べが響き渡った。
セレスティアが一歩を踏み出すと、参列していた公爵派の貴族たちや、特別に招待された領民の代表者たちから、ほうっと感嘆の吐息が漏れた。
バージンロードの先に立っているのは、漆黒の礼装に身を包んだレオンハルトだ。
普段の無骨な鎧姿とは違う、洗練された美丈夫ぶりは息を呑むほどだが、彼自身は極度の緊張でガチガチに固まっていた。
しかし、父の腕に引かれて歩み寄ってくるセレスティアの姿を見た瞬間、彼の表情から緊張が消え去った。
ただただ、目の前の奇跡のような美しさに心を奪われ、呆然と立ち尽くしている。
公爵からセレスティアの手を託されたレオンハルトは、まるで壊れ物に触れるかのように、震える大きな手で彼女の白い手を取った。
「……セレスティア。君は……本物の女神のようだ。ただ、ただ美しい」
「ふふっ。ありがとうございます、レオンハルト、あなたもとても素敵ですわ」
祭壇の前に並び、神父の言葉に合わせて二人は永遠の愛を誓う。
そして、誓いの口づけの時。
レオンハルトはそっとセレスティアのベールをまくり上げた。
至近距離で交わる視線。アメジストのように艶やかな彼女の瞳に映るのは、太陽のように温かい黄金と、夜明けの希望を宿した蒼の瞳――世界で一番愛おしい、彼女だけの夫の瞳だった。
「セレスティア。……俺を見つけてくれて、この地に来てくれて、本当にありがとう。この命が尽きるまで、君だけを愛し、守り抜くと誓う」
「私も誓います。これからの人生のすべてを、あなたと共に歩んでいくと」
不器用で誠実な言葉と共に、レオンハルトの唇が、セレスティアの唇に優しく重なった。
その瞬間、大聖堂の鐘が高らかに鳴り響いた。
ステンドグラスから差し込む七色の光が二人を祝福するように包み込み、聖堂内は割れんばかりの拍手と歓声に満たされた。
外に出れば、広場を埋め尽くすほどの領民たちが「辺境伯様、万歳!」「奥様、万歳!」と笑顔で花びらを撒き散らしている。
(ああ、私は今……世界で一番幸せですわ)
理不尽な追放から始まった物語。
しかしそれは、冷たく孤独だった完璧な公爵令嬢が、本当に愛するべき温かい場所と、生涯を懸けて寄り添い合える不器用な英雄を見つけるための、最高の奇跡だったのだ。
舞い散る花吹雪の中、レオンハルトの大きな腕に抱き寄せられたセレスティアは、これまでの人生で最も美しい、心からの満面の笑みを咲かせるのだった。
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