これもどっかで聞いた話だな
超大国・中華国に対する次男クロードのの反撃。
腐敗貴族の粛清、巨大ダムの自壊に続く『第三の反撃』として彼が選んだのは、かつて歴史上の大帝国をも内側から食い破った、静かで、恐ろしい『毒』であった。
辺境伯領の北部に広がる、人が決して足を踏み入れない『魔の森』。
その奥深くに群生する、ある「可憐な白い花」を栽培している厳重な地下温室で、長女セリアは防護手袋をはめながら、愛おしそうに花弁を撫でていた。
「……本当に美しい花ですわ。これこそ、魔の森がもたらした『究極の矛盾』ですね」
傍らで控えていた元暗殺者のキースと、次男クロードがその花を冷ややかに見下ろす。
『天界花』と呼ばれるその植物は、辺境伯領の歴史において、長年「極秘中の極秘」として厳重に管理されてきた代物だった。領内でも、レオンハルトの認可を受けたごく一部の特級医師しか扱うことが許されていない。
理由は、その極端すぎる薬効にある。
この花を煎じて飲めば、重い病を患う者にとっては、あらゆる痛みを消し去り、死の淵からすら呼び戻す『究極の万能薬(良薬)』となる。
だが――「病でない健康な者」がこれを摂取した場合、その効果は全く別のものへと反転する。
「健康な者がこれを吸うか飲むかすれば、脳髄が蕩けるような強い快感と、万能感に包まれます。……まさしく、この世で生きたまま『天国』を味わえる」
キースが忌々しげに説明する。かつて裏社会にいた頃、この花の恐ろしさを嫌というほど見てきたのだ。
「だが、薬効が切れた瞬間……地獄が始まる。全身を無数の刃物で『生きたまま切り刻まれるような激痛』と、発狂寸前の『強烈な不安感』に苛まれ、一睡もできなくなる。その地獄から逃れる方法はただ一つ……再び、この薬を摂取することだけだ」
一度でも快楽目的で手を出せば、永遠に抜け出せない。
クロードは冷たく微笑み、乾燥させた『天界花』の粉末が詰まった小袋を手に取った。
「人間の『快楽と苦痛』は、恐怖や武力と共に強力なコントローラーになります。……キースおじ様。あなたの裏社会のルートを使って、これを中華国中に流通させてください」
「最初は『良薬』として正しく売り、信用を得た後で、健康な連中へタダ同然の安値でばら撒き続ける……だったな。えげつねえ作戦だぜ」
キースは小袋の山を抱え、影のように温室から姿を消した。
数ヶ月後。
強大な軍事力と経済力を誇り、徹底した監視網で隙がないと思われていた超大国・中華国の内部は、音を立てて軋み始めていた。
「薬を……薬を寄越せェェッ!!」
中華国の首都にある豪邸の一室。
軍の兵站を握るエリート高官が、床を転げ回りながら自らの腕を掻き毟り、血の涙を流して絶叫していた。
「ひぃぃっ! 痛いッ!! 体の中を刃物が回っている! 誰か、誰か助けてくれ!」
「旦那様、もう薬の在庫はございません! 財産はすでに、すべて売り払って……!」
「嘘をつくな! まだあるはずだ! 倉庫の軍事物資を横流ししろ! なんだっていい、金を作ってあの『白い粉』を買ってこい!!」
狂乱した高官は、泣き叫ぶ妻を蹴り飛ばし、部屋中の家具を破壊して薬を探し回る。
その瞳孔は完全に開き、かつての威厳など欠片も残っていない、ただ薬を求めるだけの哀れな「獣」へと成り果てていた。
これが、中華国全土で静かに、しかし爆発的に広がっている『パンデミック』の正体だった。
最初は「奇跡の薬」として重宝されていた天界花は、いつしか上流階級の夜会から貧民街の路地裏に至るまで、快楽を得るための「悪魔の薬」として深く浸透していった。
薬欲しさに、軍の将校は兵器を横流しし、政府の役人は国家予算を横領し、市民たちは強盗を躊躇わなくなった。
あの恐怖の「密告制度」や「監視網」すらも、密告者や秘密警察自身が薬の虜になってしまったことで、機能不全へと陥りつつあった。
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