忍び寄る崩壊の足音〜王太子が気づけなかった『余韻』の終わり〜
一方、セレスティアを北の辺境へと追放してから数ヶ月間。
王都は、意外にも平穏を保っていた。いや、むしろ王太子ユリウスにとっては、かつてないほど「素晴らしい日々」であった。
「ははは! 見ろ、セレスティアがいなくとも国は問題なく回っているではないか! やはりあの女は、自分が有能だと見せかけるために仕事を抱え込んで恩着せがましくしていただけなのだ!」
「さすがユリウス様! すっごーい!」
執務室のソファで、リリィを膝に乗せてワイングラスを傾けるユリウス。
彼らは連日のようにお茶会や夜会を開き、自由を謳歌していた。
だが、ユリウスは決定的な事実を理解していなかった。
この数ヶ月の平穏は、彼が優秀だからではない。セレスティアが追放される直前までに、「向こう半年分の国家予算案」と「各部署への事前指示」を徹夜で完璧に仕上げてから去っていたからに過ぎない。
王都はただ、彼女が残した巨大な歯車が惰性で回るシステムの中にいただけなのだ。
だが、半年が過ぎた頃、ついにセレスティアの残した『貯金』が尽きた。
ユリウスの執務机の上に、決済を求める書類が少しずつ積まれ始めた。
「なんだこの数字の羅列は……。関税率の調整? 農業ギルドへの補助金認可? ええい、面倒くさい! 適当にハンコを押しておけ!」
ユリウスは内容を読まずに決済し、あるいは「後でやる」と放置した。
その結果、各部署で矛盾した命令が飛び交い、行政は徐々に麻痺し始める。
ここで真っ先に動いたのは、グランチェスター公爵派の優秀な文官たちだった。
彼らは、愛想を尽かした公爵の密命を受け、次々と「親の看病」「領地の管理」といったもっともらしい理由で一斉に辞表を提出し、王都を去っていったのだ。
後任として椅子に座ったのは、ユリウスに媚びを売るのが上手いだけの無能なイエスマンばかり。
彼らは国政の計算は出来ないが、自らの保身と私腹を肥やすのは一流だった。
「殿下、南部の商人から関税の手続きが遅い上に、税率についても話と違うと苦情が……」
「うるさい! 担当者に任せろと言っているだろう!」
こうして、国政はゆっくりと、しかし確実に機能不全に陥っていった。
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