真の敵
辺境伯領の緑豊かな中庭では、穏やかな日差しの中、レオンハルト一家とオズワルド王が優雅なティータイムを楽しんでいた。
「……以上が、先行き不透明だった隣国の結末です。共和国の首都が陥落し、暴徒と化した自国の兵士によって独裁者フーニンは処刑されました。国家としての統制は完全に失われ、現在はいくつかの軍閥に分裂し、事実上の崩壊を迎えました」
次男クロードが最新の報告書を読み上げると、長男ジークが呆れたように紅茶をすする。
「本当に自滅しやがった。俺たち、最初の大暴れ以降、ほとんど出番なかったぞ」
「あら、私たちはいい汗流せましたわよ。ねえ、ミラ?」
「うんっ! 補給列車の解体、すっごく楽しかった!」
無邪気に笑う大剣母娘に、長女セリアがお手製のクッキーを勧める。
「あらあら、お疲れ様。キースおじ様も、偽札の運搬ありがとうございました」
「いや……お前の刷った札の量の方が、よっぽど恐ろしかったがな」
キースが苦笑いしながら肩をすくめる。
「見事な采配だったな、クロード。これで中華国も、あの泥沼にはしばらく手出しできまい」
レオンハルトが満足げに頷き、オズワルド王がティーカップを掲げた。
「ああ。巨悪は自らの毒で死に絶えた。これでようやく一息つけるというものだ」
彼らの領地に、今度こそ平和が訪れた。
――とは、ならなかった。
「……父上、オズワルド陛下。歓談の最中に申し訳ありませんが、真の『危機』はここからです」
クロードの声色が、スッと温度を下げた。
彼が卓上に広げたのは、先ほどの報告書とは別の、黒い封筒に入れられた「最新の凶報」だった。
「中華国が、共和国に貸し付けていた『莫大な負債(インフラと国家主権)』の回収に動きました。……彼らは分裂した軍閥の一つを金と武力で完全に支配し、他の軍閥を瞬く間に制圧したのです」
「なんだと……? いくら超大国とはいえ、あの混乱状態を数週間で平定したというのか!?」
オズワルド王が目を見開く。
それは、フーニンの圧政からの解放を夢見ていた共和国民にとって、更なる地獄の始まりであった。
軍閥統一の過程で、中華国の支配に反抗しようとした共和国の民衆に対し、中華国軍は一切の容赦をしなかった。見せしめとして行われたのは、凄惨極まりない『大虐殺』である。
老若男女を問わず、逆らう者は都市ごと火の海に沈められ、数万の死体の山が築かれた。圧倒的な暴力と恐怖によって、共和国は無理矢理に再統一されたのだ。
「奴らは共和国を直接統治するのではなく、あくまで『バッファ(緩衝地帯)』として利用するため、共和国の体裁を保ちました。形ばかりの『選挙』を行い、新たな首長として立てられたのは、中華国の血を引くシューペンという男です」
「……完全な傀儡(あやつり人形)政権というわけか」
キースが忌々しげに吐き捨てる。
クロードの報告は、さらに凄惨な内情を暴き出していく。
シューペン政権の閣僚は、全員が中華国の息のかかった者たちで占められていた。彼らが行ったのは、ありとあらゆる政治を『中華国第一』とする、徹底的な搾取である。
共和国の鉱山、土地、インフラのすべては中華国資本に差し押さえられ、残された民衆には血の一滴まで絞り取るような苛烈な徴税が課せられた。
さらに恐るべきは、その統治システムだった。
「奴らは国中に徹底した監視網を敷き、『密告』を奨励しました。隣人を、友人を、家族を密告した者には生きるための褒賞を与え……密告された者は、いかなる理由であれ凄惨な拷問の末に死刑に処されます。少しでも反抗の素振りを見せた者も、当然死刑です」
疑心暗鬼に陥った民衆は互いを監視し合い、かつて闇市でたくましく連帯していた絆はズタズタに引き裂かれた。
それだけではない。中華国は自国から膨大な数の民を『移民』として共和国へとなだれ込ませた。代々その土地に住んでいた元からの持ち主を暴力で追い払い、豊かな土地をすべて中華国の民へと与え始めたのである。
実質的な民族浄化と、完全なる属国化。
形式上は「共和国」という看板を掲げながら、その内実は、すでに中華国の一部と成り果てていた。
「……これほどの巨大な国家改造と虐殺を、諸外国が介入する隙も与えずに、これほど短期間で鮮やかに成し遂げるとは」
オズワルド王の額に、冷たい汗が伝う。
偽札で経済を混乱させ、同士討ちを誘発させたクロードの知略すらも、この結末(盤面)を整えるための『下地作り』として利用されたのではないか。そう思わせるほどに、中華国の手腕は常軌を逸して完璧だった。
「フーニンなどという小悪党とは、格が違います。この一連の動きを指揮した中華国の皇帝……『マオ・キン』。彼は間違いなく、歴史に名を残す真の英雄、覇王です」
クロードが、最大の警戒を込めてその名を口にした。
中庭の空気が、重く冷たい緊張感に包まれる。
暴力だけでなく、経済、法、恐怖、そして民族の塗り替えという「システム」をもって他国を完全に喰い殺す、真の超大国。
止まるところを知らない中華国の巨大な黒い影は、もはや国境を越え、レオンハルトたち辺境伯領のすぐ目の前まで、不気味に、そして確実に迫りつつあった。
お読みいただきありがとうございました。
もし「面白かった!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や、【☆☆☆☆☆】の評価を押して応援していただけると、今後の執筆の何よりの励みになります!
次回もどうぞよろしくお願いいたします。




