辺境伯流スローライフ
新章は復興編という事で、辺境伯領流スローライフが始まります。どうするか一日ずっと考えていて、もういいやと書いちゃいました。先行きが読めず不安です。
華国による理不尽なグレーゾーン侵略を退け、辺境伯領にようやく訪れた平和。
しかし、戦禍の爪痕は深く、領地を覆う現実は極めて冷酷だった。物流網の寸断による物価高騰、共和国からの難民流入、そして度重なる動員による領民の疲弊。
辺境伯邸の執務室には、かつてない重苦しい空気が漂っていた。
「……いけません。これ以上の増税も、賦役も無理です。領民たちはすでに限界を超えています」
辺境伯レオンハルトの妻セレスティアは、書類の山を前に大きな頭を抱えていた。以前は完璧令嬢と呼ばれたセレスティアにも帳簿の赤字は消す事はできない。
辺境伯レオンハルトが拳をテーブルに叩きつけてさけんだ。
「ええい! 貧困が実体を持っているなら、俺がこの拳で叩き潰してくれるのに!」
「お父様、気持ちは分かりますが机が凹むのでやめてください」
長女のセリアが優雅にお茶を淹れながらたしなめる。彼女の手元には、精密な『大運河計画』と『新街道敷設』の設計図が広げられていた。
「インフラを整備し、物流を復活させれば経済は回ります。問題は、その『莫大な資金』と『労働力』です。今の疲弊した領民に過酷な土木工事などさせれば、過労で死人が出ますわ」
武力は規格外でも、金銭と疲労はどうにもならない。
重苦しい沈黙を破ったのは、部屋の隅で書類にペンを走らせていた次男――クロードだった。
「問題ありませんよ、父上、母上、セリア。資金も労働力も、すでに手配は済んでいます」
銀縁眼鏡を押し上げるクロードの瞳には、底知れぬ深淵の如き暗い光が宿っていた。
「資金はどうしたのだ、クロード? 我が領の金庫は空のはずだが」
「ええ。ですから、友好復興債券を発行し、投資家に買っていただきました」
クロードは悪びれもせず、分厚い小切手の束を机に放り投げた。桁外れの金額にレオンハルトの目が点になる。
「買ってもらったって……こんな莫大な額、王国の貴族たちでも無理だぞ?」
「ご安心を。とても理解のある超大国のパトロンが、言い値で全額引き受けてくれましたから」
同時刻――はるか東の超大国「中華国」・皇帝の寝室。
覇王マオ・キンは、玉座の上で屈辱に震えていた。
『――両国の永遠の平和を祈念し、額面が国家予算の30%相当の辺境伯領復興債券をご用意いたしました。些少ではありますが、利息もおつけいたします。利回りは年0.0001%の単利で、返済は十年後から、返済終了は100年後を予定しております。
もちろん購入は任意ですが、平和と友好の為にご購入をご検討ください。
追伸:新しい馬はお気に召しましたか?』
数週間前、難攻不落の皇宮の警備をすり抜け、ベッドの中に「愛馬の生首」を入れられたトラウマがフラッシュバックする。
「か、買え 奴らの債券を買え……全部だ。あの悪魔たちを絶対に東へ入れるな」蚊の鳴くような声で呟くように財務官に命ずるとマオは屈辱に震えるのだった。
こうして、中華国の血税は投資という名目で、辺境伯領の口座へと音を立てて吸い込まれていったのである。
資金問題がえげつない方法で解決した翌日。
辺境伯領の荒野に、失業中の領民や難民たちが数万人規模で集められていた。彼らの顔は青ざめている。これから過酷な強制労働が始まると覚悟していたからだ。
彼らの前に、大剣を担いだレオンハルト、ルイーザ、ミラの3人、そして槍を持ったジークが進み出る。
「領民たちよ! これより大運河と新街道の建設事業を始める! だが、お前たちに無理はさせん! お前たちの仕事は『後片付け』だ、後は給料を受け取って帰ってうまいものを食って寝るだけだ!」
レオンハルトの宣言に、領民たちがざわめく。
その直後だった。
「「「どりゃああああああああッ!!」」」
レオンハルト、ルイーザ、ミラの3人が、天高く跳躍。隕石のごとき勢いで、巨大な大剣を大地に叩きつけた。
ドゴォォォォォォォォォォォン!!!
規格外の物理エネルギーが活断層をへし折り、大地が一直線に真っ二つに割れる。あっという間に、海まで続く「深さ30メートル、幅100メートルの大運河(予定地)」が物理的に穿たれた。
「次は俺の番だ! 『滅竜・螺旋槍』ッ!!」
ジークが槍を構え、音速を超えて山肌へ突撃する。
轟音と共に岩山がドリルで削られたように吹き飛び、見事なトンネルと平坦な「新街道」がわずか10分で開通してしまった。
唖然とする領民たちの前に、クロードが拡声器を持って歩み出る。
「えー、皆さんの仕事は、あの岩石の削りカスを拾って捨てること、そして地面をほうきで掃くことです。日給は銀貨10枚。危険手当は別に支給、完全週休二日制、定時退社とします。さあ、安全第一で作業を始めてください」
「「「……は?」」」
あまりのホワイトぶりに領民の思考は停止したが、すぐに歓声が爆発した。
「う、うおおおお! 辺境伯様、万歳!!」
「石を拾うだけで銀貨10枚!? 神か!!」
疲弊した領民たちは、歓喜の涙を流しながら小石を拾い始めた。
クロードの狙いはここにある。莫大な中華国の資金を「高給の軽作業」という名目で領民にばら撒くことで、領内の消費を爆発的に活性化させることだ。
「完璧な滑り出しですね。これで物流が復活すれば、次は関税で儲けることができます」
クロードは冷たく微笑みながら、手元のバインダーにチェックを入れた。
「なあクロード……お前、もしかしてマオ・キンに同情してるのか?」
大仕事を終えて汗を拭うジークが尋ねる。
「滅相もない。次は『大運河の維持管理ファンド』という名目の金融商品を組成して、中華国の貴族たちに売りつける予定ですよ。彼らの骨の髄まで、我が領のインフラ整備の養分になってもらいます」
眼鏡の奥で光る次男の知略と規格外の物理力。
辺境伯領の復興は、中華国の政治的敗北をエネルギーにして、凄まじい速度で動き始めたのだった。
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